1,捨てられた初期村の最果て ~高貴なる令嬢、理不尽に目覚める~
「は? ログアウトボタンが……灰色ですって? 冗談ではないでしょうね?」
イザベラ・ド・ヴァレンティア(本名:天野イザベラ、19歳、ヴァレンティア公爵家の末娘)は、VRヘッドセットの中で優雅に眉をひそめた。
指を優美に振ってシステムメニューを呼び出すも、「ログアウト」の文字だけが、まるで下賤な嘲笑のように凍りついている。【システムエラー:ログアウト機能が一時的に利用できません。運営にお問い合わせください】
「問い合わせ? このヴァレンティア家の令嬢が、どうやって現実に戻れというのですか!ふざけないでくださいまし!」
叫んでも返事はない。
代わりに、遠くの森から聞こえてきたのは、村娘の甲高い悲鳴だった。
「ひぃぃっ! 助けてくださぁい! スライムがぁぁ!」
イザベラは優雅にため息をつきながら、地面に落ちていた木の棒を拾い上げた。
泥で汚れようとも、そんな下賤なことに構うものか。
【キャラクター情報】
名前:イザベラ・ザ・ロスト
職業:ナイト(初期職) Lv.1
称号:『チュートリアルすらクリアできない令嬢』『バグ報告0件の公爵令嬢』『3年放置の没落貴族』
ステータス:
STR 5 (振り直し不可)
VIT 0
AGI 0
INT 0
LUK -47(非表示・固定)
特殊効果:【物理ダメージ軽減率 +1247% (バグ由来・永続)】
装備:ボロ布のドレス(防御力1)、木の棒(攻撃力+1、耐久値3/100)このアカウントは、サービス開始直後に「退屈しのぎのネタ垢」として生まれたものだった。
当時の運営がやらかした防御バグが修正されず放置された、サーバー史上最悪のゴミアカウント。
コミュニティでは「持ってるだけでヴァレンティア家の名誉が失墜する」「ログアウトしたら貴族の血筋が呪われる伝説」とまで言われていた。なのに今、そのアカウントで本物の「ログアウト不能」に陥っている。
「もう、笑うしかありませんわね……ふふっ」
イザベラは木の棒を優雅に肩に担ぎ、のそのそとスライムの方へ歩み寄った。
ドレスの裾が泥で汚れるが、そんな下等なことに気を取られるほど、彼女は浅くない。
スライムは3匹。
ぷるぷる跳ねながら、レベル1のNPC村娘を追い詰めている。
「お、お嬢様! 助けてぇぇ!」
村娘が涙目でイザベラを見上げた。
NPCとはいえ、表情が妙にリアルで、まるで本物の使用人のように見える。イザベラは棒を優雅に構えた。
「まったく……こんな下等生物ごときに怯えるなんて、みっともないことですわ。このイザベラ・ド・ヴァレンティアが、片付けて差し上げますわ」
ズンッ!棒を振り下ろす。ミス! ズンッ! ズンッ!ミス! クリティカルミス!木の棒が「パキン!」と折れた。
「……あら?」
耐久値3が一瞬で0。武器ロスト。スライムたちが一斉にイザベラの方を向いた。
ぷるぷる……ぷるるるる……3匹同時に体当たり。 ぽよんっ! ぽよんっ! ぽよんっ!イザベラの腹(ドレスの辺り)に当たった瞬間、スライムたちが逆に弾かれて吹っ飛んだ。
地面に叩きつけられ、ぺちゃんこに。【スライムを撃破しました ×3】
【経験値 +0.9(端数切り捨て)】
【ドロップ:スライムの欠片(売値1カッパ)×3】
「……まあ、何ですのこれ。気持ち悪いですわね」
イザベラは自分のドレスを優雅にポンポンと叩いた。
ダメージゼロ。
むしろスライムが自滅している。そう——あのバグ【物理ダメージ軽減率 +1247%】は、
受けるダメージを1247%軽減どころか、反射・吸収する化け物仕様だった。
「これ……逆に最強ではありませんこと?」
その時だった。村の入り口から、重い金属音が響いてきた。
《紅蓮騎士団》
サーバー最強クラスのギルド。
リーダー「紅蓮の焔帝」を筆頭に、30人以上の重装備プレイヤーがぞろぞろと現れる。焔帝がイザベラを見て、鼻で笑った。
「ははっ、何だよまだこんなゴミ令嬢が生きてたのか」
「『チュートリアルすらクリアできない令嬢』じゃんwww」
「スクショ撮っとけ、マジレアネタだわ」
「てかLv.1で3年放置とか、公爵家の面汚しだろw」
団員たちがゲラゲラ笑う。イザベラは静かに、新しい木の棒(自動補充)を優雅に拾い上げた。
「……あらあら」低い声で呟く。
「あなたたち、今、このヴァレンティア家のイザベラを侮辱なさったのですね?」
焔帝が肩をすくめた。
「侮辱? 事実だろ。お前みたいな没落貴族が——」
次の瞬間。イザベラが一歩踏み込んだ。距離、約5メートル。棒を投げる。
ブオンッ!木の棒が回転しながら飛ぶ。焔帝の兜に直撃。ガキィン!!ヘルメットが凹み、焔帝が膝をつく。【クリティカルヒット!】
【紅蓮の焔帝に 12ダメージ(端数切り捨て)】
「……は?」
焔帝が呆然とする。イザベラの攻撃力は+1のはずなのに、なぜか12ダメージ。
(隠しバグ:投擲時STR×10倍補正)
「……………おほほほほ」
イザベラが優雅に高笑いする。
「あなたたち全員、この私に喧嘩を売ったのですね?では……相応のお仕置きをいたしましょう」
紅蓮騎士団の面々が凍りついた。次の瞬間——
「うおおおお!! 舐めんなゴミ令嬢がぁぁ!!」
一斉突撃。剣、槍、斧、魔法がイザベラに殺到。 ざしゅっ! ドガァン!! ズドォン!!そして—— ぽよんっ! ぽよんっ! ぽよんぽよんぽよん!!全員が吹っ飛んだ。鎧がへこみ、武器が折れ、魔法が跳ね返って自爆。【撃破数:18/30】
【大量の経験値を取得しました】
【レベルアップ! Lv.1 → Lv.3】
【称号『理不尽無双』『PK狩りの公爵令嬢』『バグの貴婦人』を取得しました】
生き残った焔帝が這いずりながら後退。
「な……何だよお前……何なんだよぉぉ……!」
イザベラは血まみれのフルプレートアーマーを優雅に拾い上げた。
「まあ……これ、意外と上品なデザインですわね。ヴァレンティア家の宝物庫に飾れそうですわ」
静かに呟く。その瞳には、もう「ネタ垢」の弱気な色はなかった。─────────────────村の広場に、紅蓮騎士団の残骸が転がっている。村娘が恐る恐る近づいてきた。
「あ、あの……ありがとうございます、お嬢様……」
イザベラは振り返り、優雅に微笑んだ。
「ふふっ、礼など結構ですわ。ただ……この私を巻き込んだあなたたちに、ちょっとした教育を施しただけですの」
「でも……すごかったです。あんなに強い方、初めて見ました……」
「強い? あら、違いますわよ。これはただの……バグですの」
イザベラはため息をつき、空を見上げた。ログアウトできない。現実に戻れない。
そして、このゴミ令嬢アカウントが、なぜか最強の理不尽性能を発揮し始めている。
「……まあいいですわ」拾った鎧を装備。
【装備変更:ボロ布のドレス → 紅蓮騎士団の重鎧(防御力+185)】
見た目は立派な女騎士貴婦人になった。
「では……街へ参りましょうか。このヴァレンティア家の名に恥じぬよう、華麗に無双して差し上げますわ」
村の出口へ優雅に歩き出す。その背中を、村人たちが見つめていた。誰もが同じことを思っていた
——この令嬢、もしかして……本当に恐ろしい存在なのでは?サーバーの空気が、少しずつ変わり始めていた。最底辺のゴミ令嬢アカウントが、最凶の理不尽貴婦人として動き出した瞬間だった。




