34_幸せなエンディング(最終話)
半年後。
ペリューシアは朝、学園に着くと、前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。ぱっと満面の笑みを浮かべて走り、彼の背中に飛びつく。
「ネーロっ、おはよう!」
「うわっ!?」
ネロは突然のしかかった重みにわずかにたじろぎつつ、ペリューシアを落とさないように腕を背に回して支える。顔だけこちらを向き、苦言を呈した。
「重い」
「レディーに対して失礼ね」
「朝っぱらから飛びついてくる奴に言われたかねーよ」
「あら、これは愛情表現よ」
ペリューシアがふわりと微笑めば、ネロは毒気を抜かれて観念する。そして、ペリューシアをゆっくりと地面に下ろしながら言った。
「ったく、あんたには敵わないな。おはよう、ペテュ」
ネロも優しく目を細める。初めて会ったころにはぶっきらぼうでツンケンしていた彼だが、打ち解けていくうちに柔らかい表情を見せてくれるようになった。
本人に自覚があるのかは定かではないが、近ごろはそこに甘さが乗るようになり、ペリューシアの心臓の鼓動を忙しなくさせる。
制服姿の彼は新鮮で、それもまたペリューシアの胸を騒がしくする。
ふたりは並んで校舎を歩いた。
ネロはペリューシアの婚約者となり、王立学園に通い始めた。
魔の象徴である赤い瞳をした孤児が次期公爵になるということは、社交界を大きく騒がせた。
神聖な貴族の血が穢れるなどという批判もあったが、ラウリーン公爵家は意向を覆さなかった。
そして、リングレスト王家の第三王子は表向きに――死んだことになった。
ネロは、隠したところでどうせバレるからと瞳の色を変えるための眼鏡をかけていない。
校庭を歩くふたりに、他の学生たちの視線が集まる。それらは奇異や好奇心の目。彼らはひそひそと内緒話をした。
「見ろよ、奇妙な赤い目だ」
「しっ、彼は筆頭公爵家の婿養子になる方よ。そのような発言は慎みなさい。不敬だわ」
「それにしても、お二人はすごく仲が良さそうね。あの様子を見ていると……なんだかとても、悪い人には見えないかも」
ペリューシアの耳に時々噂話が掠めるが、気に留めない。白い目を向けられることは、嫌われ悪女であるロレッタの身体に入ったときに経験済みで、慣れているのだ。
だからネロと手を繋ぎ、楽しく話しながら歩く。
(誤解はいつか解ける。どんなことがあっても、必ずいつか好転するはず)
人生はあるとき突然、思わぬ角度から予想外の不幸が訪れたりする。手にしていたはずの幸せを、指の隙間から砂が零れ落ちるように、音もなく静かに、そして一瞬で失うことが時々起こる。そうなったら、どうしようもない現実を無防備に受け入れるしかない。
けれど、辛い現実を乗り越えた先に、光を掴み取れることができるはず。そうやって誰もが、いつか願いが叶うことを信じて、ままならない現実を懸命に生き、足掻いているのだ。
すると、ネロがおもむろに呟く。
「ペテュ」
「何?」
「その……色々と、感謝してる。ありがとう」
「!」
そのとき、涼しげな朝の風がペリューシアのたおやかな桃色の髪をふわりと揺らした。
いつも生意気ばかり言ってペリューシアのことをからかってばかりの彼が、素直な感謝を口にするのは初めてのことだった。ネロは頬を掻きながら目を逸らす。
ほんのりと紅潮している彼のことが、どうしようもなくいじらしく思えて、くすっと笑みを零す。
「なぁに? よく聞こえなかったわ」
「やっぱなんでもない」
「ええっ、もう一度言ってちょうだい。ね? お願い」
「絶対もう言わねー」
「いいじゃない。ネロのケチ」
「あんたの耳が遠いのが悪いんだろ、おばさん」
「なんですって……!? わたくしとひとつしか違わないくせに!」
そうして小競り合いをしながら、ペリューシアはネロの手を握る力を強めた。――新しく掴んだこの幸せを決して手放さぬように、という意志を込めて。ぴったりと重なりあう手のひらから、愛おしい温もりが伝わってきた。
幸せなエンディングは一度、姉に壊された。けれどあの辛い経験があったからこそ、もっと素敵な縁がもたらされたのである。
好きな人との物語は、まだ始まったばかり。
〈おしまい〉
最後までお読みいただきありがとうございました。生意気なヒーローは初めてだったのですが、ふわふわした包容力がある女の子との組み合わせを描けて大変楽しかったです︎^_^♡
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