【4月8日】——誰かの一歩と、誰かの足踏み
◆相川太一・現実パート
朝。
起きて、着替えて、会社へ向かう。
昨日図書館に行ったことが、少しだけ「特別なこと」に思えてしまうほど、
今日の朝はいつも通りだった。
駅のホームにはスーツの群れ。
オフィスの蛍光灯は今日も均等に眩しい。
デスクには、金曜日の続きの書類。
上司は「おはよう」と言い、後輩は「資料ありがとうございます」と笑った。
だが太一は、そのどれにも特別な意味を感じなかった。
「……俺って、いつまでこの感じなんだろうな」
仕事をこなして、昼を食べて、帰宅して、シャワーを浴びて、
冷凍餃子とコンビニのごはんで夕食を済ませた。
パソコンを立ち上げ、キーボードの前に指を置く。
変わらぬ日々の中に、誰かの小さな変化を描くことだけが、
太一にとっての“逃げ道”であり“生き方”になっていた。
◆女子高生日記パート《あいか》
4月8日(月) はれのちくもり
今日から授業スタート!
教科書ってあんなに重かったっけ?ってレベルでカバンパンパン(笑)
一限目の現国、初っ端から「随筆って知ってるか」って聞かれて焦った。
杏ちゃんはとなりで寝かけてた。
でも、それより今日のメインイベントは……新しい友達ができたこと!
名前は美月ちゃん。席が斜め前で、プリント落としたとき拾ってくれて、
「あ、ありがとう」って言ったら「コンタクト落としたかと思ってびびった〜」って返ってきた(笑)
話してみたら、同じマンガ好きで、しかも写真部に興味あるらしくて!
「あいかちゃんって、写真撮るの得意そうだね」って言われて、ちょっと照れた。
休み時間に一緒に行動する人が増えるって、
学校がちょっとだけ違って見えるんだなって思った。
この春、ちゃんと“新しいあたし”に会いに行けるかも。
あいかの書く日記を読み返しながら、太一はふと小さく息を吐いた。
変わっていく人々の記録。
自分が書いているはずなのに、それはまるで、
どこかで本当に生きている少女のように、自然だった。
誰かに「おはよう」と言われて、
誰かに「一緒に帰ろう」と言われる。
それだけで人の一日は、どれほど鮮やかになるのだろうか。
太一の一日は、今日も色のないまま終わった。
だが、あいかの一日は、ほんの少しだけ光っていた。