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廃墟の魔女  作者: からり
対の木片
7/27

7.

 6時50分、いつも通りシャワーを浴びて仕事を開始する。ガラリスを迎えに行くと「眠れと言ったのに」と眉をひそめられたが追い返されはしなかった。

 食堂に行き朝食を作る。

 丸い石を5つ選んでフライパンで焼く。皿にとったらソースと青のりとカツオブシをかける。最後に集中してマヨネーズを絞る。

 去年の15才の誕生日、キャランとミツルがタコ焼を持ってきてくれた。あの日、ぼくは生まれて初めてタコ焼きを食べた。

 ミツルとキャランに座って待っていろと言われ、ぼくはガラリスと一緒に食堂でぼんやりしていた。少しして軽やかな電子音がした。フリージングされたタコ焼きがレンジで解凍された音だった。

 タコ焼きは4、50個はあったと思う。あたためすぎたのか湯気がもうもうと立ち昇っていた。いい匂いだった。

 ソースと青のりとカツオブシの袋をミツルに渡され「好きなだけかけろ」と言われた。適量がよくわからなかったので、なるべく端から端までまんべんなく行き渡るように工夫した。

 最後にミツルが意外なほど器用な手付きでマヨネーズを操り“Happy Birthday”と書いた。するとガラリスが私も書くと言い出したが、こちらは予想以上に不器用でHappy Birthdayの文字もタコ焼きもマヨネーズの海に溺れた。ミツルが怒り、ガラリスは開き直り、キャランは大笑いした。ぼくも笑いをおさえきれなかった。

 タコ焼き自体についてはソースとマヨネーズ味の柔らかすぎるパンという印象しか残らなかったけれど、この記憶のおかげで特別な食べ物になった。

 5年間、キャランとミツルとガラリスは、そうやってぼくの誕生日を祝ってくれた。

 石の上でマヨネーズはふにゃりと溶けかける。湯気を立てる皿を持ちぼくは厨房から食堂へ行く。ガラリスの前に皿を出す。

 ガラリスは皿をまじまじと見た後「確かに下手だ」と笑った。

「失礼しました」

「だがお前の作る食事と同様に味がある」

「恐れ入ります」

 ぼくはマヨネーズで石のタコ焼きの上にペンギンを描いたのだった。


 11時、昨日と同時刻にキャランとミツルはやって来た。

 キャランはいつも通り穏やかな笑みを浮かべ、ミツルは何度も大きなあくびをしていた。

 応接室のソファに座ると

「ガラリスのせいで二時間しか寝てないんだよ」ミツルはぼやいた。

「ホテルで待っていても良かったんですよ」

「そんな訳にいかない。っていうかキャランだって寝てないだろ」

「私は昔からあまり眠らなくても大丈夫なんです」

「紅茶ではなくコーヒーをお持ちしましょうか」とたずねると

「いいね、頼むよ」

 ミツルが嬉しそうに言う。

 キャランも飲むだろうか。視線を向けると

「目が赤いですね。クオンもあまり眠っていないのですか?」と聞かれた。

 少し迷った後「はい」と正直に答える。

「でもぼくも余り眠らなくても平気な体質なので」

 これは半分嘘だ。我慢はできるが睡眠不足は辛い。

 ミツルがにやにやして

「えー、どうしたんだよ、クオン、いつも馬鹿みたいに規則正しい生活してんのに。2日連続でキャランに会えるのが嬉しくて眠れなかったとか?」

 本人を目の前にしてからかわれてぎょっとする。違います、と言いかけて、否定するのも失礼な気がして、普段ならそうですが今日は違うんです、と言いかけて、これもまずいと押し黙る。やっぱり寝不足で頭がまわっていない。キャランがじっとぼくを見ているのを感じていたたまれない。

「もしかして鑑定補佐ですか?」

 鋭い。うなずくとキャランの目が大きく見開かれてキラキラ輝いた。

「やっぱり!」

 ミツルはデジックを取り出して「通知がきてる」と舌打ちした。

「忙しくて見ていませんでしたね」

 タッチパネルで同意書や報告書を作成するとキヤランやミツルに通知がいくのだ。

 キャランがしみじみとしたため息をつく。

「鑑定補佐なんてすごいです。とても羨ましいです」

「ぼくがすごいわけでは」

「もっと誇っていいんですよ。鑑定で描かれる夢は、異者の構築する精神世界です。信頼がなければ入れてもらえませんから」

 ミツルが低い声で

「じゃぁ、クオンはあの板切れの力が何だか知ってるんだな?」と言った。

「一応は」

「一応ってなんだよ?だったら、さっさと話せよ。コーヒーどうですかぁ、とか言ってる場合かよ」

 なぜかミツルは急に不機嫌になっていた。

「申し訳ございません。ぼくの一存では決められません。すぐにガラリス様をお連れします」

 慌てて応接室を出ようとすると、クオン、とキャランに引き止められた。

「私にもコーヒーをいただけますか?できれば悪魔のように濃い真っ黒なコーヒーをお願いします。今日は他の仕事の調整もついたので、ゆっくり鑑定の結果を伺います」

「え、ちょっと待ってよ、ゆっくり?何言ってんだよ?」

「今日の天候なら帰りがけに美しい日の入りが見られるかもしれませんよ」

「日の入り?一体、何時までいるつもりだよ」

「鑑定はドラマです。たまにはじっくり鑑賞したくはありませんか」

「全然したくないよ。もうへとへと」

「無理をさせてすみません、ミツル。辛ければ先に帰ってください」

「そんなわけにいかないだろ」

「鑑定結果は私が責任を持ってガラリスとクオンから聞いておきます。問題はありません」

「だって……車どうするんだよ」

「私は運転できませんのでミツルが乗って帰ってください。この屋敷周辺の森には詳しいので歩いて帰れますから」

 穏やかに、だが、一歩もキャランは譲らない。ミツルは顔をしかめて大きなため息をつく。

「勝手を言ってすみません。でも滅多にないですよ?時間を気にせず異者と過ごせて、しかも補佐付きの鑑定結果を聞けるなんて。せっかくだからじっくり楽しみましょう」

 ミツルは苦虫を噛み潰したような顔でなぜかぼくをにらんだ。

「早くコーヒー!」


 応接室がコーヒーの香りに包まれる。いつもの紅茶の華やかな香りよりも深く重い。

 ミツルは一口目でコーヒーの苦さに顔をしかめて「濃すぎるよ」と文句を言って、砂糖とミルクをたっぷりいれた。キャランはブラックのまま飲んでいた。

 ぼくはガラリスの車イスを二人の正面の位置まで運ぶ。テーブルを挟んで向かい合う位置に到着した途端、

「警察の資料は手に入ったのか?」とガラリスは尋ねた。

「はい」

 キャランはバッグから四つ折のデジックを出した。広げるとテーブルの上をほとんど占領するので、ぼくは他のテーブルを持ってきてカップやポットを移動させる。

「相葉家について色々と面白いことが分かりました」

「ほぉ?」

「実は異機構にとっても予想外の収穫がありました。警察の情報を手に入れるように言ってくれたガラリスには感謝しなければなりません」

「え、キャラン、何のこと?」

 ミツルが不思議そうに聞くとキャランは含み笑いをして

「先に鑑定の話を伺いましょう」と言った。

「クオンの補佐はどうでしたか?」

「まぁまぁだった」

「クオンは、うまく夢世界に入り込めましたか」

「今回も登場人物になりきっていた」

「傍観者ではなく?」

「あぁ。しかも主役だ」

「素晴らしいですね」キャランがぼくに微笑みかける。「異物は過去に起きた出来事だけではなく、関わった人間の脳の電気信号まで記憶しています。登場人物になれる感知者は、それだけ異物に深くアクセスできるということです。誰にでもできることではありません」

 キャランに褒められ嬉しくてつい口元がゆるむ。

「ただ登場人物になることは諸刃の剣です。自我が邪魔をするからです。すると登場人物はシナリオ通りの動きをせず、夢世界を崩壊させてしまう。鑑定は失敗に終わります」

「問題ない。クオンはシナリオ通りに演じきった。鑑定は成功だ。私が保証する」

「自我が薄いってことか」

 どこか馬鹿にするようにミツルが言った。

「異物の記憶はどこまで追ったのですか」

「誘拐がからむ箇所については、ほぼ最初から最後まで」

「では相葉サトカの誘拐の理由もわかったのですか?」

「もちろん」

「いいですね。誘拐事件はどうやら迷宮入りしそうな様子です。相葉サトカは見つからず、容疑者の伊藤ウタミも捕まらず警察は焦っています。今回、私たちは警察から資料を入手しましたが、代わりに事件について何か分かったら情報提供することとなりました。有益な情報であればあるほど助かります」

「借りた恩を多めに返して、今後につなげるつもりか」

「その通りです」

「ちょうどいい。今回、クオンは相葉家で何が起きたかを目の当たりにしている。話してやれ」

「ぼくがですか?」

「ぜひ聞かせてください」

 キャランが期待に満ちた顔でぼくを見る。

「でもどこから話せばいいか」

「もちろん南九図の件からだ」ガラリスが言った。

 南九図?とぼくとミツルの聞き返す声が重なる。

「うまくまとめよ。だが必要な情報は省略してはならない」

 ずいぶん簡単に言ってくれる。

 まごまごしていると

「なんでもいいや、さっさとしろよ」とミツルにせかされる。

 鑑定補佐の話が出たあたりから何故かミツルはずっと機嫌が悪い。ぼくはキャランの期待に応えたいし、ミツルとも敵対したくない。大急ぎで夢の記憶を整理して組み立てなおす。

「では……お話しします。」

 ぼくはおずおずと言葉をつむぐ。


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