アイドル修行その1――挨拶
冷たいコンクリの地下牢に別れを告げ、色美達は階段を通って地上に出た。
部屋の中央の円卓には相変わらず拳銃の部品などが置かれてあったが、自然を思わせる木造の香りが厳めしい空気感を和らげてくれた。
殺し屋集団のアジトでホッとする瞬間が来るとは思いもしなかったが。
スタッフ達の行方や『茨の秩序』のスカラブ達との協力関係など、気になる点は残っているが、とりあえず今やれるべき事をやっておこう。
少なくとも行方知れずのスタッフ達に関しては、リリーを始めとした何人かの使い走りが捜索してくれるようなので報告待ちだ。
まずは常識知らずの悪人達にアイドルの基礎を叩きこまなければならない。
「よし、手始めにアイドルとは何かを教えていくからね」
色美は鬼教官モードで腕を組む。
部屋の中央にヒガン達を並ばせる。全身を締め付けていた鎖から解放された囚人組の三人は、思い思いに背筋を伸ばしていた。
ヒガンが手を上げた。
「どうぞヒガンちゃん」
「このふざけた格好は何なんだ……」
ワナワナと肩を震わせるヒガンは、さっきまでの軍服風の衣服に身を包んでいなかった。
着ているのは黒衣のドレス。軍服を連想させる生地や装飾はそのままに、下半身は黒の膝丈スカート。
随所に花の紋様を模した透明なレースがあしらわれ、鎖骨や二の腕辺りは艶やかな肌色が透けて見えている。
「何って、別の部屋のクローゼットに入ってたんだけど。可愛すぎて没になった戦闘服なんでしょ? ちょうど人数分あるしみんなで着てみようかなって。どう? 私似合ってる?」
「そっちじゃない。何なんだこの髪は!?」
怒声を放つヒガンは、自身の頭部から二手に分かれた赤い髪房を乱暴に掴んで揺らす。
「いいじゃんツインテール。可愛いよ」
「こいつらの髪型はそのままだろう。何故私だけなんだ」
「アンタが常にゴミを見るような目をしてるからじゃないかしら。ツインテールのあどけなさで殺戮顔を緩和しないと」
片頬にガーゼを貼ったラギリに指摘され、ヒガンは自身の顎を砕きかねない剣幕で歯を食い縛る。
眼力だけで人を殺せそうな気迫を出すヒガンだが、一度頬が紅潮すれば古き良きツンデレ風味に化けるのだからツインテールの可能性は凄まじい。
「ツインテールには慣れてもらうとして、まず挨拶から始めよっか」
「挨拶、ですか……?」
「そう。歌やダンスも大事だけど、まずアイドルは挨拶がホントに大事。と言っても笑顔で『おはよう』とか、そんな話をしているんじゃないよ。自分のキャラを印象付ける自己紹介が大切なの」
素直に首を傾げるフィラム。
黙って聞き入るヒガン。
退屈そうに欠伸をするラギリ。
何もない景色に微笑みかけるロメリア。
不揃いな反応だが、全員要領を得ていないのはわかった。
「れ、例を見せてあげるね……」
色美はコホンと咳払いし、息を吸い込む。満面のアイドルスマイルで両手を振った。
「『無法街』のみんなー、はろはろー!『迷子の花達』のセンター、羽路色美でーす。私の事は『はろー』って呼んでね~~!」
「覇王か。随分大きく出たな」
「だから『はろー』ね」
ヒガンからとんでもなくダークな空耳をされてしまったので思わず中断したが、気を取り直して快活な自分を演じ直す。
「法律のない街は刺激的な事ばっかりで、特にメンバーのみんなには振り回される時もたくさんあるけど、それでも! 応援してくれるみんなのために、精一杯頑張りますっ! トップアイドル目指して駆け抜けるぞー! お~~!」
大きく右手を掲げ、キュートに片膝を折り曲げてウィンクする。クソゴミみたいな環境でもアイドルのコンディションはバッチリだ。
「どう? わかった?」
我ながら完璧すぎる見本だと胸を張る色美だが、対照的に四人とも微妙なリアクションだった。
「キミ、薬草でも摂取したのかい?」
「ラりってる人間と同じって言いたいの!?」
「気を悪くしたなら申し訳ない。それくらい幸せそうな表情をしていたって意味だよ。路上で横たわる薬草常用者と同じさ」
「つまりアホ面って事ね」
「す、好き放題言いやがって……ッ」
チームメイトでなければロメリアとラギリに鉄拳を叩きこんでいるところだが、事アイドルにおいて色美は先輩だ。時に後輩の粗相には目を瞑ってやるべきだろう。
「とにかくこういう挨拶が大事なの。本当は自分のキャラ作りから始めていくんだけど、あなた達は個性が尖ってるから必要ないかもね」
「素の自分でいいという事か?」
「うーん。そういう訳でもないけど、最初はそれでいいと思う。やっていく内に慣れていくだろうし。何ならヒガンちゃん、試しに今やってみてよ」
「いきなりだな」
「こういう時、咄嗟に出てきた言葉がその人の個性を表すキーワードだったりするからね」
「……よくわからんが、自己紹介すればいいんだな?」
ヒガンは咳払いを挟むと、神妙な面持ちに切り替わる。
「私はヒガン。人を殺すのが生き甲斐だ。ここ十年は妹の復讐に燃えている。アイドル始めたのでよろしく頼む」
「ごめん。素のままじゃダメだわ。アイドルだからもっと清楚な感じ出してもらっていい?」
「清楚とは何だ」
「何というか、こう……清潔な感じというか……」
「私はヒガン。死体を処理する時はきちんと手袋をはめている。よろしく頼む」
「よろしく頼まれねえよ。そういう意味じゃないの! 清楚っていうのはこう……フィラムちゃんみたいな雰囲気!」
色美から例に出され、フィラムはキョトンと首を傾げる。長い金髪が静かに揺れる。
「フィラムちゃん、一回アイドル風の挨拶してもらってもいい?」
「えっ。えっと……? はい」
一瞬たじろいだフィラムだが、顎先に人差し指を当て瞼を閉じる。台詞を考えているのだろう。およそ二十秒後、小さく頷いたフィラムが唇を開く。
「みなさん、こんにちは……。『迷子の花達』のフィラムです……。一応、情報屋って呼ばれてます……。わたしはお話を聞いたり話したりするのが大好きなので、世界中の人達と、色んなお話ができるアイドルになりたいなって思ってます……。アイドルのことはまだよくわからないけど、精一杯がんばるので、みなさんのお話をたくさん聞かせてください……よろしくお願いします……」
「完璧!」
思わず大きな拍手をして一人舞い上がる。
「これこれこれこれこれこれこれこれ! これだよアイドルって! 初めてにしては上出来! めっちゃいい!」
「でも、みなさんに一つ注意してほしいことがあって……」
「ああ、まだ続くんだ。どうぞ」
「わたし、嘘つきは一番の悪だと思うんです……。例えばここにいるラギリさん……」
フィラムは隣に並んでいたラギリの手を握った。嘘つきが怪訝な顔になる。
「この人は、平気で嘘をつく最低な人なんです……。私はそんな嘘つきの家を燃やすのが正義だと信じています……」
「フィラムちゃん?」
「嘘つきの生きた証は、この世界から消さなきゃいけません……」
「フィラムちゃん、何でライター取り出したの?」
「だからわたしは……っ、悲しいけど、こうしなきゃいけないんです……っ」
拳銃型のライターだった。トリガーが引かれ、小気味よい着火音が鳴る。
ラギリの手を握ったまま、彼女のスカートに躊躇なく火をつけた。
「フィラムちゃん!?」
「ちょっ、何やってんのよアンタ!?」
フィラムの手とライターを振り払い、ラギリは慌てて台所へ駆けようとする。
だが背後からフィラムに押し倒され、うつ伏せになった拍子にスカートの炎が木製の床へと燃え移った。
「ごめんなさい……。本当は、直接床を燃やして、隠れ家を火の海にしたかったんですけど……踏まれて消されちゃったら意味がないので、ドレスに火をつけさせてもらいました……」
「ワケわかんない謝罪してんじゃないわよ、どけッ! ……っちょ、熱ッ!? 誰か水!」
「大丈夫です、ラギリさん……。仲間のよしみで、ラギリさんが燃え尽きるまでこの手は放しません……。一人にしませんからね……?」
「アンタと無理心中とか絶対ごめんだから! 一人で死ねッ!」
床をジタバタ転がり回る二人と、徐々に被害範囲を広げていく炎を目に、ヒガンは落ち着き払った声で呟いた。
「なるほど。これが清楚か」
「な訳ないでしょ! ロメリアちゃん、火で薬草炙ってないで水運ぶの手伝って!」




