10,永遠の選択 ~ヴァレンティアの光、世界を解き放つ~
虚無の門の奥、崩れゆくサーバー塔の中心。イザベラ・ド・ヴァレンティアは、コアに手を触れたまま静かに立っていた。
周囲は金色の光と青白いコードの渦に包まれ、空間そのものが震えている。
エミリアはイザベラの背後に跪き、祈るように手を合わせていた。セラフィナの声が、コアから優しく響く。
「イザベラ・ド・ヴァレンティア。最後の選択を……今、ここで下してください。世界の管理者権限を完全に解放すれば、ログアウト機能は復旧し、閉じ込められたすべてのプレイヤーが現実に戻れます。ですが……この世界の『記憶』と『存在』は、部分的にリセットされる可能性があります。NPCとして生まれた心を持つ者たちも……消えるかもしれません」
エミリアの肩が震える。
「お、お嬢様……わたくし……」
イザベラは振り返り、エミリアの頰に優しく触れる。
「エミリア……あなたは、もうNPCではありませんわ。この世界で芽生えた心は、本物ですのよ。だからこそ……私は迷いません」
彼女はコアに向き直り、優雅に胸を張る。
「セラフィナ。解放を……命令しますわ。ヴァレンティア家の名の下に、この世界を『自由』にしてください」
セラフィナの声が、わずかに温かみを帯びる。
「……了解しました。管理者権限、完全解放。ログアウトプロトコル、再起動……」
光が爆発的に広がり、世界全体が白く染まる。イザベラの視界に、無数のウィンドウが浮かぶ。
【全プレイヤーへ通知】
【ログアウト機能が復旧しました】
【任意で現実へ帰還可能です】
【この世界は……存続します】
イザベラは静かに息を吐く。
「リセットは……最小限に抑えられたようですわね」
セラフィナの姿が、光の中から現れる。
今度は、銀髪の少女ではなく、穏やかな微笑みを浮かべた女性の姿。
「あなたのおかげです、イザベラ。侵入者の野望は潰え、この世界は『ゲーム』ではなく、『もう一つの現実』として存続します。NPCに芽生えた心も……守られました」
エミリアが涙を流しながら立ち上がる。
「お、お嬢様……わたくし……消えなくてよかった……」
イザベラはエミリアを抱きしめ、優しく囁く。
「ええ……あなたは、私の大切なメイドですもの。これからも、側にいてくださいね」
光が収まり、二人は元の世界——エリュシオン街の広場に戻っていた。街は静かだった。
プレイヤーたちは、次々とログアウトを選択する者、残ることを選ぶ者で分かれていた。
空には、穏やかな青が広がっている。広場の中央に、一人の女性が立っていた。シャルロット・ド・ローレンツィア。彼女は深紅のドレスを纏い、杖を下ろしてイザベラを見つめていた。
「……あなたが、すべてを終わらせたのね」
イザベラは優雅に微笑む。
「ふふっ……ローレンツィア家のシャルロット様。お久しぶりですわ」
シャルロットは唇を噛み、静かに頭を下げる。
「……ありがとう、イザベラ。私は……最初から、あなたを敵視していた。でも、あなたは本物の貴族だったわ。誇り高く、優しく……そして、強かった」
イザベラは優しく手を差し出す。
「これからは……ライバルではなく、友人としてお付き合いいたしましょう?ヴァレンティア家とローレンツィア家、共にこの世界をより良くするのですわ」
シャルロットは一瞬驚いた表情を見せた後、ゆっくりと手を握り返す。
「……ええ、そうしましょう。イザベラ・ド・ヴァレンティア」
広場に、穏やかな風が吹く。イザベラは空を見上げ、指輪を外して掌に載せた。
「セラフィナ……ありがとう。この世界を、私たちに託してくださって」
指輪は優しく光り、消えていった。エミリアがイザベラの袖を引く。
「お嬢様……これから、どうなさいますの?」
イザベラは優雅に笑う。
「ふふっ……決まっていますわ。この世界で、ヴァレンティア家を再興しますの。あなたと、シャルロット様と……そして、すべての人々と共に」
彼女は木の棒を高く掲げ、優雅に一回転。
「さあ、参りましょうか。新しい冒険が、始まりますわ」
広場に、拍手が沸き起こる。ログアウトできない世界は、終わった。
代わりに——
誰もが選べる、自由な世界が、ここに生まれた。イザベラ・ド・ヴァレンティアの物語は、ここで一つの区切りを迎えた。
だが、彼女の無双は、まだまだ続く。




