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31_愛の証明

 

「セドリック様が、わたくしを……愛してくださる……?」


 もしそうなったら、夢みたいな心地だ。

 今まで一度もセドリックに愛してもらえたことはない。彼にかわいがられたい。愛されたい。そのためだったらなんでもする。


「そう。だから早く、君の愛を証明してごらん」


 ペリューシアは虚ろな目で彼のことを見据えながらまた素直に頷き、ゆっくりと立ち上がった。よろよろとネロの元に歩いて行くペリューシアを、セドリックとロレッタが後方から見守る。


「セ、セドリック様……一体何を考えているの?」

「こういうストーリーを思いついたんだ。ペリューシアは卑しい孤児に恋をしたが、家督の問題で、彼と結ばれることは叶わない。そこで、入れ替え天秤を盗んで姉の身体を奪い、青年と幸せになろうとしたが、それも僕に気づかれてあえなく失敗した」

「……失意のどん底で、ペリューシアはとうとう、青年との心中を図った。そういうこと?」

「話が早くて助かるよ。これは仕方がない。そう、仕方がないことなんだ」


 仕方がないとうわ言のように繰り返す彼。

 セドリックの歪んだ笑顔に、ロレッタは背筋がぞくりとする。


「い、いくらなんでもやりすぎよ! さすがに看過できな――」

「――でないと、僕たちは終わるんだ! それとも君は、古代魔道具不正利用の罪で、修道院で一生を過ごしたいとでも?」


 ロレッタは沈黙し、しばらくの逡巡の末に拳を握り締めながら言う。


「セドリック様は……本当に残酷な人。その香水も、魔道具?」

「君は知らなくていいことだよ」


 セドリックは唇で優雅に三日月を描く。


 一方、セドリックにすっかり洗脳されたペリューシアは、短剣を構えたままネロに近づいていく。

 後ろで手を縛られたネロは、身じろぎしながら必死に訴えかけた。


「やめろ、ペテュ! 正気に戻れ!」

「……」

「俺を殺したって、あんたが苦しくなるだけだ」

「……」

「こんなことしたって、なんの意味もない。あの男は俺たちを心中を装って始末する気だ。その短剣を捨てて逃げろ……っ! 頼む!」


 今はただ、愛するセドリックの願いを叶えてあげたい。その目的だけが脳内を占め、思考はままならない。


(この人を殺さなくてはならないのに、どうして……)


 だが、ネロの懇願の言葉は、確かにペリューシアに届いていた。ペリューシアが短剣を持った手はかたかたと小刻みに震えていて、明らかにその身体は本能で、ネロを傷つけることをためらっていた。


 どうにか震える手を鼓舞して短剣を動かし、あとわずかでネロの胸に触れるというとき――


「俺はただ、あんたに幸せになってほしいだけなんだ。あんたのことが……好きだから」


 ネロの赤い瞳が潤み、懲罰房の照明の明かりを反射して、妖しく光を帯びる。彼の瞳からほろほろと涙が零れていく様は、あまりにも切なくて美しかった。


(泣かないで……ネロ)


 そして、虚ろだったペリューシアの瞳に、生気が戻った。ペリューシアはそのままネロを掻き抱き、後ろに回した腕で、彼の手首を縛る縄を切った。


「わたくしには……この人を殺せない……っ」


 なぜならペリューシアにとっても、大好きな人だから。

 ネロの腕を拘束していた縄が、ばらばらと床に落ちる。惚れ香水による支配を受けていたにもかかわらず命令に背いたペリューシアに、セドリックは当惑し、「馬鹿な……」と呟く。

 両手の自由を取り戻したネロは、ペリューシアの短剣を取り上げてセドリックに投げつけた。


 短剣はセドリックの腕に命中し、彼は手に握っていた惚れ香水を落とした。


 ――パリン。

 香水瓶は床に落ちた瞬間に割れ、ペリューシアの魔術も無効化された。あらゆる魔道具は、破壊することで無効化できる。ペリューシアのセドリックへの苛烈なまでの恋心は、一瞬にして失望と軽蔑に変わっていた。


(魔道具の効果が……切れた)


 不思議なほど、セドリックのことを見ても全く心が動かない。

 ようやく、ペリューシアは本当の心を取り戻すことができたのだ。するとセドリックはおもむろに、腰に引っ提げていた剣を引き抜く。

 剣先がこちらに向き、ペリューシアは悲鳴を漏らす。


「きゃっ――」

「大丈夫だ。あんたは俺の後ろに隠れていろ」


 きらりと光る剣身を目の当たりにしたペリューシアは、ネロの後ろで萎縮する。そしてセドリックは、薄暗い笑顔を湛えながら告げた。


「心中した事実はどうとでも作れる。僕の邪魔をする奴は、決して許さないよ」

「貴族の坊っちゃんが、俺に勝てるとでも?」


 ネロは懲罰房に落ちていた鉄の棒を拾い上げて構える。


 セドリックが剣を振りかざしたのと、ペリューシアが再び悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。ネロは鉄の棒で斬撃を軽々とあしらう。次々に追撃されるが、ネロは眉ひとつ動かさずに全てをかわした。


 ぎん……っと金属同士が擦れる鈍い音がして、拮抗状態になる。互いの武器を押し合いながら、セドリックは額に汗を浮かべて、ネロは余裕の表情を浮かべていた。


「なかなか……手強いね」

「俺は生きるために戦わなくちゃならなかったんでね。経験の数があんたと違うんだよ」


 ネロは何年も前から、国王の命令で魔道具の回収をしてきた。国王の命令に従うしか、生きる道はなかったと彼が言っていたのを思い出す。きっと、数々の修羅場をくぐってきたのだろう。


 次の瞬間、ネロが薙ぎ払ったセドリックの剣が吹き飛び宙を旋回する。そして、剣を失って無防備になったセドリックの腹を、ネロが膝で強く蹴り上げた。


「――ふぐっ」


 セドリックはくぐもった呻き声を漏らして、壁に背を打ち付ける。その場にへたり込んだところで、ネロは鉄の棒を喉元に突きつけた。ぐっと皮膚に押し当てながら告げる。


「あんただけは許さない」


 静かなネロの声が懲罰房に響き渡り、ペリューシアの背筋に冷や汗が流れる。


 しかしその直後、また別の声が響いた。


「――そこまでだ」


 声がした入り口の方を振り向けば、父が複数の騎士を付き従えて、懲罰房を訪れた。

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