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中央区

 どんよりとした雰囲気自体は西区とそう変わらなかった。


 唯一違うのは、寂れたスラム街を彷彿とさせる西区に対して、中央区の方が近代的な活発さが目立つという点だ。


 例えば、所々にスプレーで落書きされたコンクリのアパート。


 例えば、車道を突っ走る古びた自動車。


 例えば、ソーラーパネルを屋根に設置した民家の数々。


「ちゃんと電気通ってるんだ……」


「意外に思ったかい?」


 隣を歩くスカラブが突然話しかけてきた。


「い、いえそんな事は……」


「誤魔化さなくていい。西区を通った後だと余計意外に感じるはずだ」


 見透かされている。多くの人員を束ねるボスだけあって、建前や本音を見抜く眼力でも養っているのか。


「……はい。もしかして西区だけがあんな感じなんですか?」


「逆だ。中央区だけが近代的なのさ。ほんの八年前にウチがインフラを整えたからね」


「ギャング組織が?」


「『無法街むほうがい』は複数のギャング組織が各区を支配している。各々の縄張りにその組織のカラーが反映されると言ってもいい。僕の『茨の秩序ハービサイド』は近代化を目指した。いくら『無法街むほうがい』でも時代に取り残される筋合いはないだろう?」


 その時、『茨の秩序ハービサイド』の進路を塞ぐように一人の少年が前方に現れた。彼は無法語で何かを訴えていたが、すぐに母親と思しき女性が駆け寄り、路上の端へと連行していく。


 今のは何だ。随分と敵対的だったが。


 スカラブは親子から目を離し、何事もなかったかのように先を進む。


「あれを見ろ、色美しきみ


 スカラブが指差した方角には巨大なビルがあった。中央区の中でも一際綺麗な塗装で、屋上にはお椀を斜めに傾けたようなアンテナが設置されていた。日本の都会にあっても違和感のないスケールだ。


「大きいですね……。あの屋上でライブしたら気持ち良さそう」


「そうかい。しかしあれは四年前にできた基地局さ。僕達のアジトの一つにもなっている」


「え、じゃあ電話使えるんですか!?」


「中央区限定だがね。もう少し離れた先には交換局もあるよ」


 ポニテ眼鏡の遠藤が急いでスマホを取り出した。


「ほ、ホントだ! ネットも使えますよ!」


 ハンディカメラを下に向けたままスマホを見せてくる。読み込みはちと遅いが、確かにオンラインに繋がっている。

 心の片隅にあった閉塞感が少しずつ解けていくのがわかる。他のスタッフも同様だろう。表情に微かな安堵の色が伺えた。


「あの、あれもスカラブさん達が建てたんですか?」


「死んだ父が建てたんだ。あの人は窮屈な『無法街むほうがい』が嫌いだったのでね。外部との交流を重視し、電波の普及を目指していたんだ」


「外部との交流……。じゃあ今回スカラブさんが協力を引き受けてくれたのは、お父さんの意思を継ぐために?」


「まあそう思ってもらって構わない。電波は便利だ。できれば『無法街むほうがい』中に広めたいと思っている」


 外の世界と繋がり、狭苦しい『無法街むほうがい』を変える。ギャングにしては立派な目標だ。きっとここに至るまでに、色んな外部との交流があったのだろう。地道な積み重ねがインフラを発展させ、基地局を構えるに達したのだ。


「いいですね。きっと快適になりますよ」


「ああ。だがそう簡単には行かん。『無法街むほうがい』に電波を広めるという事は、各区のギャング組織と対立する事を意味する。まあ望むところだがね」


 スカラブが浮かべた暗い笑みを色美しきみは見逃さなかった。目的を果たすためなら血みどろの抗争もお構いなし。そんな邪悪な側面が口元に表れていた。


 他の『茨の秩序ハービサイド』のメンバーも同じ考えであろう事が雰囲気から察せられる。


「……我々『茨の秩序ハービサイド』は、秩序を重んじている」


「秩序?」


「外との交流を深めるのだから、内の見栄えは良くしておきたい訳さ。だから他の区と違って多くのルールを設けた。それに同意する者もいれば、さっきの坊やのように逆らう者もいるがね」


 あの少年が『茨の秩序ハービサイド』に嚙みついていたのは、そういう事だったのか。


「それ、逆らい続けたらどうなるんです?」


「聞かない方がいい、とだけ答えておこう」


無法街むほうがい』の近代化。もしもそれが住人達の声を無視して強行されたものなら、果たしてこの中央区は本当の意味で快適と呼べるのだろうか。


 一度意識すれば、周りの表情が気になってくる。


 しかめ面でギャング達を睨むスキンヘッドの大男。剣呑な瞳で色美達から離れていく青年。

無法街むほうがい』でよく見かける悪人面は、街特有の雰囲気に当てられて変じたものと決めつけていたが、それだけではないとしたら。

 もっと単純に『茨の秩序ハービサイド』のやり方に不満を抱えているだけだとしたら。


 こんな街でアイドルをする意味とは一体。


「あの、色美しきみさん」


 思考の沼に浸かっていた色美しきみを、遠藤の声が引っ張り上げた。


「ちょうど辺りに人もいますので、今からスカウト始めてもらってもいいですか?」


「え、まだ他の班と合流してないけどいいの?」


「はい。編集で繋げれば映像の順番はどうにでもなるので……。それに、できるだけ早く帰りたいですし……」


「なるほど……」


 色美しきみは軽く冒頭の挨拶の練習をし、スタッフの指示で背景映えする位置に移動する。


 スカラブは事情を察したのか、撮影の邪魔にならないよう集団と共に少し距離を置き、通訳の下っ端を色美しきみ達の近くに向かわせた。


 カンペを持ったスタッフと目配せし、遠藤の持つハンディカメラに焦点を合わせる。


 暗い気持ちになりかけたが、色美しきみの仕事は始まったばかりだ。


「撮影五秒前~~!」


 カウントダウン。そして撮影が始まる。


「みなさーん、はろはろー! 『はろー』こと羽路はろ色美しきみでーす! いえいえー!」


 明るい空気にスタッフ達が満足げに頷く。


 逆に『茨の秩序ハービサイド』の面々はアイドルのノリに不慣れなためか、半笑いで現場を眺めていた。


「今回私がやって来たのは……こちら! バーン! 法律のない街『無法街むほうがい』でーーす!」


 手を広げて街並みを紹介した瞬間、どこからともなく激しい奇声が響き渡った。


 音の出処は色美の後方。建ち並ぶ家々の隙間から、いきなり千鳥足の女が現れたのだ。女は向かいのコンクリの壁に激突し、何度も頭をぶつけ始める。


「あ、えっと……」


 カンペには『続けて』と一言。


 ゴクリと唾を飲み込んでロケを続行する。企画の概要と『無法街むほうがい』の情報を説明していくが、奇声があまりに大きすぎるので集中できない。


 次のカンペがめくられる。


『あの女性をスカウトして』


 マジかよ。


 投げ出したい気持ちをグッと堪え、通訳のギャングを連れ女に話しかける。


「あ、あのー。すみません……」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


「お時間宜しいですか?」


「燃えろ……っ」


「え?」


「ここにいる全員燃えろッ! 燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 一瞬通訳が誤訳したのかと疑ったが、本当にそう叫んでいるらしい。


「何があったんですか?」


「家が燃えたんだよっ、私の家がっ!」


「そ、それホント? じゃあ早く消火しないとっ」


「3ヶ月前の話だよ! そっからずっと町中彷徨ってるんだ!」


「そ、それは大変ですね……」


「燃えたっ、全部燃えたっ! 水飲まなきゃっ!」


 女はキョロキョロ見回すと、水筒を持ち歩く一人のおっさんに飛び掛かった。


 そのまま相手の顔面を殴りつけ、水筒を奪って喉を潤していく。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 奇声を上げながら水筒を放り投げ、馬乗りの状態でおっさんをボコボコにしてしまう。


 悪人度で言ったらどれくらいだろう。おっさんの方は気の毒だが、ドーム実現のためにもできるだけぶっ飛んだ悪党を加入させたい。


「あの、すみません。突然ですけど、アイドルに興味ありませんか?」


 女は色美しきみを無視しておっさんに頭突きを見舞う。ふと相手が動かなくなったタイミングで女の顔が上がる。遠藤のハンディカメラに視線が向かう。


「……それ水か?」


 ビクッと肩を跳ねさせた遠藤の代わりに色美しきみが答える。


「い、いえ……これはカメラなので違いますね。それよりもアイドルを……」


 言葉は最後まで続かなかった。女は遠藤のハンディカメラを奪い、自分の口内に丸ごと突っ込んだ。流石に他のスタッフ達が引き剥がしにかかり、ちょっとした掴み合いになる。


「全員燃えろっ! 私みたいに燃やされろおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 ハンディカメラを取り返し、急いで女のもとから離れる。


「う、嘘でしょ……。あんな奴をスカウトしろって? まずまともに話す事が困難だし」


「う、うう……私のカメラがベトベトに……」


 落ち込む遠藤の頭を撫でる。先ほどボコボコにされたおっさんも無言で近づいてきたので男スタッフに撫でさせた。


 ここで怖気づく訳にはいかない。まずは最低限会話が成立する相手を見つけよう。


 未だに奇声が響き渡る方向とは反対を探索し、今度は路上の隅にいた別の女に狙いをつける。壁に背中を預けて腰を下ろし、両腕と下半身を地面に投げ出していた。


「すみません。少しお時間宜しいですか?」


 女はだらしなく開けた口から涎を垂らし、焦点の合わない瞳を虚空に向けている。


「私、日本から来た羽路はろ色美しきみと言います。突然ですが、アイドルになってみる気はありませんか?」


 無反応。身じろぎ一つしない。


 スタッフらに視線で助けを求めると、新たなカンペが追加される。


『まずアイドルの説明』


 それ以前の問題だろうが。


 喉まで出かかった文句を飲み込み、笑顔で女に語りかける。


「あ、すみません。そもそもアイドルというものはご存じでしょうか?」


「……」


「アイドルというのはですね、歌って踊ってみんなを笑顔にさせるスターみたいなものなんです。ロックスターとかハリウッドスターとか、そのたぐいは知ってますよね? ていうか映画とか音楽って流石にこの街にもあります……よね?」


「……」


 ダメだ。唯一動きを見せるのが唇から垂れる唾液しかない。


 諦めて去ろうとすると、ようやっと女が掠れた声を出した。


「やく、そう……」


「え?」


「薬草……」


「薬草って……え、どこか悪いんですか? 病気だから動けないとか?」


「薬草……」


「……」


 女は壊れた機械みたいに同じ単語を繰り返すだけだった。


 何となくこれ以上踏み込んではいけない気がした。少なくともこんな調子ではアイドルになれないだろう。


 それからも色んな人に声をかけた。 

 全身にタトゥーを入れすぎて何の模様かわからなくなった真っ黒な女や、ビニール袋を白い子猫と思い込んで可愛がっている女。過去に自分を騙した相手をナイフ片手に捜索している最中の少女。

 一番ヤバかったのは、動物を見つけ次第殺してはその臓器を瓶に詰めていく少女だった。


 どの人も顔だけはそこそこ良いのだが、それ以外が致命的に破綻している。アイドルどころの話じゃない。


 色美しきみの中に焦りが生じる。このままでドームの条件をクリアできるのか。


色美しきみさん、一度休憩入りまーす!」


「あ、はい」


 スタッフの指示に従い、『茨の秩序ハービサイド』の集まる路上の片隅に移動しようとする。


 そんな折、五十メートルほど離れた視界の先に妙な異物があった。『茨の秩序ハービサイド』の何人かが駄弁っている足元に、どこからか小さな物体が転がってきたのだ。


 正体を確かめようと思う暇すらなかった。


 ドカンッッッ、と。ギャング達を巻き込んでいきなり地面が吹き飛んだのだ。瞬時に広がる灰煙を見るまでもなく色美しきみは悟る。


「爆弾……ッ!?」


 遅れて響く人々の悲鳴。別の場所に待機していたスカラブが即座に駆け込んできた。


「下がれ色美しきみ! 敵襲だ!」


 スカラブに手を引っ張られ、現場を離れる。スタッフ達も他のギャングに連れられ散り散りに逃走していた。


「車に乗り込め! 早く!」


 スカラブに急かされ、『茨の秩序ハービサイド』の用意した黒塗りの自動車を目指す。


 だが先回りでもするように自動車が内側から爆発した。


 吹き荒れる爆風に押され、硬い地面を横転する。直接焼かれたのかと錯覚するほど皮膚が熱い。


「クソッ! 襲撃者はどこだ!?」


 ギャング達の怒号が街中に響く。近くにいた住人達はとっくに逃げている者もいれば、遮蔽物の影から楽しそうに眺めている者もいる。


 うつ伏せから何とか起き上がろうと四つん這いになり、地面に写る自分の影が目に入った。


 影の隣に、もう一つ人型のシルエットが現れる。


 咄嗟に振り返った。頭上を見る。ボロボロになった民家の屋根に、一人の少女が立っていた。


 腰まで伸びる長い赤髪に、上下を黒で揃えた軍服風の着衣。天からの日差しを遮る少女の両手には厳めしいサブマシンガンが二丁あった。


 周りのギャング達もその存在に気づいたのか、動揺の声が走る。


「で、出やがった……」


 ギャングの声は震えていた。


狂殺きょうさつのヒガン! 殺し屋集団『迷子の花達ロストブーケ』のリーダーだッ!」

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