お堅い牧師さん
キツネに言われるがまま身なりを整え直している間に、外はすっかり真っ暗になっていた。
「どうする? アタシとしちゃまだ頭が重たいもんで、このまま二度寝しちまいたい気分なんだけども」
「ねっ、眠るにしてもだ、一つのベッドに未婚の二人では大変まずいだろう。別の部屋を取りたまえ」
「この部屋取ったのはアタシだよ。一緒が嫌だってんなら、アンタが出てくのがスジってもんじゃないのかい?」
「うぬぬ」
あっさり言い負かされ、デイモンは部屋を出ようとする。が、キツネが「ちなみにね」とたたみかける。
「この宿、他は満室だってさ。ココ以外にもう2部屋あったみたいだけど、アタシが取ろうとした時にゃもう、ココしか空いてないって言われたよ。外出て探してみるかい? 行き来の多い町だしもう宵の口だから、空いてる宿なんかもうどこにもないと思うがね」
「……野宿って手もあるさ」
「強がるねぇ。だけどあったかい西海岸とは言え、せっかく取れた宿を放り出して町の外で焚き火にかじりついて一晩過ごすってのは、肉体的にも精神的にもなかなか辛いと思うがねぇ? それともこっちのお坊さんも荒行すんのかい?」
「……」
ドアの前まで進めていた足をぐるりと戻し、デイモンはベッド――ではなく、横にあった椅子に座り込んだ。
「一緒には寝ない。絶対にだ。私はここで寝る」
「はーいはい、お好きにどうぞ。そんじゃおやすみ、デイモン」
「おやすみ、キツネ」
場が一瞬静まり返るが、キツネがすぐに口を開く。
「横になりたかったらなっていいよ。半分開けとくから」
「ならん。真ん中で寝てていい」
「強情っぱりだねぇ」
ふたたび静寂が訪れようとしたが、今度はデイモンがその静寂を破る。
「そう言えば昼に尋ねようとしていたが」
「ん?」
「あんたのその英語は、イングランド人から教わったと言っていたな? 渡英したのか?」
「ああ。2年ほどね」
「その割にはかなり……なんと言うか……英国式の肩肘張った感じがないように思えるが」
「ちょいと北の方まで何度か行ったからかもね。おかげでジェーン・ブルにゃなれなかったが、気の合う友達はいっぱいできたよ」
「率直に言って、生粋のイングランド人よりはあんたの方が気楽に話ができる。あんたの、元々の性格もあるのかも知れないが」
「そりゃどうも。アタシもアンタとは、仲良くなれそうな気がするよ」
そのまま会話が途切れ、二人はそのまま眠りについた。
もう一度入った夢の中で、デイモンは「師」に会っていた。
「友よ、同志よ。君はまだ悩んでいるように見える」
「……」
焚き火を囲んで反対側に座る「師」が、穏やかな口調でデイモンに話しかける。
「宿命を、天命を悟り、それに則って旅を続けて、それでもなお、君は悩んでいるようだ」
「……」
「何を悩む? 旅路が永遠に続くことか? それとも運命から逃れられぬことか?」
「……」
デイモンは沈黙を貫く。
「君と会った時にも私は言った。己の使命を悟れ。しかし縛られるなと」
「……」
「君は縛られている。10年、旅を続けているのはそのためだ。続けたくないのならば、縛られるな」
淡々と諭し終えて、「師」はその場から、何枚かの羽根を残してふっと消える。一人残ったデイモンは、忌々しげにつぶやいた。
「俺を縛ったのはあんただろう。あんたの言葉のせいで、俺はまだ、何をしたらいいのか分からないんだ」
「何したらだって? とりあえずもうちょっとしたらさっさと起きて、1階で朝メシ食うこったね」
「……!」
もう一度目を覚ました時には、デイモンは――あれだけ強情を張っていたにもかかわらず――ベッドの上にいた。
「おはよう、デイモン」
「おっ、おはよう。……い、いや、キツネ。何故私をベッドに運んだ?」
「アンタが自分から寝転んだんじゃないか。さては寝ぼけてたね?」
「ほ、本当に?」
「やっぱり半分開けといて正解だったみたいだねぇ、へっへへへ」
そう言ってキツネはまだ横になったままのデイモンの顔を見下ろし、ニヤニヤと笑っていたが――遠くから響いてくるパン、パンと言う破裂音に、血相を変えた。