6,指輪の囁き ~真実の欠片と、夜の追跡者~
エリュシオン街の高級宿屋「月影の館」。最上階のスイートルームで、イザベラ・ド・ヴァレンティアは窓辺に立ち、夜の街を見下ろしていた。
古代竜の鱗甲冑を脱ぎ、優雅なシルクのナイトドレスに着替えた姿は、まるで本物の公爵令嬢のようだ。
左手の薬指に嵌めた【神託の指輪】が、かすかに青白い光を放っている。エミリアが紅茶を運んでくる。
「お嬢様、夜も更けましたわ。お休みになる前に、少しお召し上がりくださいまし」
イザベラは微笑み、カップを受け取る。
「ありがとう、エミリア。あなたがいると、本当に心強いですわ」
エミリアは少し頰を赤らめ、控えめに座る。
「あの……今日のギルドで、わたくしが勝手に口を挟んでしまって……お詫び申し上げます。お嬢様の名誉を傷つけたのでは……」
イザベラは優しくエミリアの頭を撫でた。
「ふふっ、謝ることなどありませんわ。あなたが仲裁に入ってくれたおかげで、私は冷静になれました。
シャルロット様との決着は……いずれ、もっと意味のある形でつけましょう」
エミリアが目を輝かせる。「お嬢様……本当に優しいですわ」イザベラは指輪に視線を落とす。「それより……この指輪。古竜の宝箱から出てきたということは、偶然ではないはずですわね」
彼女は指輪を外し、掌に載せて呟く。
「ログアウト機能の制限を一部解除可能……サーバー管理者権限の証明……この世界の『真実』を知る資格……」
指輪が突然、強く光り始めた。
キィィン……部屋全体が青白く染まり、指輪から淡いホログラムのような映像が浮かび上がる。それは——古いログのようなテキスト。
【警告:プレイヤー「イザベラ・ザ・ロスト」検知】
【異常アカウント:物理ダメージ軽減率 +1247%(未修正バグ)】
【ログアウト機能:システムエラーにより永久ロック】
【原因:管理者権限外の外部干渉(推定)】
【推奨:管理者コンタクトを試みよ。コード:ETERNAL-OVERLOAD-001】
イザベラの瞳が鋭くなる。
「……外部干渉?つまり、このログアウト不能は……運営のミスではなく、誰かが意図的に?」
エミリアが不安げに。
「お、お嬢様……これは……」
イザベラは指輪を握りしめ、静かに微笑む。
「ふふっ……面白いですわね。ヴァレンティア家の再興どころか、この世界そのものが、何か大きな秘密を抱えているようですわ」
その時——窓の外から、かすかな物音。イザベラの視線が鋭く外に向く。
「エミリア、下がりなさい」
エミリアが慌てて後退する中、イザベラは木の棒を手に取り、窓を開けた。屋根の上に、黒い影が立っていた。黒いフードを被った人物。
手には短剣が光り、Lv.45の暗殺者風の装備。
「……ヴァレンティアの令嬢か。お前が古竜を単独で倒したという噂は本当だったようだな」
イザベラは優雅に棒を構える。
「ふふっ……夜這いとは、趣味が悪いですわね。どなたの差し金かしら? ローレンツィア家? それとも……もっと大きな誰か?」
影が低く笑う。
「知る必要はない。ただ……お前のバグアカウントが、邪魔なんだよ」
影が短剣を投げる。 シュッ!短剣がイザベラの胸に向かって飛ぶ—— ぽよんっ!短剣が跳ね返り、影の肩に刺さる。影がよろめく。
【反射ダメージ 1200】
イザベラは優雅に一歩踏み出し、棒を投擲。 ブオンッ! ガキィン!!影のマスクに直撃。
マスクが割れ、顔が露わになる——若い男のプレイヤー。
「ぐっ……!」
男が後退しようとするが、イザベラはもう窓枠に片足をかけ、屋根へ飛び移っていた。
「逃がしませんわ。お話しを伺いましょうか」
男が慌てて逃走を試みるが、イザベラの投擲が連続で飛ぶ。 ブオンッ! ブオンッ!木の棒が回転しながら命中。
男の足を止め、転倒させる。イザベラが優雅に近づき、棒の先を男の喉元に当てる。
「さあ……誰の命令?この指輪のことを知っているようですね」
男が苦しげに笑う。
「……お前は……知りすぎたんだよ。この世界は……もう『ゲーム』じゃない」
イザベラの目が細くなる。
「ほう……」
男が最後の力を振り絞り、ポーションを飲もうとするが——エミリアが窓から飛び出し、男の腕を押さえる。
「お、お待ちくださいまし!お嬢様……この人を、殺さないでください!きっと……何か事情があるはずですわ!」
イザベラは棒を下ろし、ため息をつく。
「……またあなたですか、エミリア」
男は苦笑いしながら、フードを脱ぐ。
「……俺は、ただの傭兵だ。依頼主は……『運営の残党』みたいな連中さ。お前のアカウントが、システムの穴を突きすぎてるんだと」
イザベラは指輪を光らせ、男に向ける。
「残党……?つまり、本物の運営はもういないということ?」
男は頷く。
「そうだ。3年前の『大アップデート』で、何かが壊れた。それ以来、ログアウト不能者が増え始めて……
お前みたいなバグ持ちは、特に狙われてる」
イザベラは静かに笑う。
「ふふっ……面白いですわね。では、あなたの依頼主に伝えてくださいまし。ヴァレンティア家のイザベラ・ド・ヴァレンティアは、この世界の『真実』を暴くつもりですわ」
男は立ち上がり、屋根の端へ後退。
「……覚えておけよ。次は……もっと大勢で来る」
影のように消えていく。イザベラはエミリアを抱き寄せ、夜空を見上げる。
「エミリア……ありがとう。あなたがいなければ、私はもっと冷徹になっていたかもしれませんわ」
エミリアは涙目で。
「お嬢様……わたくし、ずっとお守りしますわ!」
指輪の光が、再び強くなる。
【コード:ETERNAL-OVERLOAD-001 入力可能】
イザベラは優雅に呟く。
「さあ……始めましょうか。この世界の管理者を探し出して、ヴァレンティア家の名の下に、すべてを明らかにして差し上げますわ」
夜のエリュシオンに、静かな決意が響いた。




