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魔女の追憶  作者: ふらり
対の木片
2/3

2.

 応接室のローテーブルを挟み、ガラリスとキャランたちは向かい合って座る。

「月石キャラン、お前は相変わらず変態だな」

「ガラリス、あなたが私を嫌いでも私はあなたが大好きです」

「あと何枚、私の写真をとれば気が済む」

「これは資料です」

 キャランは色々と角度を変えながらデジックのカメラをガラリスに向けていた。

 ガラリスは呆れた様子で車椅子に深くもたれ、ミツルはキャランと同じ長椅子の端に浅く腰かけていた。

 ぼくは用意していた紅茶を三人に配る。

「ありがとう、喉が渇いていたんです」

 キャランは写真を撮るのをやめて紅茶を飲んだ。ミツルも口をつける。ガラリスだけが不機嫌にカップを見つめていた。

「なんだよ、クオン、ぬるいじゃないか」

「わざとだ」

 とガラリスが口を尖らせてつぶやくのと同時に

「ちょうどいいです」とキャランがほぉっとため息をついた。

「猫舌なので。これくらいの温度だと私にはちょうどいいですね」

「前に来た時にそうおっしゃっていましたので」

 ぼくはキャランが紅茶をすぐに飲まないことがずっと不思議だった。香りを楽しんでいるのかな、くらいに思っていた。

 でも前回キャランは紅茶を飲んだ時「あ」と小さな声を漏らした。紅茶がまずかったのかと心配になってどうしたのかたずねた。するとキャランは、ネコジタなんです、と少し恥ずかしそうに言った。ぼくはネコジタという言葉を初めて知った。

 ぼく自身は熱いものが平気だし、ガラリスは煮えたぎるお湯やスープも平気で口に入れる。そんな言葉が存在すること自体が想像外だった。

 キャランたちが帰った後、ガラリスと一緒に図書室に行き辞書をひいた。ガラリスにお前の知識は偏っていると笑われた。本当にそうだ。そのせいでずっとキャランは紅茶をすぐに飲めなかった。知識は大事だ。きっと猫舌という概念があれば、キャランが紅茶を飲まない理由をすぐに察することができたのに。

「ありがとう。クオンは本当に気が利きますね」

 ミツルは仕方ない、というように紅茶をぐっと飲んだ。

「まぁ、ぬるいのも悪くないよ」

「追従か。知っているか?そういうのを腰ぎんちゃくというのだ」

「はぁ?」

 また始まった。なぜか知らないがガラリスはミツルをよく挑発する。

「私は最近動物に凝っているのだが、他の表現も思い出したぞ。金魚のフンだ。お前はキャランの排泄物なのか?」

「ガラリス、やめてください」

 さすがにキャランがたしなめる。

 ミツルは怒りを鎮めるように大きく深呼吸をした。

「キャラン、こんなところに長居は無用だ。さっさと異物を置いて帰ろう」

「こんなところ?私の屋敷に対してなんて言い草だ、無礼なやつめ」

「無礼?ここはそもそもあんたの屋敷じゃないし……」

「ミツル」キャランの咎めるような声にミツルが口をつぐむ。「ここはガラリスが住む屋敷で私たちは客人ですから」

「だけどキャラン……」

「私たちの仕事にガラリスの協力は不可欠です。わかりますね?」

 ミツルはうつむき「……はいよ」と押し殺した声でつぶやいた。

「ミツル、異物を出してください」

 ミツルはスーツのポケットから手袋を出してはめた。それからショルダーバッグを開けて一辺が10センチ程度の黒い箱を取り出した。

「微妙なサイズだな」

 ガラリスの言葉に

「中を見てから判断しろっての」

 ミツルが忌々しげにつぶやく。

「キャラン、この猿は全然学んでいないか、人間の言葉を理解できないようだ」

「猿?」

「いや、猿に失礼だな、猿には100以上の手話を覚える者もいるというからお前よりよほど賢い。ところでその空っぽの頭に生えて揺れているものがさっきから何かに似ていると思っていたんだがわかったぞ、チンアナゴだ」

 くせ毛をからかわれたミツルは顔を真っ赤にして立ち上がった。まずい。ぼくは慌ててガラリスの前に行く。テーブル越しに身を乗り出したミツルと向き合う形になった。

「どけよ!」

「ミツル様、どうか座ってください」

「クオン、お前はこの魔女の味方をするのか?どう考えたってこいつが悪いだろうが」

「ガラリス様を守るのがぼくの仕事です」

「この犬やろう、どけ!私はガラリスと話してるんだよ」

「おぉ、そういえば“犬”もよく慣用句に使われる動物だな。ふむ、犬とチンアナゴの戦いか。面白い、みせてみろ」

 後ろでガラリスが無責任にけしかける。ミツルがぼくのジャケットの衿をつかむ。殴られるのを覚悟したとき、

「ミツル」

 キャランの凛とした声が室内に響いた。

「クオンから手をはなしてください」

「邪魔だからどかそうとしてるだけだ」

「はなしなさい」

 舌打ちをしてミツルぼくを突き放した。

「あなたの立っている真下には異物があります。万が一破損でもしたらどうするのですか?異物管理機構の一員としての自覚を持ちなさい」

 キャランの声は厳しかった。何か言いたげな顔をした後、ミツルはソファにどさりと座った。

 脅威は去ったようだ。ぼくは元いた場所に戻る。

「ガラリスもミツルをからかうのはやめてください」

 ガラリスは大袈裟に肩をすくめてみせた。

「ふん、さっさと箱を開けろ」

「ミツル」キャランが呼びかける。ミツルはいじけた子供のような顔でキャランを見る。

「開けてください」

 キャランの声は柔らかだった。

「……了解」

 ミツルは数秒固く目を閉じた後、集中した顔つきに変わり慎重な手つきで箱の上蓋を取り去った。ぼくの場所からは中身は見えなかったが、石鹸のような清潔な香りが箱から漂う。

「ほぉ、これはこれは」

 ガラリスはしばらく箱の中を眺めた後、にやりと不敵な笑みを浮かべて「クオン」とぼくを呼んだ。

「どんな香りがする?」

「淡い石鹸のような香りがします」

「知っている香りか?」

「はい。恐らくですが」ぼくは短いためらいの後、もう一度香りを吸い込み確かめる。「ナガレ様の創作した異物ではないかと」

 ナガレは異機構に所属する異者の一人だ。

 ミツルの眉がきゅっと寄せられる。間違っていただろうか。

 キャランが驚いたように目を見開き「正解です」と言った。

「だけど何故クオンはナガレの香りを知っているのですか?」

「異機構からサンプルが送られてきたんです」

 ぼくは異機構で行われたある実験に参加してナガレの香りを知った。説明しようとしたが

「それよりキャラン」とガラリスが不機嫌に遮った。「なぜ私がナガレの異物の鑑定なんか行わねばらないのだ?本人に聞けば早いだろう」

「この異物はナガレが異物管理機構に所属する前に創られました。そしてナガレは今眠りについたばかりなのです」

「あぁ、今は春か」

「はい。秋の目覚めを待たねばなりません」

「甘やかしすぎだ。起こせ」

「過去に無理に起こした時に、ナガレは数年間、異物を創作できなくなりました。彼女は睡眠を確保さえすれば年に2つ以上の異物を創りますから」

「金の卵を産む鶏は大事にされるということか」

 ふふっとキャランは微笑み

「ところでガラリス、あなたも前回の創作から二年が経っています。そろそろいかがですか?」

「お前は異物のことしか頭にないのか」

「ほとんど」

「クオン、やはりキャランは変態だ、気をつけろ」

 返答に困っていると

「キャラン、異物を箱の外に出していいか?」

 としびれを切らしたミツルが聞いた。

「お願いします」

 ミツルは黒い小箱にゆっくりと手を差し入れた。

 中身を取り出して蓋の上に置く。

 香りがいっそう強くなり応接室を満たす。

 はっとする。思わずぼくはガラリスを見る。ガラリスと目があうがすぐにそらされた。

 どういうことだろう。気のせいだろうか。

 蓋の上に何の変哲もない二枚の長方形の木片が並べられる。

 キャランが説明する。

「長辺が7センチ、短い辺が4センチ、厚みは0.3センチの板です。二枚とも全く同じサイズで材質は見た目通り木です」

 ガラリスは目を細めじっと見つめた後、

「二枚に違いはあるのか?」

「1ヵ所だけ。ミツル、見せてください」

 ミツルが一枚ずつ両手に持ってかざす。

 キャランがまず片方の木片を指差す。

 長辺の右側真ん中。黒丸が二つ上下に並んでいた。木の節のようだった。上の節の方が一回り大きい。

 もう一枚の板にも同じものがあった。だが位置は逆で左側だった。

「片方だけならただの木の節だが二枚ともとなると意味ありげだ。一体何が起きた?」

 キャランが小さくため息をついた。

「誘拐です」

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