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魔法使いの漂流者  作者: 三幸奨励
絶海孤島編
5/28

第5話 空と地と

翌朝、拠点を出た。

川沿いを北へ。

昨日刻んだ地図の、まだ白紙の部分を埋めに行く。

《波長理解》を薄く流しながら歩く。

魔力の揺らぎは遠い。今日は穏やかな朝だ。

森を抜けると、視界が開けた。

広い草原。地平まで続く緑。

風が強い。草が波のようにうねる。

「……こんな場所もあったのか」

島の印象が、また少し変わった。

森ばかりだと思っていたけど、違う。

地図に草原を書き加える。

川の支流らしき細い水脈も見える。水源が複数あるなら、拠点の候補も増える。

「ねえ、案内人。草原の魔力濃度は?」

『森より低めです。開けた地形のため、大型個体の縄張りになりやすい傾向があります』

「大型か……」

『ただし、現在の反応は遠距離です。警戒は維持しつつ進めます』

「了解」

草原の中央付近まで来たとき、影が落ちた。

空から。

「……っ」

見上げた瞬間、巨大な翼が視界を塞いだ。

鷹に似た体躯、だが翼の幅は十メートルを超える。全身を覆う羽根が金属質に光っている。

『警告。大型飛行個体です。急速接近中』

「逃げ——」

遅かった。

鋭い爪が、肩を掴む。

地面が遠ざかる。

高い。

あっという間に、森の天辺より高く引き上げられた。

「っ、放して……!」

火球を放つ。

至近距離で爆発。

爪が緩んだ。

落ちた。

草原まで、遠い。

……ああ。

暗転。



「――ぐっ!」

草原。地面。

空を見上げると、飛行魔物がまだ旋回している。

『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、少』

『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』

光が浮かぶ。

『飛行魔物の羽根構造理解:飛行速度・機動性向上』

『金属羽根の波長理解:耐衝撃適性向上』

『高速移動技法:急加速・急制動の習得』

「……高速移動」

頭の中に流れ込む。

魔力を脚に集中させ、地面を蹴る感覚。空気を掴む感覚。重力に逆らう、ではなく、重力を利用して跳ぶ。

ただし、空中での戦闘は別だ。

魔物が急降下してくる。

「来い」

魔力を脚に集める。

魔物が爪を伸ばした瞬間——

横に跳んだ。

速い。

自分でも驚くほど速い。

爪が空を切る。

着地。

振り返る。

魔物が旋回して戻ってくる。

「でも、空には届かないな」

飛行魔物の強みは高度だ。地上にいる限り、こちらは常に受け身になる。

火球を上に向けて撃っても、あの速度では当たらない。

また急降下。

跳んで避ける。

また旋回。

消耗戦だ。

このままでは——

爪が、脇腹を掠めた。

深い。

視界が歪む。

立てない。

魔物が、上空で旋回を止めた。

真上から、垂直に落ちてくる。

……終わりか。

暗転。



「――ぐっ!」

また草原。

魔物は上空を旋回している。

『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、極少』

極少。

次はない。

『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』

光が浮かぶ。

『飛行魔物の急所理解:致命部位の把握』

『慧眼:攻撃の意図を先読みする』

『金属羽根硬化理解:防御特性の把握』

「……慧眼」

頭の中に、何かが宿る感覚。

ただの理解じゃない。もっと広い。もっと深い。

世界の見え方が、変わった。

魔物を見上げる。

羽根の付け根。左の翼の、第三関節。そこだけ、羽根の色が微妙に違う。古傷か。弱い部位だ。

それが、はっきり見えた。

「……あそこか」

魔物が急降下してくる。

魔力を脚に集める。

《高速移動》で横に跳ぶ。

魔物が通り過ぎる瞬間——

左翼の第三関節に、火球を叩き込んだ。

炸裂。

魔物が、空中でバランスを崩した。

翼が折れた。

地面に叩きつけられる。

砂埃が上がる。

魔物は立ち上がろうとする。

だが、翼が動かない。

「終わりだ」

収束した火球を、急所に叩き込んだ。

三発。

四発。

咆哮。

静寂。

『敵対個体の生命反応、消失』

『討伐によるエネルギー回復を確認。残量、少』

『経験値を獲得しました』

「……はぁ」

草原に倒れ込む。

空が青い。

風が、草を揺らしている。

「次で死んでたね」

『はい』

「極少って、本当にギリギリだな」

『次の死亡前に戦闘での回復を優先することを推奨します』

「分かってる」

しばらく、風の音だけが聞こえた。



魔物の羽根を数枚、引き抜いた。

金属質で軽い。刃物として使えるかもしれない。

肉も一部、切り分けた。

地図に草原を描き足しながら、《慧眼》について考える。

「ねえ、案内人。《慧眼》って《波長理解》とどう違うの?」

『《波長理解》は魔力の流れを読むスキルです。動きの予測や感情の把握が主な用途です』

『《慧眼》は対象の意図を本質的に読み取るスキルです。攻撃の動作が始まる前に、その意図が見えます』

「……だから翼の古傷が見えたのか」

『正確には、攻撃の起点となる部位を先に察知した結果です。経験を積むほど、読み取れる精度が上がる可能性があります』

「……便利すぎて怖いな」

『使い方次第です』

「そうだね」

拠点への帰り道。

森の入口で、白灰の影が待っていた。

「また来たのか」

狼は動かない。ただ、こちらを見ている。

『波長を読みます』

案内人が、珍しく先に動いた。

『……心配、しています』

「僕のことを?」

狼は少し目を逸らした。

「お前が死ぬ気配がした」

「死んだよ。二回」

狼は何も言わなかった。

ただ、耳が少し伏せられた。

「……ねえ」

僕は少し考えてから、口を開いた。

「僕はこの島を変えようとしてる。強いも弱いも関係なく、生きていける場所を作りたい」

狼は黙って聞いている。

「一人じゃ無理だから。手伝ってほしい」

沈黙。

風が草を揺らす。

遠くで鳥の声がした。

「……落ちた者が、島を変えようとするのか」

「おかしいかな」

「……おかしい」

でも、と狼は続けた。

「嫌いじゃない」

僕は少し笑った。

「名前、ある?」

「ない」

「じゃあ、僕がつけてもいい?」

狼は少し考えた。

「……好きにしろ」

白灰の毛並み。静かな目。

「シロ。どうかな」

「……悪くない」

シロは、僕の隣を歩き始めた。

拠点への道。

二人分の足音が、森に響く。

僕は地図を見下ろした。

草原が、新しく加わった。

仲間の名前も、まだ白紙の余白に、小さく刻んだ。

シロ。

一人目だ。

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