第1話 おばさん、異世界転生する。
おばさん。それは往々にして自堕落な生き物である。
伊藤かずえ、それが私の名前。
次の誕生日で58歳になるいいおばさん。
子どもは二人。長女と長男だわね、こういうのを一姫二太郎と言うのだけれど、子育ては大変だったわ。
ふふっ、でも二人とももうひとり立ちしちゃって、しかも旦那は5年前に亡くなったわ。
そうして、家族で暮らしていた一軒家は、今や一人で暮らしているの。
寂しくないと言えばウソになるけれど、それよりも大きな感情が私を占めているわ。
「ン、一人暮らしって、最っ高だわぁ~!」
家事は自分の分だけ!お料理もスーパーのお惣菜で十分!最近は昼の10時頃に起きて、バラエティー番組を観ながらお菓子をつまむのがマイブーム!
時々、一人が悲しくなるけれど、適当に近所をぶらついて適当な奥様をとっ捕まえて井戸端会議!
お貯金には多少、というより無駄遣いさえしなければある程度生きて行けちゃうくらいの金額が。余裕が違うってこのことね、と言いながら今日も夜中の2時まで起きる。
誰にも、何にも言われることのない生活はこれほどまでに楽しいのね、と人生の折り返し地点を随分進んじゃったけれど満喫中!
11時。適当に袋めんでも湯がこうと立ち上がる。
ズキン、と胸に痛みが走った。
急に息をすることが辛くなる。
「痛い、救急車……電話……」
頑張って、固定電話に向かおうとするけれど段々と目がかすんでくる。
「あと1歩……」
手前で倒れ込んだ私にとって、この電話台はまるで旅行の時に見た東京タワーのように大きく、遠く感じる。
ゆっくりと視界が暗くなる。
最期に見えたのは、バラエティーで笑ってる芸人とリビングに差し込む日光。
テレビから笑い声が聞こえる。
(ああ、死んじゃうのかしら。あの子が一緒に住もうって言ってくれた時、拒否しなきゃ良かったわね)
ゆっくりと暗転していく世界と笑い声。
風前の灯火は、弱い風にあおられてかき消えてしまった。
(なに……明かり……?)
まぶたの向こうから強い光を感じた。
「奥様、奥様、起きてください」
誰を起こしているのかしら。というより、誰かしら。女性の声だけが聞こえる。
私は必死に記憶をたどる。最後に覚えているのって、急な胸痛で倒れたことくらい。
と、いうことはここは病院ってことかしら。眩し過ぎてよくわからないけれど、今私自身が睡魔に襲われていることだけは理解した。
「あの!すみません!奥様!!ねえちょっと、奥様……おい、おばはん!」
誰のことを言っているのかしら。なんだか大変そうね、と思いながらその身を眠りへ落とす。
ああ、なんて心地いいのかしら。やはり二度寝がいいわね。と思いながらも意識は薄れていく。
「あの、本当にすみません。起きてくださいますか?ここ、ホテルじゃないんで……ごめんください!お姉さん!」
「あら、はい!私になにかご用事かしら!」
なんだ、ずっと私のことを起こしていらしたのね。とねぼけまなこを擦る。
目覚めた先に広がっていた、その空間に私は唖然とした。
「やだ、眩しい!白い!何も見えないわ!ごめんなさいメガネいただける?」
「あ、分かりました少しお待ちください」
そう謎の女性がメガネを差し出す。見えたその先は、白を基調にした事務室のようだった。
「いらっしゃいませ、天界に」
そういって私を起こしたのはかなり綺麗な女性だった。
白い肌に通った鼻筋。エンジェルリングの出来ている綺麗な黒髪と優しい微笑みに対して、30、いや40年前なら戦えたかしら、なんて思っていたけれど、とあることに気が付く。
「ごめんなさい、濡れたティシューペーパーあるかしら?あなた、そんな白い服着るから襟のところにケチャップ染みみたいなの付いちゃってるわよ。早く拭かないと目立っちゃうわ」
「えっと、それより奥様、いま天界にいらしているんですが、理解されていますか?」
「あら~、そうなの、それは大変ね、テンカイだなんてね、それよりもほら、早く染みを」
「染みはもういいんです!というかそれくらい消せますから!ほら!」
と、彼女は染みのついた襟を手で叩くような動作をすると、染みは綺麗に消え去った。
「なに!?なに!?その技術!めちゃくちゃ便利じゃない!まるでマジックみたいね!」
「マジックじゃないです!それより、しっかり聞いてください!さて、気を取り直して……おお、死んでしまったのですね、迷える子羊よ。ここは天界。平たく言えばあの世です。あなたは、20XX年の7月に自宅で亡くなってしまいました。しかし、お喜びください!あなたは「転生抽選ルーレット」に当選し、第二の人生を謳歌していただくことに決定いたしました!」
なにを言っているのかしら。と戸惑っている私を横目にして、立て板に水を流すように、もしくは私に喋らせないように話を続ける。
「さて、ここで嬉しいことに転生者には転生スキルというものを授ける規定になっています。転生スキルと言えば、生前に得意だったことを強化して異世界で使えるようにするものです!特に「よくした行動」なども得意技として含まれるんですよ!この中からおひとつお選びください!」
そう言い終わると彼女は透明の何かを出した。
「そうですね、奥様の場合はですね……」
そう、彼女が渡してくれた透明の何かに目を凝らす。
「あら小さい文字。ごめんなさいね、老眼でよく見えなくて」
「ああ、そうなんですね!それは失礼いたしました」
そう誤りながら言うと、彼女は文字を大きくしてくれた。
【スキル:強制割引交渉】
生前にかずえが行っていた交渉術。200円の大根を50円に、8,000円の松茸を2,000円にするその交渉技術は「現代の錬金術師」「商店街の寿命削り」とも呼ばれ、恐れられていた。
能力として、対面で販売しているものを値切るだけではなく、かずえが望むのであれば半強制的に割引交渉を行い、様々なものの価値の低下などを行うことも不可能ではない。
【スキル:負荷生産譲渡】
生前、まだかずえがアパートメントに住んでいた頃に行っていた近所へのおすそ分け。微妙に塩辛い肉じゃがや、過剰に量の多いカレーなどが配られ、その姿は「現代の藤原秀郷」「ちょっと多い一品」などと忌避されていた。
能力として、自身が生産したものを相手にほぼ半強制的に譲渡することができる。生産には物理的なものだけではなく、疲労や痛みなどと言った負荷を譲渡することも可能。
【スキル:無慈悲な購入】
生前、かずえが行っていた買い物に対する意思。特売や限定品などに対し、必ず手に入れると意気込み、最後の一点の争奪戦や10分で売り切れ!などの商品を根性で必ず手に入れていたことから。その意思は「世が世なら崇められていた」「スーパーのゴッドハンド」と呼ばれ、敬われていた。
能力として、それが誰の持ち物であろうと、先に買われていようと、かずえの資産が許す限りであれば購入が可能。
「いかがですか?というか、中々にすごいことを生前していらしたんですね……」
どことなく失礼な説明。失礼しちゃうわ!店主と私の仲だから割引もしてくれたし、隣の恵さんにはお醤油を借りたお礼のお返しだったのに!誰が書いているのかしら!
ただ、それよりも、どうやら私はこの中から一つ選んで、第二の人生を送るそう。
「その、第二の人生?ってどういうところで送るのかしら?」
「そうですね、いわゆる剣と魔法の世界!と思ってもらえれば!技術は生前の頃より遅れていますが、中々できない特別な体験だと思いますよ!ただ、そうですね。転送の弊害で、その身のまま送られちゃうので、もしかすると金銭面など、当分の生活には苦労もあるかもしれませんが……」
「あら、そうなの、特別な体験ね……ねえお嬢さん、ご相談なのですけれど、そんな世界へ行くのにこんなおばさんじゃ苦労しちゃうと思わないかしら?他の転生?される方がどんなのか分からないけれど、スキルをもう一つ選ばせてくれないかしら!後生よぉ!」
「それも、そうですか、そうですね……う~ん、分かりました!ではかずえさんの状態も加味して許可しますよ!」
「ありがとう。それでは、この一つ目と三つ目も頂けるかしら?」
「わかりました!では、スキルの付与と転生準備始めちゃいますね!」
「ちょっと待って!二個は行けるのよね?でも、せっかく生前で頑張った証なんだから、最期のおひとつも頂きたいわぁ、欲しいわぁ!テレビショッピングならもう一つって付けてくれるのに、あの世ってそれよりもケチなのかしら!?」
「えっと、あの、それは」
「まあ、いいじゃないのよ!一つも二つも一緒なら三つも変わりゃあしないわよ!誤差誤差!ここは袖振り合うも他生の縁っていうんだから、縁だと思って!」
「うう……そうですね。まあ、かずえさんは他の転生者の方よりかなりお年を召していますし、分かりました。でもあまり言わないでくださいよ」
そうやって始まったのが私の第二の人生。
ここから始まるのは、私の楽しい一生涯。
それでは今日はこのへんで。
次回「おばさん、空賊になる。」




