夜明けの暴動
「……今のは? アタシも寝ぼけてるってワケかい?」
尋ねてきたキツネに、デイモンはがばっと起き上がり、窓のそばに張り付きながら答えた。
「私も一緒に寝ぼけているのでなければ、今の音は私にも聞こえた」
「だよね? こっちじゃ、朝一番に鳴くのはニワトリじゃないのかい?」
「こっちでも普通はそうだ。つまり今、普通じゃない事態が起こっている。……!」
再び破裂音が響く。デイモンはそっと窓を開け、外の様子を確かめた。
「この辺りじゃなさそうだ。もっと遠く……港の方か?」
「行ってみるかい?」
尋ねられ、デイモンは思案を巡らせる。
(行くべきか? 何のために? 野次馬……いや、何らかの危険が迫っているのならば、立ち向かうのが合衆国国民だろう。しかし何も分からないうちから無闇に動き回るのは……とは言え、探らなければそれこそ何も分からない、か)
「行くんだね?」
デイモンの判断を読み取ったらしく、キツネはうなずいた。
「アタシも行くよ」
「何故だ?」
「この町にゃアタシと同じニッポン人がいっぱいいるんだ。町が危険だとなれば、みんなだって危ない。そんなら助太刀するのがスジってもんだろ」
「しかし丸腰では……」
「へっへ、心配ご無用ってやつさ」
キツネは袖口に手を突っ込み、S&Wモデル3を取り出した。
「こっちも英国式を学んでる」
「……無茶はするなよ」
デイモンたちがいた宿には影響がなかったが、港の方へ進んでいくうち、その悲惨な状況が明らかになっていった。
「なんだいこりゃ……!? まるで打ち壊しじゃないか」
「うち……いや、まあ、言わんとすることは分かる。暴動だな」
昨日の昼、デイモンとキツネが再会した店は、今はごうごうと真っ赤な火を噴き上げており、中で暮らしていたであろうあの店主も、とても無事であるとは思えなかった。と、パン、とまた破裂音が轟く。
「うわっ……!? 誰か撃ってきたのかい!?」
「……いや、……向かいの、あの店だな」
デイモンが指差した先で、元はガンスミスだったと思われる家屋が同様に燃え上がっていた。
「おそらく中にあった拳銃が、熱で暴発するか何かしたらしい。火を付けた連中は、どうやらまったく銃を扱った経験がないと見える」
「どうしてさ?」
「今みたいに銃が暴発して、とんでもない方向に銃弾が飛ぶ危険がある。火薬の貯蔵量によっては大爆発を起こす危険だってある。となれば火を付けた連中も無事じゃいられないだろう。そうした危険性と、何より銃の有用性を十分に理解しているなら、中の物に手を付けずに火を点けるわけがない。つまり……」
「コレやった犯人は火薬のかの字も分かってないボンクラ、か。……だけど、そんなヤツがこの西海岸にいるもんかね? アメリカ人なら誰だって銃は持ってるもんだろ?」
「ああ。よほどの博愛主義者でない限りはな。……だから論理的に、犯人がアメリカ人の可能性は低いと、私はそう考えている。君もそう思っているんじゃないのか?」
デイモンの言葉に、キツネは元々から切れ長の目を釣り上がらせかけたが、すぐに「だろうね」とうなずいた。
「だけどおかしいじゃないか。なんであいつらが、こんな大それたコトをする? 昨日やっと着いたばかりの港町じゃないか。襲う理由がないよ」
「君には思い当たる節はないのか? 同胞と言っていただろう?」
「同胞って言っても、厳密に言や同じ船に乗り合わせたってだけさ。名前も聞いてないヤツも結構いる。……だから正直、こそっとこんなことを企てても気付けないし、加担もしてない。知ってたら止めてるよ」
「そう言う性格だろうな、君は。だから信じる」
そう返したデイモンに、キツネはニヤッと笑いかけた。
「昨日会ったばかりのアタシをかい? ありがとさん」
「礼はいい。と言うか――内容的にはどうあれ――あんたと私は一晩一緒にいたんだ。あんたが何かしでかすのは、物理的に無理だからな」
「アンタはつくづく論理的だねぇ。……ちょいと」
と、キツネがデイモンの袖を引き、物陰に隠れるよう促した。