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廃墟の魔女  作者: からり
対の木片
4/27

4.

 応接室に戻るとガラリスは物思いに耽っていた。

 ポットやカップを片付けていると

「気づいたのだろう?」と言われた。「あの異物にはナガレ以外の香りが付着していた」

「気のせいかと思ったのですが」

 それ位かすかな香りだった。

「気のせいではない」

「明日キャランさまにお伝えすべきでしょうか」

「だめだ、言うな」ガラリスはきっぱりと首を振る。

「あれは原初の異物の香りだ」

「原初の異物……始まりの異者が創った異物ですか?」

 始まりの異者は、ガラリスたち異者を創りだした存在だ。『ハハ様』とガラリスたちは呼ぶ。

 原初の異物は滅多に発見されない。ぼくは過去に一度だけ鑑定に立ち会ったことがあった。

 鼻の奥に複雑な香りがよみがえる。

「まさかあの板が?」

「いや、あれはナガレが創ったものに間違いない。だがいつかどこかで原初の異物と関わった事があるのだろう」

「……原初の異物だとは思いませんでした」

「混ざりあっているし残り香だから仕方ない。だが良い経験だ。次からは取りこぼすな」

「原初の異物が関わっているなら、なおさらキャラン様に報告が必要では?」

「キャランが知ったら誘拐事件などそっちのけになる。それではつまらない。だから何も言うな」

 答えずにいると、

「返事は?」と念押しされる。

「……はい」

 仕方なくうなずく。

「不満そうだな」

 無言で立ちつくしていると「さっさと食器を片づけるがいい」と言われた。

 厨房に行き、ポットとカップを食洗機に放り込みため息をつく。ぼくはガラリスの命令に逆らえない。世話人の基本原則だ。

『異者を傷つけるな、服従しろ。ただし自分の身は守れ』

 異物の鑑定をスムーズに進めるための不文律だ。別に破っても表向きはペナルティはない。そう表向きは。でもわからない。破ったら、もしかしたら4日後、ぼくはこの屋敷を出られなくなるかもしれない。

 ……香りはかすかだった。きっとそれほど重要なことじゃない。自分で自分に言い訳をしたら余計に嫌な気分になった。

 応接室に戻ると、

「冴えない顔をしているな」

 ガラリスがからかうように言うので、

「これから川に行ってきます」なるべく素っ気ない声で答える。

「昼食は戻ってからでいいですよね」

「川底の石を拾ってくるのか?」

「はい、命令されましたので」

「クオン」ガラリスがぼくをじっと見つめた。「鑑定をすればあの板の切れ端が原初の異物とどう関わったかは明らかになる。キャランは仕事のやり方を心得てはいるが、異物に執着しすぎている。不確かな状態で余計な報告をすれば混乱を招くし軌道がずれる。この情報は慎重に取り扱うべきものなのだ」

「……はい」

 今度は少しだけ素直にうなずけた。

 最初からそう言ってくれればいいのに。

 図書室で本の続きを読みたい、と言われて、ぼくは車イスを押す。

 本を積み上げたテーブルのそばに車イスを止めると、ガラリスは図鑑をとって膝の上に広げた。アザラシと北極熊。生態系の一端と目が合った。


 青空に薄雲が散らばり広場を爽やかな風が吹き抜ける。乾いた地面にはキャランとミツルが乗ってきた車のタイヤの跡が残っていた。

 4日後に、ぼくもこの車に乗る。

 ぼくは少しだけ車に憧れている。5年前ここに来た時も乗っていたんだろうけど、残念ながら薬で眠らされて意識がなかったから何も覚えていない。

 タイヤの跡は森へと続く。

 森にはちょうど車一台程度が通れる幅の道がある。数分歩くと水の流れる音が聞こえはじめる。道は右に曲がっているが、ぼくは木々の間をくぐり抜けてまっすぐ進む。

 やがて穏やかな流れの川にたどりつく。水は澄んでいて川底が透けている。

 靴と靴下を脱ぎ川岸の大きな石の上に置く。スラックスの裾を膝まで折り、ジャケットを脱ぎシャツの袖をまくりあげ、ゆっくりと川に入る。しびれるくらい冷たい。すぐに岸にあがりたくなる。でも慣れることを知っているから我慢する。

 その時、対岸から砂利を踏むような音がした。川音に紛れてしまいそうなかすかな音だ。気づかない振りをしながら目の端で観察する。

 木々の茶色と緑の奥。

 そこには丈夫で背の高いフェンスがあり、上には鉄条網がはりめぐらされている。

 フェンスの網目は緻密だ。だから向こう側の人間の姿ははっきりとは見えない。でもぼくはその人が武装していることを知っている。

 フェンスから一定の距離内に近づくと、彼らがやってきて警戒態勢に入る。何故彼らがそんなにピンポイントでぼくを見つけられるかと言うと、ぼくの左二の腕にトラッカーが埋め込まれているからだ。

 無意識に右手がトラッカーのあるあたりに触れる。痛みも違和感もなく作動する極小のチップは、数ヶ月前、大幅なアップデートがあったとかで新型に入れ替えられたばかりだ。交換には四角い箱型の専用機があって、トラッカーが埋め込まれた場所に数分当てるだけで終わる。チクリとくすぐったさと痛みの間の感覚がはしり、少しだけ血がにじんだ。

 どうやら新型機は問題なく機能しているようだ。

 少し移動しようとしたら足が滑り体勢が崩れた。ぼくの動きにフェンスの向こうが警戒を強める気配を感じる。銃を構え直しぼくを狙う気配。

 ミツルに聞いた話では警備員が持つ銃には色々なモードがあるらしい。通常はパラライザーとして機能するが、設定次第では殺害も可能だという。

 今さら逃げ出そうとは思わないし安心してほしい。でも残念ながらぼくの想いは伝わらない。

 気を取り直して石を探すことに集中する。

 川底には様々な石が落ちている。どれも水に磨かれて滑らかだ。直径2センチ位のものが多い。この大きさなら5個もあればいいだろう。色違いで集めることにした。

 褐色、碧、灰色、白、と四つの石が集まったが、五個目が決め手に欠ける。大きな石をどかしてみると隠れていた小魚が逃げ出した後に1センチくらいの正円に近いエンジ色の石があった。これがいい。

 5個の石をハンカチで拭いてポケットにしまう。川から上がると冷え切った手足の感覚が鈍くなっていた。水を払い、ある程度自然乾燥させたらハンカチで拭いて靴下と靴を履く。

 フェンスの向こうの警備員に心の中で別れを告げて川から離れた。

 来た道を戻る。

 屋敷に着き食堂の厨房へ向かう。棚を開けて皿を選ぶ。どれにしようか迷った後、川の水をイメージして青い皿にする。ガラリスはこういう意味付けを好む。

 皿の上に色とりどりの石を円状に並べる。朝食にはオリーブオイルとブラックペッパーを使った。昼食の調味料はシンプルに塩だけにした。

 図書室にガラリスを迎えに行き食堂に連れてくる。

 石の乗った皿をテーブルに置くとほぉっとため息をついた。

「滑らかな石たちだ。色合いも美しい」

 左手でスプーンを持ち、石をすくって口に運ぶ。

「塩か。シンプルだが採りたての新鮮な石なら、一番味をひきたてる調味料だ、クオン、やはりお前はよくわかっている」

「お口に合って何よりです」

 そう答えながら、ぼくは自分が一体何をわかっているのか、まったくわかっていない。

 採りたての新鮮な石って何だろう。厨房にはガラリスのための大量の石のストックがあるが、その石と何が違うのだろうか。味だろうか、風味だろうか。

 わからないが、ぼくは時々ガラリスのリクエストに応えて、滑らかだったり四角だったりコケがついていたりする石を森や川で調達する。

「まるで川の清流が目に浮かぶようだ」

 碧の石を食べながらガラリスがうっとりと言った。


 昼食を終えたガラリスを、また図書室に連れていった後、掃除の続きと洗濯をする。

 明日もキャランたちが来るので掃除は念入りに行う。洗濯は基本的に自分の分だけだから量は多くない。

 二階のバルコニーにでて洗濯物を干し終えると5時近かった。いつもなら午前中に終わる作業だが、今日はキャランたちが来たし川にも行ったので遅くなってしまった。

 太陽が西の空に傾きつつある。

 珍しく一日が短かった。

 風が、干してあるタオルやシャツを揺らす。バルコニーの柵にもたれ目をこらす。

 屋敷周辺の森の木々は背が高い。遠くまで見渡すことはできないが、木々の上に山らしき三角の影がいくつかのぞく。

 森の向こう……フェンスの向こうにはどんな世界が広がるのだろう。きっと11歳までぼくがいた場所とは違う世界のはずだ。

 早く時間が過ぎればいい。

 待ち遠しさに心がざわつく。


 バルコニーから屋敷内に戻ると廊下の電灯がすでに点いていた。夕食は7時だから、それまでは自由時間だ。ぼくは自分の部屋で“課題”をこなすことにした。

 ベッドの横に小さな机と椅子があり、机の前の壁にはタッチパネルが1台埋め込まれている。外部ネットワークにはつながらないが、異物管理機構からの連絡事項が届くので朝と夜、最低二回は確認をするルールだ。ただし返信の要求がない限りこちらから連絡をとることはできない。

 パネルに触れると、左に≪メッセージ≫、右側に≪その他≫と書かれたアイコンが表示される。

≪メッセージ≫をタッチする。

「連絡事項はありません」と表示された。

 次に≪その他≫をタッチする。≪その他≫が上に移動して、≪課題≫と≪緊急時≫と書かれたアイコンが表示される。

≪課題≫には外の世界についての基本知識、たとえば社会情勢、歴史や科学、その他もろもろのコンテンツが納められている。異物管理機構や異物についてのデータも豊富だ。

 いくつかの課題は必須で閲覧期限が決まっていて、最後にテストがついてくる。テストに合格すると、小説や音楽や映画などの娯楽的なデータがもらえる。

≪緊急時≫のアイコンはタッチすると「緊急連絡をしますか はい いいえ」と表示される。

 一人で対処できないこと、たとえば火事とか、ぼくが病気になってガラリスの世話ができないとか、そういう時に押すように言われている。フェンスの向こうの警備員につながり彼らが必要な処置を行うらしい。この5年間一度も押したことはないけれど。

≪課題≫をタッチする。

 ぼくは≪課題≫が好きだった。本当は一日中やっていたい。でももちろん仕事があるからそうもいかない。

 ぼくは≪異物管理機構≫の課題を開く。

 五日後、この組織に正式に所属することになる。それは今までのぼくを捨て、新しく生まれ変わるということだ。新しい人生を送る場所について、もっと知っておきたい。

 とは言ってもどのコンテンツも閲覧済だ。新着もない。キャランやミツルに言わせるとぼくは、課題に熱心すぎるらしい。

 いくつかのコンテンツに指先が吸い寄せられる。開きたい誘惑にかられる。これを前回見たのはいつだっただろう、と記憶をたどる。

 ここに来たばかりの頃、ぼくは特定のコンテンツを何度も閲覧していた。

 そんなある日≪メッセージ≫にアンケートが送られてきた。内容的には雑多で、仕事のことや日々の生活について、他愛もないものばかりだったのでぼくは素直に回答を進めた。

 でも『あなたが○日間の間に最も利用した課題は○○です。有益だと思った点、もしくは改善点があれば教えてください』という質問に手が止まった。

 頬が熱くなり心臓が脈打った。自分が監視下に置かれていることは頭ではわかっていた。でも実際に突きつけられるとショックだったし自分の甘さにも腹が立った。

 何よりコンテンツを繰り返し閲覧した理由を見抜かれた気がして恥ずかしくてたまらなかった。

 それ以来、ぼくはなるべく均等に各コンテンツを見るようにしている。

 多分、前回これを見てから1ヶ月は経っているはずだ。大丈夫、前のように『見すぎて』いることはない。

≪異者について 基本編 ①≫と書かれたコンテンツに触れる。

 軽やかな音楽とともにキャランの顔が写された。今日は実物に会ったのに、パネルでも会うなんて贅沢すぎるだろうか。

『異者管理室、室長の月石キャランです』

 キャランは微笑みながら軽く会釈する。

『このコンテンツでは異者の基本的なことについてお話しします』

 柔らかで心地いい声。こうしていると二人きりで部屋にいるようなそんな錯覚を覚える。

『異者は一般的には魔女という俗称で呼ばれることの多い存在です。不思議な力を持ち、不老不死であることから、いつの間にかそう呼ばれるようになりました。

 魔女という言葉からホウキで空を飛んだり、魔法を使えるなど誤解されることもありますが、異者の持つ力はとても限定的です。異者の主な力は消去、異物の創作と鑑定です。空は飛べませんし、杖をふって魔法を使うこともできません。この詳細については、長くなるため別のコンテンツでお伝えします。ここでは、異者が万能な存在ではないことを理解してもらえれば充分です。

 そもそも異者とは何でしょうか?

 美しく繊細な容姿を持つものが多く、魔女と呼ばれるため女性と思われていますが彼らに生物学上の性別はありません。

 そもそも生物ではないのです。

 彼らは異物の一種です。

 では異物とは何でしょうか?

 異物は、異者が創作する不思議な力を持つアイテム、と世間的には認識されています。辞書にもほぼ同内容が書かれています。

 これは概ね正解です。

 おかしいと思った方も多いでしょう。異者が異物を創作するのに、異者が異物の一種だというのは矛盾しているではないかと。卵と鶏のどちらが先なのだろうと。

 異者という異物には二つの定義があります。

 一つ目は“始まりの異者”と呼ばれる存在が創作したということ。

 二つ目は“始まりの異者”が自身の一部を分け与えたということ。

 この二つの条件を満たした異物が異者と呼ばれるのです。

 “始まりの異者”については、また別のコンテンツでお伝えしますね。

 では今日はここまでです。ありがとうございました』

 キャランが優雅に一礼して画面が暗転する。

 ぼくは、ふぅっとため息をついた。内容的にはわかりきっていた。でもキャランが映っている。

 他にもキャランが担当しているコンテンツはいくつかある。でもキャランのコンテンツばかり見ていたら、またアンケートが送られてくるかもしれない。

 ぼくは誘惑を立ちきり≪歴史≫の課題を開いた。


 6時57分、1階に下りる。

 ガラリスを食堂に連れて行き食事を用意する。

 森で拾った小石を軽くガスレンジであぶって、醤油とミリンを混ぜたソースをかけてテーブルにだした。

「香ばしい」

 ガラリスは機嫌よく食べ終えると

「鑑定に取りかかる」

 と言った。


 ガラリスを彼女の部屋に移動させる。

 彼女の部屋には家具は何もない。タンスもベッドもテーブルも椅子もない。壁にはガラリス用のタッチパネルが埋め込まれていて、後はカーテンのかかっていない窓が一つあるだけだ。

 窓から差し込む月明かりの上を滑らせて車イスを運ぶ。

 鑑定の時、車イスはドアから対角線上の角の場所に置く。それから車イスのフットサポートを上げ、ひじ掛けを下げ、背もたれを倒して完全なフラットにする。ドアから近いよりは遠い方が、座っているよりは寝転んでいる方が、万が一の時、逃げ出しづらいからだ。

「仰向けになると景色が変わる」ガラリスが言った。「だがこの天井は素っ気なくて面白みがない。クオン」

「はい」

「明日の昼間、天井に何か絵でも描いてくれないか?」

「絵ですか」

「動物がいい。ペンギンを描け」

「屋敷内の改築は禁止されています」

「絵を描くのを改築とは言わないだろう」

「どうでしょうか。でも変更という点では改築に含まれるかもしれません」

「わかった、もういい」

「すみません、でもぼくは絵を描いたことがないし、うまくは描けないと思います。キャラン様に許可をいただき専門の業者に頼んだほうがいいかと」

 話ながらぼくは彼女の体を車イスにつなぎとめている拘束具に問題ないか確認する。

「お前はばかだ。何も分かっていないな。私は……」と言いかけてガラリスがだまりこんだ。

 ぼくは一礼して部屋を出る。応接室に行き金庫から異物を、棚から設置具を取り出して戻る。

 ガラリスは目を閉じていた。ぼくが戻ったことに気付いているはずだが無反応だった。目は閉じたまま身動き一つしない。異者は呼吸をしないから人間のように腹部や胸部も動かない。(ため息をついたり、はっと息をのむような仕草を見せることはあるが、それはただ人間の真似をしているに過ぎない。異者は人間の真似をすることを楽しむ傾向がある、とキャランは何かのコンテンツで説明していた)

 時が止まったような姿に、ぼくは死を想像する。

 でも、そもそも異者は生きていない。

 言葉をかけようかと思ったがやめる。鑑定前に集中しているなら煩わせてはいけない。ぼくはぼくの仕事を早く終わらせよう。

 普段している手袋の上にもう一枚手袋をはめる。

 それからガラリスの右手の拘束をはずし、彼女の手袋を抜き取る。白く美しい手が現れる。異物の創作とあらゆる物を消去する人差し指も、見た目は普通の人間のものと何も変わらない。

 ぼくは異物の箱を開け、中身の木片を“設置具”と呼ばれる黒い皿の上に乗せる。ガラリスの右手を慎重に持ち上げ、その下に設置具と木片を置く。二枚の木片の両方が彼女の人差し指に触れるように調整し、また、彼女のむき出しの右手が設置具以外に触れていないことを確認した上で、再び右手を拘束する。

 やるべきことを終えた。

「ガラリス様、鑑定の準備が整いました」

 と呼びかける。だがやはり彼女は無反応だった。どうやら機嫌を損ねたようだ。ペンギンの絵の件が原因だろう。でもぼくにはどうしようもない。

「どうかよい夢を」

 いつも通りの決まり文句を言って部屋をでようとすると

「待て」と止められた。

「はい」振り返る。

 ガラリスは目を閉じたまま

「鑑定補佐を命じる」と言った。

 予想外の事に立ちつくす。

「クオン、返事はどうした?」

「……椅子を持ってきます」

「早くしろ」

「はい」


 応接室から椅子を持ち込んだ後、ガラリスの隣に置く。

「クオンの補佐は久しぶりだな」

「はい」

「遠峯クオンの鑑定補佐を申請する」

 ガラリスの声に反応してタッチパネルが光る。

 近づくと画面には鑑定補佐の同意書が映されている。堅苦しい文章で書かれているけど内容は単純だ。

『何があっても文句を言わないことに同意するか否か』

 鑑定補佐を行うことは義務だけど断れる。ただし基本原則に則らず無闇に断ることはできない。

 ぼくは≪同意する≫に触れて、ガラリスのそばに戻り椅子に腰かける。

「最近は面白い異物が少なかった。鑑定もすぐに終わってしまうことがほとんどだった。だがこれは違う。最後にいい異物がきて良かったな」

 良かった……のだろうか。

 ガラリスはゆっくり目を開きぼくを見上げる。薄闇の中、彼女の整いすぎた白い顔がすぐそばにあった。きめの細かい陶器のような肌は、ほのかに発光しているようにさえ見えた。

「気が進まない様子だな」

「正直、自信がありません」

「名探偵の助手として堂々とふるまえ」

「ぼくはのみこまれてしまいます。前回は……」と口ごもる。

「死にかけたな」

 楽しそうにガラリスは言う。

「情けないやつめ、弱気になるな。さっさと私に触れろ」

 やるしかない。これは世話人の義務だ。それに今後、異物管理機構で感知者として働くなら鑑定補佐は仕事の一つだ。

 好き嫌いは言えない。言う権利もない。

 覚悟を決める。

 ガラリスの左腕に手を伸ばす。ひんやりとした感触が指先につたわり全身に広がる

 瞬間、ぼくは自分自身を失いガラリスと一体化する。

 そしてガラリスを介して異物とつながる。

 落ちる。

 果てしない暗闇に真っ逆さまに。

 ガラリスの高らかな笑い声が聞こえた。

 そうか。

 ガラリスはぼくを殺そうとしているのか。

 ぼくが彼女に逆らったから。

 意識が闇に溶けていく。

 ぼくは死ぬ。

 天井にペンギンの絵を描くのを断ったせいで。

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