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32_事の顛末

 

 父の隣には、母が立っている。父は部屋の様子を見回してから言った。


「悲鳴が聞こえたから来てみれば……この騒ぎはなんだ?」


 いつもは穏やかな彼の表情に威圧が乗る。

 すると、その場に座ったままのセドリックがいの一番に答えた。


「お義姉さんが、この傭兵を雇って、僕と妻に――報復しに来たんです」

「な……っ!? あたしを裏切ろうっていうの!?」


 セドリックは咄嗟に、元の身体に戻ったロレッタに全ての罪を擦り付ける判断をした。

 ロレッタは、自分が切り捨てられようとしていることを理解し、眉間に縦じわを刻む。一方のセドリックは、ロレッタ顔負けの演技力でしおらしげに言った。


「……一体あなたは何を言っている? 裏切ったのはあなたの方だ。お義姉さん。僕はただ、ペリューシアと幸せに暮らしていたいだけだったのに」

「はっ、呆れた。……そうやって被害者ヅラして、あたしに全部責任を押し付けようっていう魂胆なのね。どうしてこんな男なんか好きになったのかしら」

「全くもって話についていけないな」


 セドリックとロレッタが揉めていると、父がパンッと手を叩いた。


「この屋敷には、大勢の嘘つきがいるらしい」


 彼はそう言って、一枚の書面を取り出した。それはペリューシアが流産したという旨が書かれた医師の診断書であった。

 ペリューシアが人知れず、尊い命が失われたことに胸を痛めていると、父が言った。


「流産したにもかかわらず、ペリューシアやセドリックに落ち込む様子がなく、不審に思ってこの医師を問い詰めたところ――偽造だそうだ。ペリューシアは最初から、妊娠などしていなかった。全てロレッタを家から追い出すためだったとしたら辻褄も合う。そうだろう?」


 父はゆっくりとこちらに近づいていき、ネロの前に立った。


「来るのが遅い」

「回収に関与するなと念押してきたのは君だろう? とはいえ、我が家の騒ぎに巻き込んで悪かったね」

「全くだ。危うくあんたの大事な娘の首が飛ぶところだったぜ。あんたが探してた魔道具なら――そこに」


 ネロがセドリックの足元に転がる惚れ香水の残骸を指差せば、父は冷めた眼差しでそれを見下ろした。


「完全に……壊れているね。これでは王家に面目立たない」

「ああ、俺もまたどやされる」


 ウィルム王国の貴族にとって重要な仕事のひとつは、古代魔道具の管理だ。ひと度管理を怠れば、厳重に処罰され、最悪爵位を没収されることもある。

 そして、国王から直々に古代魔道具の回収を命じられているネロも、煩わしげに肩を竦めた。


 父は次に、セドリックに視線を落とす。父の眼差しには失望や軽蔑が滲んでおり、それを受け止めたセドリックは固唾を呑む。


「セドリック君。君には心底――失望したよ」

「お、お待ちくださいお義父さん。そんな青年の言うことなど真に受けてはなりません! 僕は潔白です。これは何かの陰謀だ……!」


 セドリックは胸に手を当てて、必死に自分の無実を訴える。けれど父の心には少しも響いていないようで。冷えた声音で、彼の懇願を突っぱねる。


「彼は国王陛下の勅令で古代魔道具の回収を行っている。我が家も二年前に惚れ香水が紛失したときから世話になっていた」

「国王陛下の勅令……」

「この青年を侮辱することは、王室への侮辱と同義。ロレッタが家を追い出されてから、ネロに改めて連絡をもらってね。ロレッタとペリューシアが入れ替え天秤によって入れ替わっていることも、聞いていたよ。無事に回収を終え、ふたりを元の姿に戻すために、できるだけ干渉は避けてきたが」


 両親が知らないふりを続けていたからこそ、聡いセドリックとロレッタを警戒させずに済んだのだろう。父はペリューシアとロレッタを交互に見比べてから、悩ましげにネロに問いかける。


「それで……ネロ。どっちが本物のペリューシアだ?」

「俺に聞かなくたって、分かるだろ。親なんだから」

「……」


 冷たくあしらうようにふんと鼻を鳴らす彼。

 ネロは公爵に対しても相変わらず、無礼で粗野な態度だ。父は基本的に寛容なので怒ってはいないようだが、ペリューシアは内心ではらはらしていた。


 父と母は顔を見合わせる。そしてふたりはまた、ロレッタとペリューシアを交互に見つめて、思案した。

 ロレッタとペリューシアは、緊張した面持ちで両親の次の言葉を待つ。


 両親はロレッタの前に立った。ロレッタは嘘泣きを始めて、母の両腕を揺すりながら悲痛の表情で訴えかける。


「わたくしがペリューシアですわ。お姉様に身体を奪われましたの……! お願い、信じて……っ。わたくし、お母様に信じてもらえなかったら、辛いですわ。……ううっ」


 そして次に、ペリューシアの前に立つ。嘘泣きをするロレッタに対し、ペリューシアは美しいお辞儀をしてからおっとりと微笑む。


「わたくしはたとえ信じていただけなくても、おふたりを恨んだりいたしません。お父様とお母様のお顔を久しぶりに見られて……それだけで胸がいっぱいですわ」

「「……」」


 両親はゆっくりと息を吐く。そして母が、ペリューシアのことをぎゅっと包み込むように抱き締めた。


「ペリューシア……。お母様が愚かだったわ。気づいてあげられなくて、辛い思いをさせてごめんなさいね」

「泣かないでください、お母様。寂しかったけれど、この経験のおかげで、大切なことにたくさん気づけましたの。……それより、わたくし、ルーシャとロゼに入れ替え天秤を預けていて、ふたりが心配ですわ」

「それなら安心しなさい。ふたりのことはラウリーン公爵家の騎士たちが庇護しているから」

「よかった……それなら安心です」


 そして母はペリューシアを離したあとに、ロレッタの前に立ち、腕を上げる。叩かれると予想したロレッタは、身を強ばらせてぎゅっと目を閉じた。


 しかし母は、ロレッタのことも――強く抱きしめた。まさか自分が抱き締められると予想していなかったらしい彼女は、目を見開く。


「え……」

「たとえ血は繋がっていなくても、ロレッタも私にとっては愛しい我が子よ。厳しく叱って突き放したことを後悔しているの。あなたは取り返しのつかないことをしてしまったけれど、そこに至るまでのあなたの感情にもっと寄り添うべきだったって。私は今後の人生をかけて、あなたと一緒に罪を償っていくわ」

「お義母、様……」


 戸惑っていたロレッタは、徐々に美しい瞳を濡らしていく。整った顔を歪ませ、頬に涙を伝わせた。

 ロレッタは高慢で横柄で、大勢の人たちを傷つけてきた意地悪な人。


「ごめん……なさい……」


 けれど、その承認欲求の強さも、満たされない何かを埋めようとしていたのかもしれない。彼女は自分が婚外子であることに必要以上の負い目を感じ、ペリューシアより劣ることを恐れていた。


(お姉様にされたことは許せないけれど……気の毒な人。優秀なお姉様なら、もっと幸せな生き方が出来たでしょうに)


 ロレッタの涙から、彼女なりの苦しみを感じ取り、ペリューシアは同情して眉をひそめるのだった。

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