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魔法使いの漂流者  作者: 三幸奨励
絶海孤島編
17/26

第17話 一人で行く

北西に向かったのは、朝の早い時間だった。


拠点を出るとき、シロが「どこへ行く」と聞いた。


「北西を見てきます。まだ白紙のままなので」


「一人か」


「全員連れていくには、今日は都合が悪い。ファルはテオたちの訓練がある。ドナンとレイスは西壁の補強を今日中にやりたいと言っていた。ゴブリンたちにもそれぞれ役割がある」


「俺は」


「シロには拠点の守りをお願いしたい。僕がいないとき、万が一のことがある」


シロが少し間を置いた。「……遠くへは行くな」


「半日で戻ります」


「半日」


「もし夕方までに戻らなかったら、迎えに来てください」


シロが短く鼻を鳴らした。「その前に戻れ」


「努力します」


シロがもう一度鼻を鳴らした。それから、入口から動かなかった。見送るつもりなのか、ただ立っているのか、シロのことなのでどちらか分からなかった。


振り返らずに歩き始めた。



北西の地形は、これまで探索した場所と違った。


地面が緩やかに上っている。岩が多い。木は少なく、背の低い草が岩の隙間から生えている。日当たりが良くて、視界が開けている。


開けた場所を歩くのは、思ったより気持ちが良かった。


風が横から来る。草の匂いがする。空が広い。


「案内人、周囲の反応は」


『感知中です。小型の魔物が複数、遠距離に。接近傾向なし。中型以上の反応は現時点で検出されていません』


「了解」


地図を開いた。北西エリアの大部分はまだ空白だ。今日は少しでも埋めたい。


岩場を登りながら、地形を確認した。高い場所からだと全体が見渡せる。崖になっているところ、谷になっているところ、平地が続くところ。少しずつ書き加えていく。


一時間ほど歩いたところで、大きな岩の塊が見えてきた。


巨岩が複数、不規則に積み重なっている。自然に積まれたとは思えない大きさのものが、まるで投げ捨てられたように並んでいる。


「……これは」


近づいた。


岩の表面に、焦げた跡がある。古い。風雨にさらされて薄くなっているが、高温にさらされた痕跡が残っている。


何かが爆発したか、大きな火があったか。


「案内人、この岩の状態から何か読めるか」


『岩の表面に熱変性が確認されます。推定温度は通常の焚火では達しない高さです。魔力による熱の可能性があります。時期の特定は困難です』


「最近ではない」


『表面の風化具合から、少なくとも数十年以上前と推測されます』


数十年。


この島に、昔から何かがいた。


地図に「焦げた巨岩群」と記した。


それから先に進もうとして——


《波長理解》が、引っかかった。


「……いる」


『感知しました。大型の反応です。現在、岩の影に静止しています。距離は約四十メートル』


「さっきまで反応がなかった」


『岩の後ろにいたため、遮蔽されていました。現在は波長が検出されています』


遮蔽。


つまり、岩の後ろに最初からいた。僕が近づいたことで、波長が漏れ出した。


「敵対的か」


『……断定できません。ただし、波長が揺らいでいます。興奮状態か、警戒状態の可能性があります』


逃げるか、様子を見るか。


《慧眼》を向けた。


岩の向こうに、何かいる。大きい。魔力が膨らんでいる。でもまだ動いていない。


向こうもこちらを感知している。


「……どうする」


独り言だった。答える相手はいない。


そのとき、岩の向こうから音がした。


低い、腹に響く音だった。唸り声ではない。もっと機械的な、圧力のこもった音だ。


それから、岩が吹き飛んだ。


爆発ではなかった。魔力が一点に収束して、一気に解放された。岩が砕けて、破片が四方に散った。


僕は《高速移動》で横に跳んだ。岩の破片が頬をかすった。


その向こうに、それが立っていた。



体長は三メートルほど。四足歩行だが、前肢が太く、地面をつかむように指が広がっている。全身が暗い紫色の鱗で覆われていて、鱗の隙間から赤みがかった光が漏れている。


口が、開いた。


また、あの音がした。


腹の光が膨らんだ。


「来る——」


跳んだ。


爆発が、さっきまでいた場所を吹き飛ばした。地面が抉れた。直径二メートル近い穴が生まれた。


熱い。爆発の余波が腕をなめた。皮膚が赤くなっている。


「案内人」


『爆裂型大型魔物です。体内に魔力を蓄積し、一定量を超えると爆発的に解放します。蓄積と解放を繰り返すため、解放直後は魔力量が低下します。その間が最も攻撃しやすいタイミングです』


「解放後に隙がある」


『ただし、解放の間隔は短い。推定で十五秒から二十秒程度』


「十五秒」


短い。


でも、ないよりはいい。


問題は距離だ。爆発の射程の外から攻撃する手段が、今の僕にはない。《岩礫生成》は有効だが、あの鱗を見る限り、通常の岩では弾かれる可能性が高い。《魔力圧縮》を乗せれば通るかもしれないが、距離が縮まらなければ当てられない。


「接近するしかない」


接近するには、爆発を避け続けながら間合いを詰める必要がある。


爆発の予兆は分かる。腹の光が膨らむ。その直前に動けばいい。


《波長理解》で魔力の流れを読む。《慧眼》で動きの癖を探る。


やれないことはない。


ただ——失敗したら死ぬ。


「やる」


動いた。


魔物が向きを変えた。腹の光が膨らみ始めた。


《波長理解》が告げる。もうすぐ来る。


跳んだ。左に。


爆発が右を吹き飛ばした。


着地と同時に《高速移動》で前に出た。十メートル、縮まった。まだ遠い。


魔物が動いた。追ってくる。四足の動きが速い。


距離を取りながら、次の爆発を待つ。


光が膨らんだ。


今度は前方に来た。地面が連続して抉れる。範囲が広い。


跳んで、着地して、また跳んだ。三回跳んでようやく外れた。


足が岩を踏んだ瞬間、滑った。


体勢を崩した。


魔物が正面にいた。


光が膨らんでいた。


間に合わない——


爆発が来た。


直撃ではなかった。体勢を崩して低くなっていたため、爆発が頭上を通った。でも衝撃が来た。吹き飛ばされた。岩に背中を打ちつけた。


息が詰まった。


視界が揺れた。


「……まずい」


立ち上がろうとした。足に力が入らない。一瞬、体が言うことを聞かなかった。


魔物が近づいてくる。


腹の光が、また膨らんでいる。


「案内人——」


『次の解放まで、推定八秒です』


八秒。


立ち上がれない。


光が膨らむ。膨らむ。膨らむ。


弾けた。



気づいたとき、地面に膝をついていた。


《死に戻り》が発動している。エネルギーが消費された感覚がある。


「……死んだか」


確認するまでもなかった。


『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』


『取得候補を提示します』

視界の端に、淡い光が浮かぶ。


『爆発感知:爆発型魔力の予兆を精度高く感知する』

『魔力障壁:魔力で一時的な盾を生成する』

『炎舞剣:魔力を炎の刃として生成し、高速移動と組み合わせて放つ』


「……」


《爆発感知》は分かりやすい。今の状況で直接使える。


《魔力障壁》も防御として有効だ。


でも——


《炎舞剣》。


魔力を炎の刃として生成する。高速移動と組み合わせる。


頭の中で、動きが見えた。


《高速移動》で間合いを詰めながら、炎の刃を叩き込む。接触しながら威力を伝える。爆発の隙間に差し込む。


今の状況に、一番嚙み合う。


リスクは高い。近づかなければ使えないスキルだ。でも、それが正解に見えた。


「《炎舞剣》」


選んだ。


時間が戻った。



魔物が正面にいた。爆発の直後だ。腹の光が薄い。隙がある。


でも、体が重い。さっきの衝撃の記憶がある。《死に戻り》で体は戻っているが、頭はまだ整理しきれていない。


「……落ち着け」


深呼吸した。


《波長理解》で魔力の流れを読む。爆発後の今、魔物の体内の魔力は低い。次の蓄積が始まっている。だが、まだ薄い。


「《炎舞剣》——」


スキルを発動してみた。


右手に、熱が集まった。魔力が形を持ち始める。炎ではなく、炎の形をした魔力の塊だ。刃のような形に収束しようとしている。ただ、不安定だ。初めて使うスキルは、最初から完全には動かない。


「安定させる——」


《威力補正》と組み合わせた。魔力の量を調整しながら、刃の形を固定する。


熱が、手の中で落ち着いた。


長さは五十センチほど。薄い。でも密度がある。


「行く」


《高速移動》を発動した。


魔力を脚に集中させ、地面を蹴った。


速い。


魔物が反応した。腹の光が急速に膨らみ始めた。


速く蓄積している。焦っているのか、警戒しているのか。


間に合うか——


間に合わせる。


三歩で間合いを詰めた。


炎の刃を、鱗の隙間に向けて差し込んだ。


熱が貫いた。


魔物が鳴いた。さっきの爆発音とは違う、高く短い声だった。


腹の光が揺れた。蓄積が乱れた。


「もう一度——」


後ろに跳んだ。魔力を再び集める。《炎舞剣》の形を固定する。今度は少し安定した。さっきより刃が明確だ。


魔物が振り返った。前肢を上げた。叩き落とそうとしている。


光が膨らんでいる。


「どっちが先か——」


前肢が来た。


跳んで、かわした。


着地と同時に駆けた。


今度は喉元に向けた。


炎の刃が、鱗のない部位に刺さった。


光が散った。


爆発ではなかった。魔力が霧散する感覚がした。魔物の内側から、溜まっていた魔力が不完全に放出された。爆発ではなく、漏れた。


魔物の動きが鈍った。


「まだ——」


体力が残っている。倒れていない。


三度目を作った。《炎舞剣》の形が、二度の使用でだいぶ体に馴染んできた。形成が速くなった。密度が増した。


《魔力圧縮》を上乗せした。


炎の刃に、圧縮した魔力を通す。体積は小さく、密度を上げる。


「これで——」


《高速移動》。


最後の踏み込み。


炎の刃を、首の付け根に叩き込んだ。


熱と圧力が、一点に集中した。


魔物が、ゆっくりと崩れた。


地面に伏した。光が消えた。動かなくなった。


静寂。


風の音だけがあった。



しばらく、その場に膝をついていた。


手が震えていた。使い慣れないスキルを無理に動かした反動で、右腕がひどく重い。魔力の消耗も大きい。


「……終わった」


周囲を確認した。他に反応はない。


《波長理解》も、大きな波長を感知しない。


深呼吸した。


「案内人。《炎舞剣》の状態は」


『スキルの安定度は低い状態です。初回使用のため、制御精度が不完全です。使用回数を重ねることで安定します』


「分かった」


立ち上がった。足が少しふらついた。体力的には問題ないが、緊張が解けた反動が来ている。


空を見た。


まだ昼前だった。半日で戻ると言った。約束は守れる。


倒れた魔物を見た。


鱗の一部が、爆発の余波で剥がれている。内側から漏れた魔力で焦げている。


「……強かった」


それだけだった。


地図を開いた。


この場所に印をつけた。「爆裂型大型魔物、撃退」と書いた。それから、焦げた巨岩群からこの地点まで、地形を書き加えた。


まだ北西の奥がある。でも今日はここまでにしようと思った。


体が正直にそう言っていた。


帰ろう。



拠点への帰り道は、行きより時間がかかった。


体が重い。右腕がまだ言うことを聞かない。魔力の消耗が思った以上だった。


途中、岩に腰を下ろした。水を飲んだ。


一人でいる、という感覚が、今になってじわりと来た。


いつもなら、誰かがいる。シロが隣にいる。ファルが前を歩いている。レイスが後ろから全体を見ている。ドナンが無言でそこにいる。ネグルがいつの間にか隣に来ている。


今日は誰もいない。


静かだった。


悪くはなかった。ただ、慣れていない。


「……一人でいることに、こんなに慣れていないとは思わなかった」


独り言だった。


答える者はいない。風が吹いた。


立ち上がった。


また歩いた。



拠点に戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。


シロが入口にいた。


「遅い」とシロが言った。


「半日と言いました。まだ半日経っていません」


「少し過ぎた」


「数十分くらいです」


シロが鼻を近づけてきた。匂いを嗅いでいる。それから、「傷があるか」と言った。


「大した傷はない。右腕が重いが、骨は折れていない」


「魔力の消耗は」


「多い。ただ、時間が経てば戻る」


シロが少し間を置いた。「……何と戦った」


「爆裂型の大型魔物です。一度死にました」


シロの耳が、わずかに動いた。感情を表に出さない。でも、耳は正直だった。


「……そうか」


「《炎舞剣》を取得しました」


「新しいスキルか」


「炎の刃を生成して、高速移動と組み合わせる。まだ安定していないが、使えました」


シロが「見せろ」と言った。


「今は消耗しているので、後で」


「後で」


「はい」


シロがまた鼻を鳴らした。「中に入れ。食事にしろ」


「ありがとうございます」


「礼はいらない。倒れられると困る」


「そうですね」


中に入った。


ネグルがいた。すぐに隣に来た。カルドの右腕を見た。「重そう」と言った。


「重い」


「無理するな」と言って、水を持ってきた。


コトが遠くから見ていた。目が合った。短く頷いた。それだけだった。


ガンズが「どこへ行っていたか」と聞いた。


「北西を探索してきました」


「一人でか」


「はい」


「強い魔物がいたか」


「いました」


ガンズが「次は俺たちも連れていけ」と言った。


「次は考えます」


「考えるは駄目だ。考えると連れていかない」


「……善処します」


「善処も駄目だ」


「……また今度」


ガンズが「それも微妙だ」と言いながら戻った。



夕方、ファルが訓練を終えて戻ってきた。


カルドを見て「右腕か」と言った。


「分かりますか」


「かばっている。何があった」


「新しいスキルを取得しました。《炎舞剣》です」


ファルが少し間を置いた。「炎の刃を作るタイプか」


「そうです。高速移動と組み合わせて使います」


ファルが「見せろ」と言った。シロと同じことを言った。


「消耗しているので、明日でいいですか」


「明日でいい。ただ、一つ聞く」


「何ですか」


「制御はできているか」


「不完全です。実戦でなんとか動かした、という状態です」


ファルが短く頷いた。「制御できていないスキルは、味方を傷つける可能性がある。使えることと、安全に使えることは違う。最初の段階で丁寧にやれ」


「分かりました」


「明日から特訓に付き合う」


「……ありがとうございます」


「礼はいい。下手なスキルを持った仲間が隣にいると、俺も怖い」


「それは正直な理由ですね」


「正確な理由だ」とファルが言った。それだけで、自分の場所に戻った。


ドナンが通りがかった。カルドの右腕を見た。


「焼けたか」


「少し。鱗が剥がれた隙間から、熱が来ました」


ドナンが「見せろ」と言った。


腕を出した。皮膚が赤くなっているが、水ぶくれにはなっていない。


「大したことはない」とドナンが言った。「ただ、明日は無理するな」


「はい」


ドナンが行きかけて、止まった。「一人で行ったのか」


「そうです」


「……次は言え」


「はい」


ドナンがまた歩き出した。振り返らなかった。ただ、それだけだった。


レイスが設計図から顔を上げた。「北西はどうだった」


「焦げた巨岩群がありました。数十年前に高温にさらされた跡があります」


レイスの目が少し変わった。「詳しく聞かせてくれるか」


「もちろんです。ただ、今日は少し疲れたので、明日でもいいですか」


「明日でいい。記録に残したい」


「残しましょう」



夜、火を囲んだ。


今日のことを整理した。


《炎舞剣》。炎の刃。高速移動との組み合わせ。まだ荒削りだ。制御が甘い。ファルが明日から付き合うと言ってくれた。


死んだことを、仲間に話すべきか少し考えた。


仲間に嘘や隠し事をしたくない、という信条がある。でも、一度死んで戻ったことは、毎回全員に報告することでもない気がした。《死に戻り》はそういうスキルだ。死ぬことが前提にある。都度報告すると、仲間が必要以上に心配する。


ただ、シロには伝えた。ファルも右腕を見て気づいた。


それでいい、と思った。


「カルド」とネグルが言った。


「何ですか」


「今日、一人で行ったのはなぜか」


「みんなに役割があったから」


「俺の役割は」


「今日は拠点にいてもらいたかった」


ネグルが少し考えた。「次は連れていけ」


「ガンズにも同じことを言われました」


「ガンズとは別だ。俺が言っている」


「……善処します」


ネグルが「善処は駄目だ」と言った。ガンズと同じことを言った。


「また今度」


「また今度も駄目だ」


「……考えます」


「考えるも——」


「分かりました。次に北西へ行くときは、ネグルを連れていきます」


ネグルが満足そうに黙った。


コトが「俺も」と言った。


「コトも」


コトが頷いた。それだけで、丸まって眠り始めた。


シロが「お前はすぐ約束を増やす」と言った。


「仕方ないです」


「仕方なくない。断れ」


「断るとネグルが怒ります」


「ネグルに断れと言え」


「シロが言ってください」


シロが短く息を吐いた。笑っているのか呆れているのか。


「……寝ろ」


「もう少し」


「毎日それを言う」


「毎日もう少しやることがあります」


地図を広げた。


今日書き加えた北西エリアを確認した。焦げた巨岩群。爆裂型魔物の痕跡。


火が静かに燃えている。


川の音が続いている。


右腕がまだ少し重い。でも、動く。


明日からファルに絞られると思いながら、それでいいと思った。


荒削りなスキルは、磨いていくものだ。


一人でいた今日は、少し長かった。でも、悪くはなかった。


次は、誰かと来よう。

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