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魔法使いの漂流者  作者: 三幸奨励
精霊試練編
22/26

第22話 動く地図

朝、カルドは一人で北側の岩場に向かった。


昨日感じた波長をもう一度確認したかった。地面の下から来る、静かな意思のようなもの。ノームと呼ぶべきかどうかも、まだ分からない。ただ、あそこにある何かが、昨日よりも気になっていた。


岩場に入った。


《波長理解》を向けた。


「……消えた」


昨日あった波長が、薄い。完全に消えたわけではない。ただ、昨日と場所が違う気がした。西に、少しずれている。


足元を見た。地面は何も変わっていない。草が生えていて、岩が転がっていて、いつもの地面だ。


でも、波長の位置が違う。


西に向かった。五十メートルほど移動したところで、また感じた。昨日北側で感じたものと同じ波長だった。


「移動した、のか」


断言はできない。昨日の感知が不正確だったのかもしれない。それとも本当に位置が変わったのか。


もう少し探ろうとして、地面に目印を探した。特徴のある岩を探して、位置を確認しようとした。


「……ここは、来たことがない」


昨日歩いた場所のはずだった。でも、地形が少し違う。岩の並び方が、記憶と合わない。


地図を開いた。


自分がいる場所を確認しようとした。でも、目印にしていた大岩が見当たらない。


「おかしい」


《波長理解》で周囲を確認した。危険な気配はない。ただ、空気が少し重い。昨日より湿っている気がした。土の匂いが濃い。


地面の下から、波長が来ている。


静かだ。脅していない。ただ、そこにある。


「……今日は一人では無理だ」


声に出すと、少しだけ楽になった。


踵を返した。



拠点に戻ると、ファルが訓練場でテオと向き合っていた。カルドの顔を見て、「何かあったか」と言った。


「少し変なことがあった。全員に話したい」


ファルがテオに「今日はここまでだ」と言った。テオが「まだ続けられる」という顔をしたが、カルドの様子を見て黙った。


全員が集まった。


「昨日感じた地面の波長が、今日は場所が変わっていた」カルドは言った。「昨日いた場所に行ったら、波長がなかった。西に移動したら、また感じた。それだけなら感知のズレかもしれない。でも、地形も少し違った気がする」


「地形が変わったということか」レイスが言った。


「分からない。僕の記憶が間違っているだけかもしれない。でも、以前のダンジョンに似た感覚がある」


ドナンが「あのときか」と言った。目が少し細くなった。


シロが「匂いは」と言った。


「土の匂いが昨日より濃かった。湿っていた」


「雨は降っていない」


「そうです。だから余計に気になった」


ファルが「一人で戻るつもりか」と言った。


「戻るつもりはないです。全員で行きたい。人数がいた方が確認が早い」


ファルが少し間を置いた。「それだけか」


「……それだけではないかもしれない」カルドは少し考えた。「一人では、何かあったときに対処できる自信がない。今日の、そういうことです」


誰も笑わなかった。


デルタが「村組はどうする」と言った。


「今日は拠点に残ってもらえますか。何かあったとき、ここを守れる者がいた方がいい」


デルタが頷いた。「分かった」


コトが「俺は行く」と言った。それだけで、列に並んだ。ネグルが黙ってその隣に来た。


「コト、ネグル——」


「行く」コトが繰り返した。それ以上言わなかった。


カルドは少し間を置いた。「……分かりました」



全員で北側の岩場に向かった。


カルド、シロ、ファル、ドナン、レイス、テオ、ガンズ、ウルジ、コト、ネグル。


岩場に入った。


「ここだ」カルドが言った。「今朝、波長を感じた場所です」


全員が足を止めた。


シロが鼻を下げた。「匂いがある。昨日と違う場所から来ている」


「どっちだ」


「……北東。少しずれている」


カルドは《波長理解》を向けた。さっきと、また場所が違う。北東にある。さっきは西だった。


「また動いた」


「確かか」とファルが言った。


「確かではない。でも、今朝西にあったものが、今は北東にある」


レイスが地面を見た。「足跡を確認する。お前たちが今朝歩いた跡が残っているはずだ」


全員で足跡を探した。


「ここに跡がある」テオが言った。「カルドのものか」


カルドが確認した。「そうです。今朝歩いた跡だ」


「だとすると」レイスが周囲を見た。「岩の位置が違う。朝は右にあった大岩が、今は左にある」


「岩が動いたということか」ガンズが言った。


レイスは岩と足跡を交互に見た。何か言いかけて、止めた。「……嫌な感じがする」それだけ言った。


「俺も」とウルジが言った。「方向感覚がいい方だ。でも今、少し狂っている気がする」


空気が重かった。土の匂いが濃い。風がない。


「散開して探索しよう」カルドは言った。「ただし、二人一組で。一人にはならないでください。十五分したら、ここに戻る」


「仮に地形が変わっているなら、戻れなくなる可能性がある」レイスが言った。


「そうですね。だから時間を区切る。十五分で何も見つからなければ、一度引き返す」


ファルが「組み分けは」と言った。


「ファルとテオ。シロとガンズ。ドナンとウルジ。レイスとネグル。僕とコトです」


コトがカルドの隣に来た。それだけで準備完了という顔をしていた。


各組が散った。



カルドとコトは北側を進んだ。


「コト、足元に気をつけてください」


コトは無言で頷いた。視線が低い。地面を見ている。


「何か感じますか」


「くすぐったい」コトは言った。「昨日から続いている。今日は少し強い」


「どのあたりから来てる」


「足の裏全体。特定の場所ではない」


《波長理解》を向けた。波長が動いている。一定ではない。引いたり、近づいたりしている。


「呼吸しているみたいだ」カルドは小声で言った。


「何が」


「地面の下の波長が。一定じゃない。動いている」


コトが地面に膝をついた。手のひらを地面に押し当てた。しばらくそのままでいた。


「……動いている」コトが言った。「分かる。少しだけ、動いている」


「何が動いていると思いますか」


コトは少し間を置いた。「土の中に、何かいる。眠っているわけじゃない。起きているわけでもない。その間」


「その間」


「何かを待っている、みたいな感じ」


カルドは地図を開いた。現在地を記そうとして、止まった。


「……さっきと地形が違う」


コトが立ち上がった。周囲を見た。「あの岩、さっきなかった」


「そうだ。確かにそうだ」


大きな岩が、二十メートル先に立っている。来るときには気づかなかった。迂回した記憶がない。


「戻れるか」とコトが言った。


「戻れます。足跡をたどれば」


「でも足跡がなかったら」


カルドは少し間を置いた。「……そのときはシロを呼びます」


コトが「それでいい」という顔をした。


十五分が経った。元の場所に戻ると、全員が集まっていた。


「何か見つかったか」


ファルが「地形がずれている」と言った。「行きと帰りで、岩の位置が違った。テオも確認した」


「俺も」とシロが言った。「匂いで方向を確認していたが、途中で匂いの位置が変わった。地面が動いているとしか思えない」


「ドナンは」


「基礎を打ったことがある地点を通った」ドナンが言った。「位置がずれていた。建物の基礎が動いているとしたら、相当の力だ」


レイスが「入口を探すべきだ」と言った。「第十話のダンジョンは地表に入口があった。今回も同じ構造なら、どこかに入れる場所がある」


「でも動いているなら、入口も動く」


「そうだ。だから今探す必要がある」


全員で再度散開した。


今度は広い範囲を。



見つけたのはドナンだった。


「来い」という短い声が届いた。


全員が集まった。


森の縁、岩と木の根が入り組んだ場所に、地面の裂け目があった。


あの時の入口とは違った。あのときは石でできた扉だった。これは地面そのものが裂けている。幅は人一人が通れるくらい。深さは見えない。暗い。


「匂いが濃い」シロが言った。「土の匂いだ。深いところから来ている」


全員が裂け目を見ていた。


そのとき、声が聞こえた。


低くもなく、高くもない。子供の声に近い。どこから来ているか分からない。地面の下からのようでもあり、空気の中からのようでもあった。


「やっと来たね」


それだけだった。


全員が静止した。


「やっと、か」カルドは裂け目に向かって言った。「待っていたのか」


返事はなかった。


代わりに、裂け目が動いた。


ゆっくりと、左右に広がっていく。扉のように開くのではない。地面そのものが、回転するようにずれていく。岩が動き、根が引っ張られ、土が静かにほぐれていく。


開いていく。


止まらない。強制的でもない。ただ、自然に、呼吸するように開いていく。


三メートルほどになったとき、止まった。


中は暗い。でも、最奥にかすかな光がある。土の色をした、赤みのある光だった。


「入るか」とファルが言った。


「入ります」


「全員か」


「全員で」


誰も異論を言わなかった。


コトが最初に一歩踏み出した。カルドが続いた。全員が入った。


最後にシロが入った。


裂け目が、静かに閉じ始めた。


振り返った。地面が戻っていく。根が絡まり、岩が戻り、土がふさがっていく。


閉じた。


完全に、閉じた。


前には、土色の光が続いている。後ろには、地面だけがある。


「後戻りはなさそうだ」とレイスが静かに言った。


「そうですね」


カルドは前を向いた。


光の方向に、また声が聞こえた。


「こっちだ」


ただそれだけだった。悪意はなかった。怒りもなかった。ただ、無邪気に、先を示していた。


全員で、光に向かって歩き始めた。


最初の一歩で、床が少し沈んだ。


固い土のはずだった。でも、踏んだ瞬間だけ、柔らかくなった。次の一歩は普通だった。


テオが「足元が」と言いかけた。


「分かった」ファルが短く答えた。


誰も止まらなかった。ただ、全員が少しだけ、歩く速度を落とした。

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