第4話:蝶の蜘蛛の糸
『蝶の蜘蛛の糸』は、相変わらず濃い白檀の香りに満ちていた。
ベラはカウンターに座り、古びた銀のペンダントを手に、目を閉じていた。
彼女の能力、『霊魂鑑定』。先程の戦いを、味わっているのだろう。
擦り減って不鮮明になってはいるが、『白薔薇騎士団』の紋章と共に、かつての持ち主の名が刻まれている。
アッシュ・ヴァレンタイン。
「実に、鮮やかな終幕だったわね、灰色の狐さん。閃光のようだったわ。私のコレクションに加えたい物語よ」
彼女がゆっくりと目を開けた時、アッシュとドレイクが店の中へと入ってきた。
先に進み出たのは、ドレイクだった。
一瞬、視線を落とし躊躇う素振りを見せたが、やがて赤い光を帯びた小さな宝石──竜の涙を、カウンターの上に置いた。
「アレクトは始末した。それと、これは…あんたんとこがなくした品だ。俺たちがわざわざ持ってきてやったんだ、何か誠意ってモンを見せるべきじゃねえか?」
ベラはドレイクを一瞥すると、すぐにアッシュへ笑いかけた。
「あら、ご親切にどうも。でも、貴族狩りに懸賞金を懸けたのは『教会』よ。お金はそちらで頂かないと。私はもう、情報料として十分に支払ったはずだけれど?」
アッシュが情報料として投げた、古びた金貨数枚を指で弾く。ドレイクは苦々しげに口を噤んだ。
ベラは再び竜の涙へと視線を移し、気怠げに言葉を続ける。
「あの男、竜の涙が古代竜の悲願でできた奇跡の治療薬だと信じていたけれど、本当は呪いが込められた毒薬だってこと、知っていたのかしらね? 真実と嘘は、紙一重。そしてその紙を裏返すのは、いつだってもっと大きな力を持つ者たちよ」
その視線が、意味ありげにアッシュに留まった。
「気をつけて。あなたが追う真実もまた、誰かが仕立て上げた、偽りの祭壇かもしれないわ」
アッシュは応えず、身を翻して店を出た。一人残されたベラは、カウンターに置かれた竜の涙を、指先でとん、と軽く突いた。
宝石が、不吉な赤い光を微かに放つ。口元に浮かんでいた笑みは、さらに深くなっていた。