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魔法使いの漂流者  作者: 三幸奨励
絶海孤島編
12/26

第12話 ダンジョン攻略③

広い。


扉を抜けた瞬間、まず広さに圧倒された。

天井が見えない。壁が遠い。ダンジョンの中とは思えない空間だった。


中央に、それはいた。


高さ六メートルを超える、岩でできた人型の魔物。

ゴーレムだ。

全身が、この島の岩と同じ色をしている。関節部分だけが赤く発光していて、そこだけが生きているように見えた。


動いていない。

目を閉じている。


「……眠っているのか」


「違う」とシロが低く言った。「起きている。感知している」


「でも動かない」


「こちらが動くのを待っている」


全員が静止した。


扉が、背後で閉じた。


重い音が、空間に響いた。


『石人型魔物——ストーンゴーレムです。全身が硬質の岩で構成されています。通常の攻撃はほぼ無効。関節部の発光箇所が魔力の流通経路と思われます』


「関節部か」


「火球では届かないな」とファルが静かに言った。「あの硬さだと、弾かれる」


「《慧眼》で確認します」


六メートルの巨体を《慧眼》で読む。

全身、岩。密度が高い。確かに通常の火球では通らない。


関節部の赤い発光。

そこだけ、岩の密度が違う。隙間がある。でも小さい。


「関節部は弱い。ただし、ピンポイントで当てる必要がある。外側から強引に叩いても駄目です」


「どのくらいの精度が要る」


「……かなり正確に。しかも、動いている最中に」


ファルが少し息を吐いた。


「難しい条件だ」


「それと——岩の内部に魔力の流れがある。関節から関節へと循環している。一箇所を壊しても、他の関節がカバーする可能性があります」


「全部同時に壊すのか」


「か、循環を止める方法があれば」


「循環を止める」とレイスが後方で言った。「どこかに起点がある。心臓部みたいな場所が」


「《慧眼》では見えない。内部まで読めていない」


「胸の中央だ」とドナンが言った。


全員がドナンを見た。


「どうして分かるんですか」


「石の積み方だ。全身の岩が、胸の中央から外側に向かって組まれている。起点はそこだ」


「……建築家の目だ」とレイスが言った。静かに驚いていた。


「鍛冶師の目だ」とドナンが言った。「構造を見れば分かる」


「胸の中央を壊せれば、循環が止まる。そこが本当の弱点だ」とカルドが言った。


「ただし、胸は岩が最も厚い部分のはずだ」とドナンが言った。「外から叩いても届かない」


「どうする」


誰も、すぐには答えなかった。


ゴーレムが、目を開いた。


赤い目。

発光している。


「来る」とシロが言った。



動いた瞬間、地面が揺れた。


一歩の重さが違う。


「散れ!」とファルが言った。


全員が左右に跳んだ。


ゴーレムの腕が振り下ろされた。

地面に亀裂が入った。


「……腕一本でこれか」


「胸を狙うには近づかないといけない」とファルが言った。「近づく方法を考えながら戦う。今は攻撃を捌くことに集中しろ」


「了解」


シロが前に出た。

ゴーレムの注意を引きつける。


ゴーレムがシロを追う。

その間に、ファルが関節部分に剣を当てた。


金属音がした。


「……通らない」


「関節でも通らないですか」


「深さが足りない。もっと集中させないと」


《魔力圧縮》で火球を絞る。

関節部に向けて放つ。


命中。


ゴーレムが少し揺らいだ。

でも、止まらない。


「効いてはいる。ただ、足りない」


「どのくらい必要ですか」


「今の三倍は威力が要る」


三倍。

《魔力圧縮》の限界まで絞っても、今の二倍が精一杯だ。


ゴーレムがシロに腕を振った。


シロが横に跳ぶ。

でも間に合いきれず、かすった。


「シロ!」


「問題ない」


シロが着地して、また動く。

でも、動きが少し鈍くなった。


「ドナン、右関節」


「分かってる」


ドナンが右側から棒を関節に突き刺す。

金属が岩を削る音がした。


「……少し入った。隙間がある」


「続けて削れますか」


「時間がかかる。その間、引きつけ続けられるか」


「やります」


《高速移動》でゴーレムの正面に出た。

火球を顔面に叩き込む。


ゴーレムがこちらを向いた。


「私に来い——」


腕が振られた。


回避が間に合わない——


ドナンが横から飛び込んで、腕の軌道をずらした。


衝撃がドナンに行った。


「ドナンさん!」


「問題ない」とドナンが言った。でも、膝をついていた。「続けろ」


「無理をしないでください」


「問題ないと言った」


立ち上がった。

顔色が変わっていない。本当に問題ないのかもしれなかった。


ゴーレムが再び動く。


レイスが後方から叫んだ。


「左足の関節、ドナンが削った右側と連動している。左足を攻撃すると右肩が一瞬不安定になる」


「どういうことですか」


「魔力の循環が繋がっている。片方を崩すと、連動した部位が揺らぐ」


「……左足を崩せば、右肩の関節に隙ができる」


「そうだ。試してみる価値がある」


「シロ、左足を頼む。僕は右肩を狙う」


「分かった」


シロが左足の関節に牙を当てた。


ゴーレムがよろけた。


右肩の関節が、一瞬大きく発光した。


今だ——


《魔力圧縮》で絞った火球を右肩に叩き込む。


爆発。


ゴーレムが大きく揺れた。


「……効いた!」


「繋がりが崩れた」とレイスが言った。「ただし、すぐに回復する。同じことをもう何度かやる必要がある」


「何度も同じ手が通じますか」


「分からない。ただ——」


ゴーレムが体勢を立て直した。


今度は違う動きをした。


腕を引き絞って、ためている。


「大きい攻撃が来る」


「逃げろ!」とファルが叫んだ。


全員が散った。


ゴーレムの腕が地面を叩いた。


衝撃波が床を走った。


全員がはじき飛ばされた。


「……っ」


壁に叩きつけられた。

痛い。立てる。でも足がふらついている。


「全員、無事か」


「無事だ」とファルが言った。


「何とか」とレイスが言った。


「ああ」とドナンが言った。


シロが「生きている」と言った。


ゴーレムが、ゆっくりとこちらを向いた。


さっきより、発光が増している。


「……怒ったか」


「強化している」とシロが言った。「攻撃を受けて、魔力の循環が速くなっている」


「つまり、時間を使うほど強くなる」


「そうだ」


「急ぎましょう。同じ手でも、もう一度試します」


「通じるか」とファルが聞いた。


「通じなければ別の方法を考えます。でも、今一番確実なのはこれだ」


ゴーレムが再び動いた。


今度は、標的を変えた。


レイスを狙っていた。


後方にいたレイスが一番遠い。

でも、ゴーレムの速さが上がっている。


「レイスさん、右に——」


間に合わない。


「カルド!」とシロが叫んだ。


《高速移動》で割り込んだ。


ゴーレムの腕が、直撃した。


衝撃が全身に走った。

視界が飛ぶ。


「——ぐっ」


飛ばされた。

壁に激突した。


骨が折れた感覚がした。


動けない。


ゴーレムが、こちらを向いた。


もう一度、腕を振り上げている。


逃げられない。


暗転。



「——っ!」


同じ場所。


同じ空間。


レイスが無事だ。シロもファルもドナンも、全員が今の動きで距離を取っている。


「カルド」とシロが言った。


「戻ってきた。大丈夫」


『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、極少』

『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』


光が浮かぶ。


『ゴーレム装甲理解:岩石系への攻撃精度向上』

『岩礫生成:地面の岩石を魔力で束ねて射出する』

『衝撃吸収:受けた衝撃の一部を魔力に変換する』


「《岩礫生成》」


地面を見る。

この空間の床も、壁も、全部岩だ。

素材は無限にある。


頭の中に感覚が流れ込む。

地面の岩を魔力で束ねる。引き剥がして、圧縮して、射出する。


そこに《魔力圧縮》を合わせる。

岩を束ねる段階で、すでに密度を上げる。圧縮した岩礫を、さらに圧縮しながら放つ。


火球より遅い。でも、密度が全然違う。

硬いものに、硬いものを当てる。


光が消えた。


「火球は通らない。岩を使う」


「岩を」とファルが言った。


「《岩礫生成》を取得した。この床の岩を束ねて圧縮して飛ばせる。《魔力圧縮》と合わせれば、今まで以上の威力が出せるはずだ」


「胸の中央に届くか」


「試します。ただ——胸に届くには近づかないといけない。腕の間を抜ける必要がある」


ファルが少し間を置いた。


「近づく隙を作る。シロ、ドナン、関節への攻撃を続けてゴーレムの注意を分散させろ。私が腕の間を切り開く。カルド、そこに入れ」


「了解」


「ただし、一発で決めろ。二発目はない」


「分かった」


ゴーレムが動いた。


シロが左足の関節に飛びかかった。

ドナンが右腕の関節を削る。


ゴーレムの動きが乱れた。


ファルが正面から踏み込んだ。


四本の腕が、ファルに向かう。


一本、捌く。

二本目を流す。

三本目は——受けた。


「ファルさん!」


「行け!」


血が出ていた。でも、ファルは腕を振り払って前に立ち続けた。


腕の間に、一瞬隙ができた。


《高速移動》で飛び込んだ。


胸の中央、目の前だ。


地面の岩を魔力で引き剥がす。

束ねる。

圧縮する——さらに圧縮する。


手のひらの中で、岩が縮まっていく。

小さく、密度が高く、硬く。


「《岩礫生成》——《魔力圧縮》」


放った。


轟音。


胸の中央に、圧縮された岩礫が突き刺さった。


ゴーレムが揺れた。


胸の岩に亀裂が入った。


裂けた。


赤い発光が、一気に膨れ上がった。


「離れろ!」とファルが叫んだ。


《高速移動》で後退する。


爆発が起きた。


ゴーレムの胸から、魔力が暴発した。


四方に衝撃が走った。


全員がはじき飛ばされた。



静寂。


砂埃が収まっていく。


ゴーレムが、崩れていた。


岩が、ばらばらに散らばっている。

発光は消えていた。


誰も動かなかった。


しばらく経って、シロが「……終わったか」と言った。


「終わった」


全員が、その場に倒れ込むように座った。


「……全員、無事か」


「生きてる」とシロが言った。


「何とか」とレイスが言った。


ドナンが「ああ」と言って、床に座り込んだ。


ファルが腕を押さえていた。


「ファルさん、傷が」


「浅い。動ける」


「後で処置しましょう」


「分かってる」


しばらく、誰も何も言わなかった。


ゴーレムの残骸が、静かに転がっている。


「……カルド」とレイスが言った。


「はい」


「最後の攻撃。《岩礫生成》か」


「そうです。《死に戻り》のあとに取得した」


「地面の岩を束ねて圧縮した。それを《魔力圧縮》でさらに絞り込んだ。合ってるか」


「合ってます」


「……」レイスが少し息を吐いた。「理解が、速くなっているな」


「どういうことですか」


「以前は死んでからスキルを取得して、そこで初めて使えるようになっていた。今は取得した瞬間に、どう使うかまで見えていた。目の前で戦いながら」


言われて、気づいた。


確かに。《岩礫生成》を取得した瞬間に、《魔力圧縮》との組み合わせが見えていた。


「……積み重なってるのかもしれない。スキルが増えると、新しいスキルとの繋がりも見えやすくなる」


「職人と同じだ」とドナンが言った。「技が増えると、技の組み合わせが見えてくる」


「ドナンさんらしい例えですね」


「事実だ」


ファルが「立てるか」と言った。


「立てます」


「出口を探す。この空間に、もう一つ扉があるはずだ」


「どうして分かるんですか」


「ダンジョンのボスを倒すと、出口が現れる。これは探索者の間では常識だ」


全員で空間を見回した。


ゴーレムがいた中央から、奥の壁に何かが見えた。


近づくと、扉だった。


さっきの扉より小さい。でも、同じ石積みの作りだ。表面に、石板と同じ文字が刻まれている。


「……この扉の向こうに何があるんでしょう」


「出口だ」とファルが言った。「ただ——」


ファルが文字を確認した。


「……案内人、この文字は」


『解析します』


少し待った。


『「試された者よ、上に還れ。問いは続く」』


「上に還れ」


「上に還れば出口か」とシロが言った。


「問いは続く」とレイスが静かに繰り返した。「クリアで終わりじゃない、ということか」


「このダンジョンは通過点だ」と僕は言った。「何かのための、入口だ」


「何かとは」


「山の頂。石板に書いてあった。山の頂に至る者に問いかける者がいる、と」


全員が少し黙った。


ドナンが扉に手をかけた。


「行こう。立ち止まっていても答えは出ない」


扉が開いた。


光が差し込んだ。


出口の光だった。



地上に出た瞬間、空気が変わった。


外の空気だ。

ダンジョンの中とは全然違う。


全員で、深く息を吸った。


「……生きてる」


「当然だ」とファルが言った。


でも、ファルも空を見上げていた。

夕暮れだった。

オレンジ色の光が、森の上に広がっている。


「もうこんな時間か」とレイスが言った。


「一日中いたんですね」


「それだけ深かった」


シロが鼻を鳴らした。


「レイス、匂いが変だ。傷か」


「少し擦り傷が……」


「後で見る」


「ありがとう、シロ」


拠点に向かいながら、全員でゆっくり歩いた。


途中、ファルが言った。


「カルド」


「はい」


「二度死んだな」


「……はい」


「怖かったか」


少し考えた。


「怖かったです。ボスに飛び込むとき、間に合わないと思った。でも、レイスさんが見えたので」


ファルが何も言わなかった。


「ファルさんも怖かったですか」


「……そういうことを聞くな」


「気になりました」


「気にするな」


でも、ファルの歩き方が少し変わった気がした。

怒っているわけじゃない。


シロが「怖かった」と短く言った。


「シロが」


「お前が飛び込むのが見えた。止める間がなかった。怖かった」


思わず足が止まった。


「シロが怖かったって、初めて聞いた」


「怖くないわけがない」とシロが言った。「お前が消えるかもしれないと思った」


「死に戻りがあるから」


「その確信が、私にはない」


その一言が、しばらく頭の中に残った。


シロにとって、僕の死は確認できない。

いなくなるかもしれないという感覚を抱えながら、ずっと一緒にいてくれていたのか。


「……ありがとう、シロ」


シロが鼻を鳴らした。


拠点が見えてきた。


火の光がある。ドナンとレイスが先に戻って、すでに準備を始めてくれていたらしい。


「今日は疲れた」とレイスが言った。


「お疲れ様でした」


「ゆっくり休む。報告は明日でいい」


「そうしましょう」


全員で火を囲んだ。


ダンジョンの中では見えなかったものが、火の光の中でよく見えた。

ファルの腕に巻いた布。ドナンの服の破れ。レイスの手の擦り傷。シロの毛並みのひとかたまりが抜けている。


全員、傷ついている。


でも、全員いる。


「……今日、ありがとうございました」


誰も「どういたしまして」とは言わなかった。


ファルが「次は死ぬな」と言った。

ドナンが「ああ」と言った。

レイスが「次回はもっと準備する」と言った。

シロが「次も行くのか」と言った。


「多分」


「……そうか」


シロが火を見た。


「なら、また行く」


それだけだった。


夜が深まる。


川の音が続いている。


カルドは地図を広げた。

ダンジョンの内部構造を書き加える。各層の特徴。石板の場所。ゴーレムのいた空間。出口の扉。


そして、石板に書いてあった言葉。


「試された者よ、上に還れ。問いは続く」


問いは続く。


上とは、どこを指すのか。


山の頂に、問いかける者がいる。


ゆっくりと地図を折りたたんだ。


そのとき、《波長理解》が揺れた。


東だ。


昨夜より、近い。


昨夜より、大きい。


でも——


「……これ、新しい反応だ」


今まで感じていた「観察している」ような波長ではない。


もっと、直接的な感覚だ。


『未識別反応の性質が変化しました。観察から、接触試行に移行している可能性があります』


接触試行。


「……向こうから来ようとしているってこと?」


『断定できません。ただ、波長のパターンがダンジョンの石板で記録した文字パターンと一致する部分があります』


石板と、同じパターン。


「つまり、石板を作った存在と——同じか、繋がっている」


『可能性があります』


カルドは東の方向を見た。

暗い森。その向こう。


来ようとしている。


怖いかと問われれば、怖い。

でも、嫌な感じはしない。


「……案内人、これは敵だと思うか」


しばらく間があった。


『……分かりません。』


試された者よ、上に還れ。


「……試しをクリアしたんだから、次に進んでいいってことかな」


『分かりません。ただ、カルド様がそう感じるなら、そうかもしれません』


珍しく、案内人が断言しなかった。


「明日、みんなに話す」


『了解しました』


火が揺れた。


川の音が続いていた。


東の気配は、夜通し続いた。

今夜は、昨夜より確実に近かった。

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