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08_そのころ、王宮にて【ネロside】

 

 ペリューシアがラウリーン公爵家を追い出されたちょうどそのころ……王宮にて。

 謁見の間の一段高いところに国王が座し、その向かいの赤い絨毯の上に、ひとりの青年が立っていた。


 ウィルム王国を着実に運営してきた国王の佇まいは見る者を圧倒し、かしずかせる。けれど青年は圧倒的な存在感を放つ国王を前にしても全く怯む様子はなく、飄々とした表情でその眼差しを受け止めた。


 国王は長い髭をしゃくり、青年を無表情で見下ろしながら言う。


「三ヶ月ほど前、デュール伯爵が保管していた古代道具『入れ替え天秤』が何者かによって盗まれた。あれは、人間同士の魂を入れ替えるという非常に危険な力のあるもの。悪用されれば恐ろしいことになり得る。これは由々しき事態だ。そこで、そなたに――魔道具の回収を命じる」


 この国の権力の頂きに立つ国王の命令は絶対。そんなことは、小さな子どもでも分かることだ。

 しかし青年は腕を組みながら、煩わしそうに鼻を鳴らした。


「はっ、また面倒事を俺に押し付けようってか? いいよな、あんたはそうやって椅子に座って、俺みたいな盤上の駒を顎で使ってりゃいいんだからさ」


 国王に対する、あまりにも粗野で無礼な態度。

 畏れ多くも嫌味を零し、自嘲気味に口角を上げた青年。彼は漆黒の髪に、ほとばしる血を浴びたような赤い瞳をしていた。


「相変わらず生意気な態度だな。口の利き方に気をつけろ」

「はいはい。王様ってのは気位が高くて敵わないぜ」


 この国において赤い瞳は――魔の象徴として忌み嫌われる。


 かつて存在していた魔術師はその力を恐れられ、世界中で権勢を誇っていたネルン教会に異端として次々に処刑されたのだ。そして、魔術師たちはみんな、この青年と同じ赤い瞳をしていた。


 青年は生まれた時から迫害される運命だった。道を歩けば、忌々しい赤い瞳と揶揄され、時に石を投げられる。誰にも愛されず、何も悪いことをしていないのに疎まれ、人を避けながら生きるしかなかった。


 青年は国王の犬としての生き方以外、何も知らない。


 国王は、青年の姿を静かに見下ろして続ける。


「先に紛失した()()()()()()の魔道具とともに、必ず我が元に持ち帰れ。失った魔道具を探すこと、それだけが、忌み子であるそなたの存在意義なのだから」

「…………」


 赤い瞳の人間は往々にして、魔術師の素質である魔力を身体に有する。古代魔道具にも一定量の魔力が注がれているため、魔力を持つ者は、近くに行けば存在を感知することができるのだ。


「その瞳で、必ず魔道具の在り処を突き止めるのだ」


 青年は普段、特殊な加工が施された眼鏡をかけて、瞳の色を茶色に誤魔化しながら過ごしている。

 しかし国王は、レンズの奥に赤い瞳が隠れていることを知っていた。青年は観念したように肩を竦める。


「ある程度、そいつがある場所に目星はついているのか?」

「――王立学園だ」


 国王は簡潔に答えたあと、懐から王立学園の制服につける校章ピンを取り出した。


「デュール伯爵をたぶらかし、魔道具を奪ったのは――若い女だそうだ。おそらく変装していただろうから、実際の見た目は分からないが、蠱惑的な美貌の女だったらしい」


 女は伯爵から魔道具を保管していた倉庫の鍵をこっそり奪った。そして王立学園の校章ピンは、その倉庫に落ちていたそうだ。

 犯人がもし、王立学園の生徒なのだとしたら、潜入すれば手がかりを得ることができるかもしれない。


(つまり、色仕掛けに騙されて古代魔道具を奪われた、まぬけな貴族のおっさんの尻拭いをしろってわけか)


 思わずため息が漏れそうになる。


「必ず回収して参れ。――ネロ」

「……分かったよ。やればいいんだろやれば」


 ネロと呼ばれた青年は、わずらわしげに返事をして、謁見の間を出て行った。ネロが去った謁見の間で、国王は呆れたように呟く。


「全く、生意気に育ちおって。……あの愚息が」





 ◇◇◇





 廊下を歩き、王宮の外へと向かう。この場所は人が多く、どうにも居心地が悪い。


 窓の外を見れば、ひと組の親子が手を繋ぎながら幸せそうに歩いていて。子どもたちは芝生の上で楽しそうに追いかけっこをし、恋人がベンチに寄り添うようにして座り、仲睦まじげにしている。


 眼鏡を外して外の光景を眺めていると、ネロの赤い目を見て人々がひそひそと噂話をする。


「見て? 赤い目だわ。忌まわしい……」

「目を合わせてはだめよ。呪われるわ」


 そんな噂話が耳を掠めるが、ネロは眉ひとつ動かさない。

 物心ついたときから、人々に白い目を向けられ、揶揄されてきたネロ。疎まれているのには慣れていた。


(……俺はきっと一生、ああいう幸せな世界とひとつも縁がないんだろう)


 自分にとってあまりに眩しすぎる光景で、ネロは寂しげに目を細めた。小さなときからずっと、孤独だった。息を潜めて死んだように生きてきたし、仲間や友だち、恋する人もない。気にかけてくれるような人間だってひとりもいなかった。


 最初から何も求めず、期待しなければ傷つかなくて済む。

 諦めることが癖になっていたネロの心には、癒えない渇きを抱えていた。


 そして、このときはまだ知らなかった。古代魔道具の回収によって、自分が運命的な出会いを果たすことになるのだとは……。

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