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魔法使いの漂流者  作者: 三幸奨励
絶海孤島編
10/22

第10話 ダンジョン攻略①

準備に、1週間かけた。


ファルが言った通りだった。


「魔力酔いを防ぐ道具が要る。それと光源。それと、撤退の基準を決めておくこと。感情で押し進んで帰れなくなった探索者を、私は何人も見ている」


淡々とした口調だった。

怖がらせたいわけじゃない。ただ、事実を並べている。


「撤退の基準は何にしますか」


「誰かが魔力酔いの症状を出したら即撤退。エネルギーが全員二割を切ったら撤退。それと——」ファルが少し間を置いた。「私が撤退と言ったら撤退。異論は認めない」


「了解です」


「シロも分かったか」


シロが短く「ああ」と答えた。


ファルが全員を見回した。


「ダンジョンの中は、外と違う。魔力が濃い分、判断が鈍る。普段なら気づくことに気づけなくなる。だから事前に決めておく。入ってから考えるのは遅い」


レイスが頷いた。


「賢明だ」


「魔力酔いの症状は」と僕は聞いた。「具体的にどんな感じになるんですか」


「最初は頭が重くなる。視界が少し揺れる感じがする。次に判断が遅くなる。自分では気づきにくいから、周りが先に気づくことが多い」


「周りが気づいたら声をかけてほしい」


「当然だ。お互いに見ておく」ファルが少し真顔になった。「それと、もう一つ。ダンジョンの中で仲間が傷ついても、無理に助けようとするな」


「……どういうことですか」


「感情で動くと、助けようとした側も死ぬ。状況を見て、撤退できるなら撤退。助けられるなら助ける。それを冷静に判断できる状態を保つことが、全員を生かす一番の方法だ」


静かな声だった。

これも事実だと思った。


「一度、仲間を失ったと言っていましたね」


「……ああ」


ファルはそれ以上は言わなかった。

全員も、それ以上は聞かなかった。


「ドナン、道具の具合は」


ドナンが棚から取り出した。

小さな金属製の円盤が六つ。鈍い光を放っている。


「魔力遮断板だ。体に当てて使う。魔力の流入を一定割合カットする」


「どのくらいカットできますか」


「三割程度。完全には防げないが、酔いが出るまでの時間を稼げる」


「素材はどこで」


「川上の岩場に、魔力を通しにくい石があった。加工した」


「……どこでそんな知識が」


「旅先で拾った本に載っていた」


ドナンはそれだけ言って、円盤を全員に渡した。


触ると、ひんやりとしている。魔力が通りにくい素材独特の感触だ。


「どこに当てるんですか」


「胸に当てて服の中に入れておけ。ずれると意味がない」


「了解」


「追加で」とドナンが言った。工具袋からさらに小さな金属片を取り出した。「これは腕に巻く。遮断板との相乗効果がある。二割ほど効率が上がる」


「……それも本に載ってたんですか」


「俺が考えた」


「えっ」


「三日あれば十分だった」


全員が少し沈黙した。


「……本当に、ヴァルク国の鍛冶師は違いますね」


ドナンは何も言わなかった。

でも、悪い顔ではなかった。


レイスが自分の分を確認しながら言った。


「私とドナンは前回より動けるように準備した。建築と鍛冶の仕事で培った腕力と持久力は、戦闘にも応用できる」


「頼りにします」


「ただ」とレイスが言った。「私たちは戦闘が専門ではない。連携の邪魔にならないよう、役割をはっきりさせたい」


「具体的には」


「私は後方で状況を整理する。判断が必要なときに補佐する。ドナンは——」


「近距離だ」とドナンが短く言った。「遠距離は任せる」


全員の役割が決まった。


カルドが前衛サポート。《波長理解》と《慧眼》で弱点を伝える。《高速移動》で機動力を活かす。

シロが前衛。速さと索敵。

ファルが前衛リーダー。剣技と判断。

ドナンが近距離補助。加工した武器を持つ。

レイスが後方。状況把握と補佐。


「案内人、ダンジョン内でも機能するか」


『機能します。ただし高濃度魔力環境では、一部の感知精度が落ちる可能性があります』


「どの程度落ちる」


『不明です。入ってみなければ分かりません』


「正直でいい」


『努力します』


シロが「行くか」と言った。


空が晴れていた。

風も穏やかだ。


悪くない日だと思った。



ダンジョンの入口に立つと、三日前とは印象が違った。


準備をしてきたせいかもしれない。

それとも、覚悟が固まったせいかもしれない。


「入口で一度立ち止まる」とファルが言った。「魔力の流れを確認してから進む」


《波長理解》を向ける。

入口から魔力が漏れ出している。濃い。でも、遮断板のおかげで体への直接的な影響は薄い。


「中の反応は」


「入口付近に二つ。遠くに複数。入口付近の二つは小さい」


「問題ない」とファルが言った。「入る」


一歩踏み込んだ。


空気が、変わった。


重い。

魔力が体を押し包む感覚がある。遮断板がなければ、もっと顕著だったはずだ。


光源は——シロの目が暗がりでも光るのと、ドナンが作った小さな魔力灯。ドナンが腰に下げて、前方を照らしている。


「《波長理解》、常時流す」


「ペースを落とすな」とファルが言った。「止まると魔物が集まりやすい。常に動き続ける」


通路は広い。

岩肌が剥き出しで、天井が高い。足音が響く。


二十メートルほど進んだところで、最初の魔物が来た。


小型の虫型魔物。甲殻が光っている。二匹。


「甲殻の下が弱い。関節部分」と僕は伝えた。


シロが一瞬で距離を詰めた。

関節に牙を当てる。


一匹目、倒れた。


もう一匹がこちらに向かってきたが、ファルが剣の柄で叩いて壁に叩きつけた。


「進む」


止まらなかった。


三十メートルほど進んだ場所で、また反応があった。


「前方、四つ」と僕は言った。


「種類は」とファルが聞いた。


「さっきと違う。もう少し大きい。……蜥蜴系です」


「シロ」


「匂いは蜥蜴だ。黒鱗系に近い」


「動き方は外で戦った黒鱗蜥蜴と同じだと思え」とファルが言った。「ただし、ダンジョン内の個体は外より速い場合がある。油断するな」


「了解」


角を曲がった瞬間、四匹が一斉にこちらを向いた。


「《慧眼》——首の左側と脇腹」


「分かった」とシロが言った。


二匹が前に出てくる。

ファルとシロが迎え撃つ。


残り二匹がこちらに回り込もうとした。


「左から来る」とレイスが言った。後方から見えていたらしい。


「ドナン」


「ああ」


ドナンが左側に踏み込んだ。

加工した金属製の棒——短い槍のような形だ——で、迂回しようとした一匹の側面を突く。


倒れた。


もう一匹が僕に向かってくる。


《高速移動》で後退しながら、火球を収束させて脇腹に叩き込む。


倒れた。


ファルとシロの方を見ると、既に二匹とも仕留めていた。


「……四匹、問題なし」


「まだ一層だ」とファルが言った。「慢心するな」


「慢心はしてません。ただ、ドナンさんが強くて少し驚いた」


ドナンが「鍛冶は力仕事だ」と短く言った。


なるほど。

鉄を叩いて成形する仕事は、確かに全身の力が要る。



第一層は、思っていたより広かった。


通路が何本も枝分かれしている。

左に行けば魔物の反応が強く、右に行けば薄い。


「右か」と僕は言った。


「正面だ」とファルが言った。


「正面は反応が多い」


「探索者のルールで、真っ直ぐ進める道は真っ直ぐ進む。枝分かれは帰り道で迷う。今は深さを優先する」


「了解」


正面の通路を進む。

反応が三つ。中型。


姿が見えた。

甲殻を持つ蜘蛛型の魔物。脚が八本。天井を歩いている。


「天井だ」とシロが言った。


「見えてる」


ファルが剣を構えた。


「落ちてくる前に仕留める。カルド、弱点は」


《慧眼》を向ける。

腹部の中央。甲殻が薄い。


「腹の中央です」


「シロ、引きつけろ」


シロが前に出た。

魔物が反応して、落ちてくる。


ファルが跳んだ。

剣が、落下してくる魔物の腹を貫く。


一匹目、倒れた。


二匹目がファルに向かう。


「左」と僕は言った。


ファルが左に流れながら、横薙ぎに払う。


二匹目、倒れた。


三匹目は——シロが既に仕留めていた。


「……息が合ってきましたね」


「当然だ」とファルが言った。「三匹目は頼む、と言ったからシロが動いた」


「いつ言ったんですか」


「目で」


「目で」


「戦闘中は声を出す余裕がないことがある。慣れろ」


なるほど。

探索者の世界は、そういうものか。


『第一層、魔物の反応が薄くなっています。出口が近いと思われます』


「案内人が出口が近いと言ってます」


「感じてた」とファルが言った。「あの光の漏れ方だ」


通路の先に、薄い光が見えた。

降り口だ。


全員で確認した。


石の階段が下に続いている。

下から、魔力が上ってくる。


「第一層、クリアだ」とファルが言った。


レイスが「思ったより早かったな」と言った。


「ファルさんのおかげです」


「当たり前だ」とファルが言ったが、少し口角が上がっていた。



第二層は、第一層より暗かった。


天井が低い。通路が狭い。


そして、魔力が明らかに濃くなっていた。


「遮断板の効果が落ちてる感じがする」と僕は言った。


「そうなる」とドナンが言った。「板の限界以上の濃度になれば、カバーしきれない」


「対処法は」


「慣れるか、動き続けるかだ。止まると体内に魔力が溜まる」


「了解」


ファルが前方を確認しながら言った。


「第二層は第一層の倍は魔物がいる。連戦になる。体力を使いすぎるな。一匹一匹を丁寧に仕留める」


「カルド、《波長理解》の状況は」


「全体に霞がかかったような感じがします。細かい反応は読みにくくなってる」


「そうか。シロ」


「鼻は使える。五匹、前方」


「行く」


五匹との戦闘が始まった。


今度は、第一層と違う。

魔物が速い。動きが読みにくい。


「《慧眼》!」


三匹の弱点を確認して声に出す。


「右前方の個体、喉の下。中央の個体、左脇腹。左後方の個体、後脚の付け根——」


ファルが動く。

シロが動く。

ドナンが近距離で一匹を押さえる。


レイスが後方で状況を見ながら言った。


「右から二匹、別の群れが来る」


「数が多い」とシロが言った。


「押し切る」とファルが言った。


火球を収束させて二匹に叩き込む。

一匹が怯んだ。

シロが怯んだ隙に仕留める。


もう一匹がこちらに突進してくる。


《高速移動》で横に跳ぶ。

すれ違いざまに火球。


倒れた。


「全部か」


「全部だ」とシロが言った。


全員で息を吐いた。


「……消耗が第一層より速いな」と僕は言った。


「当然だ」とファルが言った。「ペースを保て。急ぐな」


少し進んだところで、また複数の反応が来た。


今度は六匹。

壁沿いに展開している。


「囲もうとしてる」とファルが言った。「潰す前に先手を打つ。カルド」


「一番右と一番左の個体、首の付け根が薄い」


「ドナン、左。私が右。シロは中央を割れ」


「了解」


ファルが右端の個体に走った。


剣を大きく引いて振り抜く直前、《波長理解》に引っかかった。


ファルの剣に、魔力が集まっている。


収縮している。


剣の刃の部分に、魔力が密度を上げながら凝集していく。それを一気に解放して——


炸裂。


首の付け根が吹き飛んだ。


「……あっ」


思わず声が出た。


「カルド、動け!」とレイスが後方から言った。


「あ、はい——」


《高速移動》で中央の個体に向かいながら、頭の中でさっきの動作を反芻した。


魔力を集めた。縮めた。それを解放した。


《圧剣》は、魔力を剣に圧縮してから解放する技法だ。


圧縮する。


火球でも、同じことができるんじゃないか。


今は戦闘中だ。

考えるのは後でいい。


火球を中央の個体の弱点に叩き込む。

倒れた。


気づけば六匹全部が倒れていた。


「……ファルさん」


「何だ」


「さっきの剣技、少し観察してしまいました。《波長理解》で」


ファルが少し眉を上げた。


「だから一瞬止まったのか」


「すみません」


「……邪魔にならなかったからいい。何か分かったか」


「魔力を剣に収縮させてから解放してますよね。《圧剣》って」


ファルが少し間を置いた。


「……そうだ。魔力を一点に絞り込んで密度を上げる。それを瞬間的に解放すると、斬撃の威力が跳ね上がる」


「魔力を、圧縮する」


「そういう理解でいい」


頭の中で、何かが噛み合った感覚がした。


『カルド様、何かを理解しましたか』


「……たぶん。でも、まだ試せていない」


『了解しました。記録します』



第二層を進むにつれて、通路の様子が変わってきた。


岩肌に、文字のようなものが刻まれている。


「ファルさん、あの文字は」


ファルが立ち止まって確認した。


「……古い文字だ。読めない」


「探索者でも」


「私の知識では無理だ。この手の文字を読める人間は少ない。遺跡研究者か、相当年季の入った探索者でないと」


レイスが近づいて、手でなぞった。


「彫り方が丁寧だ。急いで作ったものじゃない。時間をかけて刻んだ」


「誰が」


「分からない。ただ——」レイスが文字の一部を指差した。「この模様、石柱の丘で見た形に似ている」


全員が少し静止した。


「……同じ人間が作ったってことですか」


「可能性はある。あくまで似ているというだけだが」


『文字パターンを記録しました。後ほど照合を試みます』


「案内人が記録してくれた。後で調べられるかもしれない」


「それはいい」とレイスが言った。「続けよう」


第二層の出口が見えてきた頃、ドナンが立ち止まった。


「待て」


全員が止まった。


「何ですか」


ドナンが床を見ていた。


「……ここだけ、石の質が違う」


床の一部を指差した。

確かに、周囲の岩と色が違う。少し明るい。


「罠か」


「可能性がある。重さに反応するタイプだ」


「分かるんですか」


「旅先で似たものを見た」


ドナンが工具袋から細い金属棒を取り出して、そっと床に触れた。


カチ、と音がした。


「やはり。踏んだら何かが起動する」


「どうします」


「端を通れ。仕掛けは中央にある」


全員で端を通り抜けた。


「……ドナンさんがいてよかった」


「罠は基本だ」とドナンが言った。「ダンジョンに慣れていない者が死ぬのは、だいたい罠だ」


「覚えておきます」


「次は自分で気づけ」


厳しいが、正しいと思った。



第二層の出口に着いたとき、全員で一度立ち止まった。


「エネルギーの確認をする」とファルが言った。「全員」


「七割程度」と僕は答えた。


「シロ」

「六割ほど」

「ドナン」

「七割」

「レイス」

「同じくらいだ」


「私も六割だ」とファルが言った。「撤退ラインまでは余裕がある。続ける」


「第三層は更に濃い」とシロが言った。「匂いで分かる」


「どのくらい」


「今の倍以上だ」


全員が少し沈黙した。


「準備はいいか」とファルが言った。


返事は声じゃなかった。

全員が、頷いた。


降り口に踏み込んだ。


一歩目で、魔力の圧力が変わった。


遮断板を通してでも、感じる。

体が少し重くなる感覚。


「ここから先は別の場所だ」とファルが静かに言った。「気を引き締めろ」


第三層への階段を、全員で降りていく。


魔力灯の光が、下に続く暗闇を照らす。


終わりが、見えない。

カルドは一歩一歩、確かめながら降りた。

頭の中には、まだ「圧縮する」という感覚が残っていた。

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