牧師の仕事
キツネがニッポンから持って来た通貨は、カネとしての価値はアメリカの地で問うことはできなかったが、「金属」としてなら取り扱ってもらうことができた。
「全部で32ドル44セント、……ってのはどれくらいなんだい?」
「宿代で言えば……一人一泊1ドル、32人分と言うところだ」
「ソイツは良かった。ギリギリ全員分にゃなる」
「だが宿の側が受け入れてくれるかどうか。東洋人を嫌う人間も少なくない」
「ソコは神頼みってヤツだねぇ」
だがキツネが頼ったニッポンの神々がアメリカで力を奮うには、少しばかり距離が遠かったらしく――。
「なに!? 死んだって!?」
先程キツネが案じていた娘は、既に息を引き取ってしまっていたのだ。
「そんな……」
一転、意気消沈した様子のキツネが他のニッポン人と話しているのをぼんやり眺めつつ、デイモンは牧師の仕事、即ち祈りと埋葬を申し出ようかと考えたが、かぶりを振ってあきらめた。
(異邦人で異教徒だ。私の出る幕ではない)
そしてやはり、彼女たちには彼女たちなりの流儀があるらしく、亡くなった娘を担いでどこかへ行ってしまった。一人その場に残されたデイモンはそのまま港の先に広がる、太平洋の穏やかな海を眺めていた。
(ニッポンからはるばる、この海を越えて……か)
30年以上前、まだ物心付く前にしか渡航経験のないデイモンには、海がどれほど危険なものなのか、まったく想像も付かなかったが――港にいた者たちのどよめきと呆れ声を聞き、少なくとも一人の人間が立ち向かえるような相手ではないことを悟った。
「あーあ……あの東洋人たちの船、沈んじまったぜ」
「あの船ってあれだろ、ジャンク船ってやつだろ?」
「おいおい、いくらなんでもそんな骨董品なわけないっての。阿片戦争の頃の船じゃねえか」
「あいつらが乗ってたのは確か……センゴクブネ? とか何とか」
「どっちにしろ最新の船じゃない。ボイラーもパドルも付いてない骨董品だ」
「そんなガラクタで海を渡ろうなんてよっぽどバカなのか、よっぽど追い詰められてたのか」
「どっちもだろうぜ」
「違いねえや、ひひひ……」
彼らの言う通り、キツネたちが乗ってきた船はもう影も形もなく、海の底に沈んでしまったらしかった。
ちなみに西部開拓時代における「旅の牧師」と言う職業には、2つの稼ぎ口がある。1つは垢の付いた聖書を片手に中の物語を読み聞かせ、開拓民の退屈を紛らわせること。そしてもう1つは牧師のいない町で出た死者を弔い、その遺品を葬儀屋と山分けすることである。
デイモンは後者の稼ぎ口としてキツネたちに狙いを付けたものの、前述の状況から、それは困難であることが早々に判明した。そこでもう一つの稼ぎに精を出そうとしたのだが、荒野のど真ん中にある寂れた町ならともかく、彼が今立ち寄っているここは、多くの旅人が集まる港町である。本の中の登場人物よりもよっぽど面白い冒険を果たした勇者がそこかしこにいたため、真面目で堅苦しい意図と説教臭い教訓が透けて見える彼の話など、誰も聞こうとしない。
どちらの稼ぎもままならず、デイモンは早々にここでの仕事をあきらめることにした。
(とりあえず豆とベーコンをいくらか買って、次の町を目指そう)
旅の準備を整えるため、デイモンは雑貨屋に足を運んだ。と――。
「あれっ? デイモンじゃないか」
苦々しい表情を浮かべる店主の前に、キツネが立っていた。