表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの漂流者  作者: 三幸奨励
絶海孤島編
11/28

第11話 ダンジョン攻略②

第三層の空気は、違った。


一歩目から分かった。


遮断板を通してでも、魔力が皮膚に触れてくる感覚がある。押しつけられているような重さ。呼吸するたびに、肺の中に何か濃いものが入ってくる気がした。


「……重い」


「慣れろ」とファルが言った。「最初の五分は誰でもこうなる。体が適応する」


「適応できるんですか」


「完全にはできない。ただ、感覚が麻痺してくる」


「それは良いことですか」


「良くはない。ただ、そうしないと動けない」


シロが鼻を鳴らした。


「匂いが変わった。第二層とは別の種類の魔物がいる」


「どのくらい」


「多い。ただ、今はこちらを気にしていない。縄張りがある」


「縄張りを荒らさなければ来ないか」


「通路の中央を通れ。壁際は縄張りに入る可能性がある」


ファルが「シロの言う通りにする」と言った。


全員で通路の中央を一列になって進む。


魔力灯の光が、第二層より短い範囲しか届かない。魔力が濃すぎて、光が散乱するらしかった。


「暗いですね」


「目を慣らせ。シロ、前方は」


「三十メートル先に一つ。通路の端にいる。縄張りから出ていない」


「避けられるか」


「中央を通れば問題ない」


全員で静かに通り抜けた。


壁際にいた魔物は、こちらを見ていた。

でも動かなかった。


「……縄張りを守るタイプか」


「そういう個体は戦わずに通れることがある」とファルが言った。「ただし、こちらが攻撃的な魔力を出すと反応する。戦闘中の魔力は広がるから、近くで別の戦闘をすると引き寄せられることもある。気をつけろ」


「了解」


通路が、ここで分岐した。


左と右。

《波長理解》では、どちらも霞がかかったように不鮮明だ。


「シロ」


「左は魔物が多い。右は……奥に何かある。大きい」


「大きい、とは」


「一匹だけだ。ただ、波長が他と違う。強い」


「右に大型一体か、左に多数か」


「どちらを選ぶ」とファルがカルドを見た。


判断を求めている。


「……右です。多数相手は消耗が読めない。一体なら《慧眼》で弱点を把握して集中できる」


ファルが少し間を置いた。


「同意だ。行く」


右の通路に入った。



三十メートルほど進んだところで、それが現れた。


大きい。


第二層の魔物とは格が違う。

四本脚の獣型魔物。体長は三メートルを超えている。全身に毛が生えているが、所々が魔力で発光している。目が四つある。


「……なんだ、これ」


『四眼光毛獣型魔物です。全身から魔力を放射する特性があります。放射した魔力は周囲の魔物を活性化させる効果があります』


「活性化させる。つまり、長引かせると縄張りの魔物が来るか」


『可能性があります』


「速攻で倒す」とファルが言った。「カルド」


「今見てます——首の右側。発光していない部分があります。そこだけ魔力が薄い」


「一点集中。シロ、引きつけろ」


シロが前に出た。


魔物の四つの目が、全部シロに向いた。


「シロが見られてる。全部の目が」


「問題ない」とシロが言った。低い声だった。「動きは読める」


魔物が突進した。

速い。


シロが跳んで回避する。

魔物が通り過ぎる瞬間——


「今だ」とファルが言った。


ファルが右側に飛び込んで、首の薄い部分に剣を当てる。


同時に僕が火球を叩き込む。


魔物が怯んだ。

ドナンが近距離から棒を突き刺す。


「もう一発」とファルが言った。


再び火球。

より収束させて。


魔物がよろけた。


シロが喉に牙を当てた。


倒れた。


「……速かった」


「一体に集中できたからだ」とファルが言った。「これが複数だったら全員消耗していた」


レイスが後方で息を吐いていた。


「正しい判断だった、カルド」


「ありがとうございます」


シロが「活性化は始まっていない」と言った。「早く動いたおかげだ」


「行こう」とファルが言った。



第三層を進むにつれて、異変が出始めた。


最初に気づいたのは、レイスだった。


「……少し頭が重い」


全員が止まった。


「魔力酔いか」とファルが聞いた。


「分からない。ただ、第二層では感じなかった感覚だ」


「視界は」


「揺れてはいない。ただ、集中力が少し落ちている気がする」


ファルがレイスの顔を確認した。


「瞳孔は正常だ。初期症状の手前だろう。ペースを落とす。無理に急がない」


「撤退しますか」とドナンが聞いた。


「今は判断の手前だ。悪化したら即撤退」


「了解」


「私も同じような感覚が出始めている」と僕は言った。「《波長理解》に霞がかかってる。ただ、まだ機能はしてる」


「シロは」


「問題ない。魔物には元々こういう環境に慣れているものが多い」


シロが静かに言った。


「ただ、少し魔力が体に入ってくる感覚はある。外とは違う」


「体内に取り込まれている魔力を定期的に発散させろ」とファルが言った。「呼吸に合わせて意識的に外に出す。溜め込むのが一番まずい」


「どうやって」


「魔法を少量使い続ける。小さな炎でいい。常に出し続けることで、体内の魔力が飽和しにくくなる」


「……そんな方法があるんですか」


「探索者の基本だ」


小さな炎を手のひらに灯した。

指先で、ゆっくりと回す。


少しだけ、頭が軽くなった気がした。


「……効果がある」


「慣れてくると自然にできるようになる」


レイスも同じようにした。小さな光が、暗い通路に二つ浮いた。


「続けよう」とファルが言った。



第三層を半分ほど進んだあたりで、通路の造りが変わった。


岩肌だった壁が、加工された石積みになっている。


人の手が入っている。


「……建物だ」とレイスが言った。声のトーンが変わった。「自然の洞窟じゃない。誰かが作った」


「第二層でも文字がありましたね」


「あれは自然の岩に刻んだものだ。ここは違う。石を積んで壁にしている。相当な労力だ」


「いつ頃のものですか」


レイスが壁に触れた。


「……古い。石の劣化具合から見ると、数百年は経っている。もしかするともっと前かもしれない」


「数百年前に、この島に人がいたということですか」


「少なくとも、この場所を作った者がいた」


ドナンが壁の接合部分を確認した。


「石の組み方が精巧だ。当時の技術としては相当なものだ」


「ヴァルク国の建築と比べてどうですか」


「……引けを取らない。いや、一部は上だ」


全員が少し静止した。


ヴァルク国の建築家と鍛冶師が、上だと言った。


通路が広くなった。


部屋に入った。


四方が石積みの壁。天井が高い。

中央に、石でできた台座がある。台座の上に、何かが置かれていた。


近づいた。


石板だ。

平たい石に、文字が刻まれている。


第二層で見たものと同じ文字の形だ。でも、量が全然違う。

石板全体を埋め尽くすように、細かい文字が刻まれている。


「……これが古代の記録か」


レイスが台座に近づいて、石板を覗き込んだ。


「第二層の文字と同じ形だ。でも、精度が高い。同じ人間が、あるいは同じ集団が作ったものだろう」


「この場所のためだけに、こんなものを」


「台座もそうだ」とドナンが言った。「石の加工精度が高い。単なる記録を残すためじゃない。誰かに読ませるために作っている」


「誰かに」


「ここに来た者に、だ」とドナンが言った。「入口から降りてきた者が、最終的にここに辿り着くように設計されている」


「ダンジョン全体が、この石板に繋がるように作られているということか」


レイスがゆっくりと頷いた。


「そういうことになる」


『文字パターンを記録します。照合を試みます』


しばらく待った。


『一部、解析が可能です。完全ではありませんが、断片的に意味を取れます』


「読んでくれ」


『……「この島は境界である」「内と外を分かつ場所」「力を試される者のみが降りてくる」』


「内と外を分かつ場所」


レイスが静かに繰り返した。


「境界、か。境界とは何と何の間の境界なんだ」


ファルが「内と外、と書いてある」と言った。「この島が内で、外が……大陸側か」


「あるいは逆かもしれない」とレイスが言った。「この島が特別な場所で、外は普通の世界だとしたら」


「どちらにしても、この島には意味がある」


『不明です。ただ、別の部分に「山の頂に至る者に問いかける者がいる」という記述があります』


山の頂。


「……山の頂の存在と、このダンジョンが繋がっているんですか」


『断定はできません。ただ、この石板を作った者は、山の頂の存在を知っていました』


ファルが台座の周囲を歩きながら確認した。


「他にも何か書いてあるか」


『「落ちた者よ、恐れるな。この島はお前たちを試している」……以上です。残りの文字は解析できませんでした』


落ちた者。


「落ちた者」とファルが言った。「私たちのことじゃないか」


「そうかもしれない」


シロが石板を静かに見ていた。


「……この島に生まれた私も、落ちた者か」


誰も答えられなかった。


「分からない」と僕は言った。「でも、シロがここにいることにも、意味があるかもしれない」


シロが短く息を吐いた。何を考えているか、分からなかった。


「この島に流れ着いた者を、誰かが——あるいは何かが——試している、ということか」


頭の中で、案内人の言葉が蘇った。


「条件を満たしたのは、カルド様です」


この島に来たのは、気まぐれじゃなかった。

条件があった。


「……カルド、何か心当たりがあるか」とレイスが静かに聞いた。


「少し。案内人に聞いたことがあって。この島に来たのは偶然じゃなく、条件があったみたいだと」


「条件、とは」


「分からない。ただ、この石板と繋がるなら——僕だけじゃなく、みんながここに来たのも、何かの流れの中にあるのかもしれない」


ファルが少し目を細めた。


「……難破したのも、か」


「分からない。でも、そう考えると、色々と腑に落ちる部分がある」


ドナンが壁の文字を見ながら言った。


「この文字を刻んだ者は、何を伝えようとしたんだ」


「恐れるな、と書いてある」とレイスが言った。「試されているが、恐れるなと」


「……励ますつもりだったのかな」


「あるいは、警告かもしれない」とファルが言った。「試しは、必ず終わるとは書いていない」


誰も、すぐには答えなかった。


石板の文字が、魔力灯の光を受けて揺れている。


「続けよう」とファルが言った。「考えるのは後でいい。今は前に進む」



部屋を出て、通路を進む。


魔力の濃度がさらに上がった。


「……頭が、少し痛い」


「酔いが出始めている」とファルが言った。「小さい炎を絶やすな」


「絶やしてない。でも追いつかない感じがする」


「ドナン」


「問題ない」とドナンが言った。「ただ、集中力を保つのに意識が要る」


「レイス」


「悪化はしていない。ただ、良くなってもいない」


ファルが少し考えた。


「先を急ぐ。深部にいる時間を短くした方が全員にとっていい」


「了解です」


通路の先が、また広くなっていた。


そこに、三匹いた。


第三層に来てから見た中で、一番大きい。

人型に近い体型。四本腕。発光している目が二つ。


「《慧眼》で確認します」


三匹を順番に見る。

弱点が、見えにくい。


「……硬い。魔力の膜が厚い。外側からの攻撃が通りにくい」


「どこかに薄い部分は」


「……関節部分。あと、発光してる目の周辺は魔力が集中しすぎて逆に不安定になってる。そこなら——」


一匹が動いた。


速い。


「来る——」


ファルが前に出た。

四本腕の攻撃を捌く。


一本、二本、三本——


四本目が、ファルをかすった。


「ファルさん!」


「問題ない」


血が出ていた。


「問題ない」とファルが繰り返した。「浅い。続けろ」


「目を狙う。《慧眼》から目を離さないで」


火球を目に向けて叩き込む。


命中。


魔物がひるんだ。


「今だ」とシロが言って、関節に牙を当てた。


一匹目、動きが鈍くなった。


ドナンが棒を関節に突き刺す。


倒れた。


残り二匹。


「注意しろ」とレイスが言った。「右の個体、腕を引き絞っている。溜めている」


「大きな攻撃が来る——」


ジャンプして回避。


着地と同時に、地面を衝撃が走った。


腕を叩きつけた攻撃だ。


「あぶない——」


レイスが転んでいた。


「レイスさん!」


「問題ない。立てる」


でも時間がかかっている。


その間に二匹が動いた。


シロが一匹を引きつける。


もう一匹が——


レイスに向かった。


「レイス、右!」とドナンが叫んだ。


間に合わない。


割り込んだのは、僕だった。


魔物の腕が、肩を直撃した。


痛みで視界が飛んだ。

壁に叩きつけられた。


立てない。


もう一撃が来た。


暗転。



「——っ!」


同じ場所。


「カルド!」とレイスが言った。


「大丈夫——戻ってきた」


「戻ってきた、とは」


「後で説明します。今は——」


『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、少』

『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』


光が浮かぶ。


『四腕型魔物の攻撃原理理解:衝撃耐性向上』

『魔力圧縮:魔力を一点に絞り込み密度を上げる。解放時の威力を増大させる』

『目部位弱点詳細解析:目周辺への攻撃精度向上』


「《魔力圧縮》」


ファルが《圧剣》でやっていたことだ。

魔力を絞り込んで密度を上げる。

頭の中で、感覚が組み上がる。


引き込む。

縮める。

密度を上げる。


今まで火球を出すとき、魔力を外に向かって押し出していた。

それを逆にする。

内側に引き込みながら、一点に集める。


光が消えた。


残り二匹がまだ動いている。


「火球を変える」


魔力を引き込む。

絞る。

いつもより小さく——でも、密度が上がっていく。


手のひらの中で、火球が縮まっていくのが分かった。


ゆっくり圧縮する。


「カルド——」とファルが言いかけた。


「今です」


放った。


小さな火球が、魔物の目に直撃した。


爆発の規模が、さっきとは違った。


魔物が大きくよろけた。


「今だ!」


ファルが関節に剣を入れた。

シロが喉に牙を当てた。


倒れた。


最後の一匹はドナンとシロで仕留めた。


静寂。


全員が息を吐いた。


「……カルド」とファルが言った。


「はい」


「今、戻ってきたというのは」


「……死にました。一回」


沈黙。


レイスが「だから傷がないのか」と言った。


「はい。それと、新しいスキルを取得しました。《魔力圧縮》。ファルさんの《圧剣》を観察していたから、取得できました」


ファルが少し目を伏せた。


「……私のせいで」


「違います。レイスさんを守ろうとして動いた結果です。後悔してない」


ファルが短く息を吐いた。


「……さっきの火球、威力が変わっていた」


「《魔力圧縮》を使いました。初めてだったので粗かったですが」


「粗くてあれか」


「練習します」


ファルがまた息を吐いた。今度は少し違う音がした。


「……馬鹿め」


怒っているのか、呆れているのか。

でも、どちらでもない気がした。


「エネルギーの確認をする」


全員が答えた。

カルドが戻ってきたことで、全体的にまだ余裕はある。


「先に進めるか」とファルが聞いた。


「進めます」と全員が答えた。



部屋から先の通路が、急に広くなった。


そして、重い扉が現れた。


高さ四メートルはある。

石でできているが、表面に魔力の紋様が刻まれている。閉じている。


「……これが」


《波長理解》を向けると、扉の向こうから魔力が漏れてきた。


今まで感じた中で、一番濃い。

重厚な、古い波長だ。


「ボスだ」とシロが言った。


「……間違いない」


扉の前で、全員が立ち止まった。


「エネルギーを確認する」とファルが言った。


「五割」とカルドが答えた。《死に戻り》の消耗があった。


「私は六割」とシロが言った。


「六割」とドナンが言った。


「六割弱」とレイスが言った。


「私も六割だ」とファルが言った。「撤退ラインには余裕がある。ただ——」


「少し休もう」とファルが言った。「エネルギーを落ち着かせてから入る」


全員で壁に背をつけて座った。


しばらく誰も何も言わなかった。


「……ドナンさん」と僕は言った。


「何だ」


「この扉の石の組み方、どうですか」


ドナンが扉を見た。


「……精巧だ。石板の部屋と同じ手だ」


「鍵はないですよね」


「ない。押せば開く」


「押すだけで開くのに、なんでこんなに重そうなんだろう」


「威圧だ」とドナンが言った。「入る者に、覚悟を問うている」


レイスが小さく笑った。


「職人の発想だな」


「そうか」


シロが「腹は決まったか」と言った。


全員が少し顔を見合わせた。


「決まってます」と僕は言った。


「なら行こう」とシロが言った。


ファルが立ち上がった。


「撤退の判断は私がする。いいな」


「了解」と全員が答えた。


ファルが扉に手をかけた。


ゆっくりと、石の扉が動き始めた。


重い音が、通路に響いた。


扉の向こうに、広大な空間が広がっていた。


暗い。

でも、中央に何かがいる。


巨大な何かが、こちらを見ていた。


カルドは息を吸った。


次の瞬間、扉は完全に開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ