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日米葬儀観

「……キツネ。何かあったのか?」

 一目見て、キツネが何らかのトラブルを起こしていることは明らかだったが、そのキツネに名前を呼ばれてしまい、その上、店主からも「なんとかしてくれよ」と訴えかけるような目を向けられてしまったため、デイモンは仕方なくキツネに声をかける。途端にキツネは、あのけたたましい声で状況を説明してくれた。

「ちょいと聞いとくれよ、デイモン。今ね、店主さんに薪と油を頼んでんだけどさ、売れないって言うのさ。こっちはちゃんとカネ出すって言ってんだよ? こっちがニッポン人だからって、差別するなんてひどいじゃないか!」

「ふむ」

 我慢強く聞き終え、デイモンは店主に尋ねる。

「何故売らないんだ?」

「いやいや牧師さん、だって何に使うんだって聞いたらこの女、『人を焼くから』って言うんだぞ!? いくらカネ払うって言われたって、人殺しになんか協力できねえよ!」

「だーかーらー、もう死んでるんだって! ちゃんと弔ってやらなきゃかわいそうだろ!? ソレともアメリカじゃ死んだ人間なんてそこいらで野ざらしにしとけってのかい!?」

「……二人とも落ち着いてくれ」

 デイモンは二人をなだめつつ、キツネに質問を重ねる。

「どうして死体を焼くんだ? いや、咎めるつもりはない。そもそもこの国では、亡くなった人間は土の中に埋葬するのが通例で、これは宗教上の理由だ。だから焼くと言われて面食らった。しかし君たちが死体を焼こうとしているのも、宗教上の理由からだろうか?」

「そうだよ。ニッポンじゃ『荼毘(だび)に付す』っつって、弔いの一環なんだよ」

「なるほど」

 デイモンは彼女の言い分を聞き、思案する。

(彼女の態度や経緯からして、この説明は嘘や方便ではないだろう。とは言え理解しがたい部分のある話だが……しかし異教の習慣だからと言って頭から拒否・拒絶するのでは、12世紀のカトリック教徒と一緒だ。私はもっと文明的な時代の牧師であるし、もう少し寛容であってもいいだろう)

「デイモン?」

 顔を覗き込んできたキツネに、デイモンはチラ、と目線を合わせ、小さくうなずいて返した。

「君の主張は概ね理解した。君たちなりの弔いの行為を否定する判断材料と権利は私にはないし、店主にも恐らくはあるまい」

「えっ!?」

 目を丸くする店主に、デイモンはわざと小難しく説明してやった。

「アメリカ人としては不満な点もあるだろうが、相手はニッポン人だ。君が彼らの生活習慣を熟知していて、彼女の主張を退けるに足る宗教上の知見を有しているのなら、存分に主張したまえ。私はそれについても吟味し、改めて裁定を下そう」

「ちけ……ちけん? あー……えっと」

 一転、店主は面倒臭そうな表情を浮かべる。それを確認して、デイモンはこう続けた。

「私の、いや、いち牧師としての意見としては、『特に問題ないだろう』と言うことだ。後は君が売るか売らないかの話だ。売ってくれるかね?」

「……牧師さんがオーケーだってんなら、俺からは何にも言うことはない」

 その後は素直に話が進み、キツネは薪と油を買うことができた。


 どうにか買い物を終え、二人は大量の薪と油を抱えて往来に出た。

「いやー悪いね、荷物運びまでやらせちまって」

「常識的に考えれば、君にこの量の薪を運ぶのは無理だろうからな」

 往来をまっすぐ進み、町の外へ出たところで、ニッポン人らがたむろしているのを確認する。

「……」

 と、彼らはデイモンの姿を見て、じろりと敵対心に満ちた目を一斉に向ける。

「***」

 デイモンの前にキツネが立ち、彼らに一言声をかけたところで、彼らは目線を切ったものの――。

「歓迎されていないようだ」

「悪いね。金髪で目が黒くない人間をコレまでとんと見たコトがないヤツらばっかなもんで、気味悪がってるのさ」

「君はそうじゃないと言うような口ぶりだし、実際、初対面でいきなりグイグイけしかけてきた。英語もかなり流暢だし、以前にアメリカ人から教わった経験が?」

「どっちかって言やイングランド人からだね。ちょいと縁があったもんでさ」

「それじゃ正真正銘のキングス・(標準語的)イングリッシュ(英語話者)か。……詳しく聞きたいところだが、今はそんな空気じゃなさそうだ」

 キツネを除くニッポン人たちは誰一人として顔を合わそうとせず、ひたすら背を向けている。

「私はここで失礼するとする。もう会うことは……」「ちょっとちょっと、お待ちよデイモン」

 別れの言葉を口にしようとしたデイモンの手を、キツネがぐいっと引っ張る。

「アンタに二度も三度も助けてもらったってのにお礼も何もなしでハイさよならってんじゃ、あんまりにも不調法じゃないか。一杯おごらせてもらうくらいはさせてくんなよ。おっと、お坊さんだから酒はご法度だったか?」

「ニッポンの宗教の戒律がどうなっているかは知らないが、少なくとも私は普通に飲む。……礼を言われるほどのことをしたとは思っていないが、酒をおごると言われてわざわざ断る理由はない」

「おやぁ……? アンタ案外イケるクチなんだね?」

 デイモンの反応に、キツネは口をニヤッと歪ませ、嬉しそうに笑った。

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