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魔法使いの漂流者  作者: 三幸奨励
絶海孤島編
4/24

第4話 嫌だな

翌朝、海の魔物の肉で腹を満たしてから、僕は島を歩き始めた。

目的は二つ。

地形の把握。

この島が、どんな場所なのかを知ること。

《波長理解》を薄く流しながら進む。派手に使えばそれだけ疲弊する。昨日で学んだ。

森は深い。

木々の根が地面を蛇のように這い、足場が悪い。しかし魔物の反応は少ない。

静かだ。

……静か、すぎる。

茂みの奥に、揺らぎを感じた。

《波長理解》が、怯えの波長を拾う。複数。小さい。

足を止めた。

木陰に、兎に似た小型の魔物が数匹、身を寄せ合っていた。耳が長く、目が大きい。体は丸く、魔力はほぼない。こちらには気づいていない。

「……可愛いもんだな」

その瞬間だった。

草むらが割れた。

爪。牙。鱗に覆われた細長い胴体。

蛇型の魔物が、兎の群れに飛び込む。

悲鳴。逃げ惑う。

一匹が捕まった。

他は散り散りに消えた。

蛇型の魔物は、静かに獲物を飲み込み始めた。

僕はただ、見ていた。

助けに行く理由も、手段も、なかった。

これは自然だ。弱いものが食われる。それだけのことだ。

……分かっている。

でも。

「……嫌だな」

声に出すつもりはなかった。

ただ、出た。

『感情を検知しました』

「うるさい」

『失礼しました』

僕は踵を返した。

足が、少し重かった。



丘の上から、島を見渡す。

森。浜。山。

そして、あちこちに点在する魔力の揺らぎ。

強いものが縄張りを持ち、弱いものはその隙間で息を潜めて生きている。

「ねえ、案内人」

『はい』

「この島の魔物、弱いやつはずっとこのまま怯えて生きるのかな」

『現状の生態系では、そうなります』

「誰も、変えようとしたことはないの?」

『記録にはありません』

記録にない。

つまり、いないか、いても失敗したか。

昨日の狼の言葉が頭をよぎる。

――落ちた者は、選ばれた者だ。

「……僕が来たのは、偶然じゃないのかもな」

独り言のつもりだった。

でも、口に出した瞬間、何かが固まった気がした。

強いものだけが生き残る島。

弱いものが怯えながら死んでいく島。

それを変える奴が、いない島。

荒唐無稽だと分かっている。

一人の、才能のない冒険者が言うことじゃない。

でも。

仕方ない、で諦めるのは、もう飽きた。

『目標を設定しますか』

「うん」

『内容は』

「強いも弱いも関係なく、生きていける場所を作る。この島で」

しばらく間があった。

『……了解しました。補助します』

案内人が、珍しく一拍置いた。

感情があるのかないのか、よく分からない声だ。

でも、悪い気はしなかった。



決意したはいいが、現実は厳しい。

まず、飯がいる。

寝る場所がいる。

そして、もっと強くならないといけない。

森を進んでいると、開けた川沿いの場所に出た。

川幅は五メートルほど。水は澄んでいる。飲める。魚の影も見える。

「ここ、使えそう」

川沿いを歩く。

少し下流に、岩壁が張り出した場所があった。天然の屋根だ。奥行きも十分ある。

「拠点はここにしよう」

決めてから、《波長理解》で周囲を確認する。

魔物の反応は遠い。魔力濃度は低め。悪くない立地だ。

荷物を下ろし、枯れ枝を集め始める。

そのとき。

川上から、揺らぎが近づいてきた。

大きい。

昨日の七匹より、密度が違う。

『警告。中型個体が接近中です』

「……なんだ、こいつは」

姿が見えた。

熊に似た体躯。ただし前足が異様に長く、爪が鉄のように光っている。体の表面に薄い魔力膜が張っている。毛並みの下で魔力が脈打つのが、《波長理解》で見える。

『鎧熊型魔物です。魔力膜により物理攻撃への耐性があります』

「火球は?」

『外殻を溶かせれば有効ですが、現状の出力では時間がかかります』

逃げるか。

いや——

「戦う」

『推奨しません』

「分かってる。でも逃げてばかりじゃ何も変わらないから」

魔物がこちらに気づいた。

低く、唸る。

「よし——」

火球。

直撃。

魔力膜が揺れる。しかし、貫けない。

魔物が突進してきた。

速い。

横に転がる。爪が空を切る。

もう一度、火球。

膜が薄くなっている。削れてはいる。

でも、削るより先に——

爪が、胴を薙いだ。

視界が、回った。

……ああ。

暗転。



「――ぐっ!」

再び、川沿い。

魔物は数メートル先でこちらを見ている。

『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、少』

『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』

光が浮かぶ。

『魔力膜構造理解:貫通攻撃の最適化』

『鎧熊の筋力波長理解:行動予測精度向上』

『火球収束技法:単点集中出力向上』

「……膜構造理解」

頭の中に、何かが流れ込む。

薄い膜。均一に見えて、均一じゃない。節がある。魔力の継ぎ目がある。そこを狙えば——

魔物が再び唸る。

「今度は違う」

火球。

ただし今度は、収束させる。細く、鋭く。

《波長理解》で膜の継ぎ目を探す。

右の前足の付け根。そこだ。

命中。

膜が、裂けた。

魔物が咆哮する。

怯んだ一瞬に、もう一発。

同じ場所。

裂け目が広がる。

三発目。爆発。

魔物が、後退る。

畳み掛けた。

四発。五発。裂け目から火球を叩き込む。

咆哮。

地面が揺れる。

そして——静寂。

魔物が、倒れた。

『敵対個体の生命反応、消失』

『討伐によるエネルギー回復を確認。残量、中』

『経験値を獲得しました』

「……はぁ」

その場にへたり込む。

手が震えている。

「勝ったの?」

『はい』

しばらく、川の音だけが聞こえた。

「ねえ、案内人」

『はい』

「弱点を狙うって、当たり前のことだよね」

『はい。ただ、見えなければ意味がありません』

見えなければ意味がない。

《波長理解》があるから、継ぎ目が見えた。

《認識転写》があるから、それを理解してスキルにできた。

死んだから、分かった。

「……えげつない成長方法だ」

『否定はしません』

苦笑いして、立ち上がった。



魔物の肉を解体する。

鎧熊の肉は固いが、量がある。しばらく食いつなげる。

川で手を洗いながら、改めて周囲を見渡した。

岩壁の下。川の近く。魔力濃度は低い。

枯れ枝を集め、岩壁の奥に積む。

平らな石を並べて簡易的な床を作る。

火を起こす場所を決める。肉を吊るす枝を組む。

地味な作業だ。

才能のある冒険者が見たら笑うかもしれない。

でも、これが始まりだ。

壁に、石で線を刻む。

浜。森。川。岩壁の拠点。石柱の丘。山。

まだ行っていない場所の方が多い。

「国を作るって、まず何から始めるんだろうな」

『土地の把握。安全の確保。信頼できる関係の構築。順に進めることが現実的です』

「信頼できる関係、か」

昨日の狼の顔が浮かんだ。

落ちた者の島。弱いものが怯えて生きる場所。

「あの子も、仲間になってくれるかな」

『不明です』

「だよね」

火が、静かに燃えている。

川の音が、遠くで続いている。

カルドは地図を眺めた。

山への道は、まだ白紙だ。

でも今は、ここから始める。

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