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廃墟の魔女  作者: からり
対の木片
6/27

6.

 ねっとり重い闇の中をゆっくり上昇する。いつまで続くのかと不安になりかけた時、まず鼻先が闇から逃れ出て外気を吸った。すると体が軽くなり闇の水面に全身が浮かびあがる。真っ暗だったまぶたの裏に光がさす。

 目を開ける。

 あれ、と思う。暗い。予想していたような光に満ち溢れた場所じゃない。ここは……

「目覚めたか」

 その声で、心と体が一つに重なる。現実の自分自身を思い出す。

 ぼくは遠峰クオンで、ここはガラリスの屋敷だ。

「ずいぶん入り込んでいたな?」

 からかうようにガラリスが言う。

 ぼくは彼女の左腕から掌を離す。彼女の腕に熱を奪われ指先が冷え切っていた。

「どこにいた?」

 鑑定は、異物の過去を引き出す作業だ。異物は過去にどこに行き、誰と巡り合い、何が起きたかを記録している。何が起きたかを把握するには「誰と」の部分が特に重要だ。なぜなら異物は関わった人間の感情や記憶さえも保持していることがある。

「誰の夢を見たか、と聞くべきか?」

 ガラリスがからかうように微笑む。

 鑑定は夜の方が成功しやすい。だから異物の描きだす過去世界は“夢”と呼ばれている。

 異者の協力があれば、感知者は“夢”に入ることができる。

 でもどう入り込むかはやってみないと分からない。異者と異物と感知者の相性次第だ。傍観者として観察するか、登場人物の一人になりきるか。稀に適応できず架空の第三者として登場して夢を壊してしまうこともあるという。

「ぼくはウミでした」

 今回、ぼくは登場人物として夢の世界に入り込んだ。

「あの白髪の人は……」

「ナガレだ」

 やっぱり。この木片の異物を創った異者だ。

「だがまさか南九図が舞台とはな。南九図はクオンの故郷なのだろう?」

「……はい」

 確かに南九図市はぼくが生まれ育った場所だ。5年前ここに来るまで住んでいた。でも故郷なんて温かみのある言葉が似あうところじゃない。

 荒れ果てた街並み、貧しい暮らし。外から見ればスラム街同然だ。この国にはいくつかそういった地域が存在する。だが南九図には他のスラム街にあるような無秩序さや自由はない。

 南九図には法律とは別の暗黙の秩序が存在している。

 強力な権力者たち、日常を縛り付けるルール。そう、重んじられるのはルールだ。全体主義的な管理社会。それが南九図の本質だ。適応できるものとできないものがいて後者は追放される。ぼくはできなかった。そして今ここにいる。

 ウミはそれなりに馴染んでいるようだった。

「今の夢はいつ頃の出来事でしょうか」

「ウミとユウが松の木の根元で語り合っている箇所は、おそらく異物が創られてから間もない頃、6年から10年ほど前だろう」

 ぼくが5才から9才の間の出来事ということか。

「ずいぶん期間が絞れるんですね」

 いつもはせいぜい10年単位でしかわからない。

「夢の感触からして10年より前ということはない。それにナガレが管理機構に捕われたのが4年前だからな。追われていると言っていたからあの後捕まったのだろう」

 ガラリスが顔をこちらに向ける。

「知り合いでもいたか?」

「いえ」

 誰も知らなかった。

「南九図は広いのか?」

「夢の場所は海に近いエリアですが、ぼくがいたのは山寄りのビル街でした。子供は動ける範囲がかなり制限されていたので接点がなかったんだと思います」

 7才まで勝手に外に出てはいけない、というルールはぼくのいたビル街にもあった。

「どうする?」

「え?」

「夢にはまだ続きがある。物語は始まったばかりだ。肝心の誘拐事件があった目黒区のマンションにもたどり着いていない」

 南九図と目黒は同じ都内だがそれなりに距離がある。あの後、誰かが、あるいは何かが異物を移動させたということだ。

「寝たければ寝てもいい」

 ぼくは壁のタッチパネルを確認する。午前1時31分。いつもならベッドにいる時間だ。でも目は冴えていた。久しぶりに南九図の雰囲気に触れたせいかもしれない。

「眠くはありませんが」

「続けるかどうか自分で決めろ、任せる」

 鑑定補佐をしろと命じたり、やめていいと言ったりガラリスの意図が読めない。だまりこむと

「クオン、お前の長所は素直なところだ、私の命令を遂行する能力も問題ない。だがお前には意思がない」

「意思、ですか」

 今度はガラリスがだまりこむ。少ししてから

「異物の力が何かはわかったか?」と聞かれた。

「いえ」

「考えろ、思考の放棄は最悪の怠惰だ」

 そう言われても材料が少なすぎる。

「ガラリス様はわかっているのですか」

「予測はついている、恐らく間違いない」

 ぼくはガラリスの右手の下に置かれた木片を眺め、夢の中の出来事を頭の中で反芻する。

「……ナガレ様は、二枚で一つだとおっしゃっていました。恐らくこの木片は対になるものであり、一つでは力を発揮できないのではないでしょうか」

「いいぞ、もう一歩ふみこめ」

 二つで一つ。四角い木の板。他に考える材料はあるだろうか。

 だめだ、わからない。

「ヒントをやろう。昼間、キャランが我々に聞かせた異物の発見経緯は奇妙だった」

「警備会社が通報したという件ですか?」

「そうだ」

「確かキャラン様は、警備会社の人間が異物に精通していて速やかに通報されたのではないかと」

「あの時も私はヒントを出してやった。だがキャランは気づかなかった」

 お前はどうだ?というような試される視線に突き刺されて、頭の芯が活性化する。

 昼間、ガラリスは『何かしらの“ありえないこと”が起きて異物の関与が疑われて通報に至ったということだ』と言っていた。

「……確かにおかしいですね。いくら異物に詳しくても、この木片を異物だと見破るなんて」

「その通り。見た目はただの板切れだからな。感知者でもない限り異物と判定するのは無理だ。ではなぜ警備会社は異物として通報したのか?それが鍵だ」

「異物だと疑うべき理由があったということですよね」

 言いながらひらめく。

 二枚で一つ、四角い板の形状、誘拐。

「気づいたようだな?」

 うなずく。

「で、どうする?鑑定補佐を続けるか?」

「異物が使用されるところを確認します」

 迷うことなく答えた。そうしないと推測の答え合わせはできない。

「なら捕まれ」

「はい」

 ぼくは自分の意思でガラリスの腕に掌を置いた。


 結局、鑑定は夜が明ける直前の4時半頃までかかった。

 異物や設置具を片づけ、ガラリスの部屋のタッチパネルで鑑定補佐を行った報告書を作成して送信した。自分の部屋に戻るころには6時を過ぎていた。

 キャランたちが来るまで寝てていいと言われたが、ベッドに横になっても寝付けない。

 色々なことが明らかになった。予想通りのこともあれば、そうじゃないこともあった。

 なぜ、警備会社はなんの変哲もない木片を異物だと思ったのか。

 誘拐された相葉サトカはどうなったのか。

 お手伝いの伊藤ウタミは何者だったのか。

 異物の持つ力は何なのか。

 ぼくもう答えを知っている。

 寝返りを打つ。

 ぼくは伊藤ウタミについて考えずにいられない。

 凛とした美しい人だった。相葉家の人たちからも信頼されていた。でも大きな秘密と目的を持っていた。

 そして悲劇は起きた。

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