【【4月1日】——春の入口、部屋の出口
◆相川太一・現実パート
月曜の朝。目覚ましの音は鳴らなかった。
なぜなら彼は、スマホのスヌーズを止めたあと、30分そのまま毛布にくるまっていたからだ。
時刻は午前8時21分。始業は9時。
電車の本数は多いが、気持ちの余裕は少ない。
冷蔵庫には半分しなびたキャベツと、未開封のペットボトル緑茶。
「……新年度か」
スーツに袖を通しながら、相川太一(40)はぼそりとつぶやいた。
特に何も変わらない。異動もない。
期待されることもなければ、避けられることもない。
そういう、空気のような立場が彼にはちょうどよかった。
ただ、駅へと続く歩道の桜が咲いていた。
満開というには早く、三分咲き。
それでも街には、少しだけ華やぎのようなものがあった。
夜。
コンビニで買った牛丼弁当を食べながら、彼は突如、ノートパソコンを立ち上げた。
「……書いてみようかな」
新年度の始まりに何を思ったのか、
彼は、"女子高生の日記"を書くことに決めた。
◆女子高生日記パート《あいか》
4月1日(月)くもり 時々 はれ
今日から新学期!高2スタート!
制服のスカート、やっぱり丈短くしすぎたかな……。朝、駅でちょっと恥ずかしかった。
クラス替え発表、めちゃくちゃドキドキしたけど、遠藤くんと同じクラスだった!!
やばい、マジ神様ありがとう案件。
あと、担任がまた西村先生だった(笑)ゆるキャラすぎる。
帰りに杏ちゃんとミスド行って、ポン・デ・リング食べた。
いつもの日なのに、なんか今日は特別だった気がする。
春って、なんだか不思議。
自分がちょっと新しくなれる気がするんだ。