表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/34

03_どうぞお幸せに

 

 扉の手前に立つロレッタは、いかにも重そうなボストンバッグを抱えていた。それを見たペリューシアは青ざめて、勢いよく椅子から立ち上がる。


「いけない、重い荷物を持つと腹圧がかかってお腹の子に障るわ! わたくしが代わりに運ぶから」


 挑発されたことなど全く意に介さず、妊婦の身体を心配する。

 荷物を渡すようにと駆け寄ると、ロレッタはボストンバックをこちらに思いっきり投げつけた。


「きゃっ――」


 ずっしりとした重みのバックが身体にぶつかり、顔をしかめる。


「不愉快だから善人ぶるの、やめてくれる? それ、あんたの部屋の荷物。適当にまとめておいたから、さっさと屋敷を出て行ってちょうだい」

「……」

「返事は?」

「今すぐ出なくちゃだめ? これだけでは足りないわよ。もっと他に必要なものを揃えたり、色々とやることが――」

「そんな時間あげる訳ないでしょ」


 こちらの要望を最後まで聞かずに、ぴしゃりと跳ね除けるロレッタ。温厚なペリューシアが普段はほとんどしわを作らない眉と眉の間に、深い縦じわを刻み、こちらに迫ってくる。

 そして、こちらの顎を指で持ち上げながら、地を這うような声で囁く。


「あんたはね、妊婦に嫌がらせをして追放される立場なの。旅行に出かけるんじゃないだから、のんびり身支度する資格なんてないのよ。目障りだから――早く消えて」

「…………」


 ペリューシアはきゅっと唇を引き結ぶ。


「どうして……こんなひどいことをするの? わたくしの身体を返して」


 ただ、平和に暮らしていたいだけだった。人並みの幸せを得たいだけだった。それなのになぜ、奪われなくてはならないのだろうか。


 ペリューシアはこれまでの人生で、誰かをいじめたこともないし、盗みを働いたことも、その他の犯罪に手を染めたこともない。真面目に生きてきたのに、どうして無実の罪で、家まで追い出されなくてはならないのか。


(こんな仕打ち……あんまりだわ)


 ペリューシアは悲しげに眉尻を下げ、切々と訴える。


「一体どうやって身体を乗っ取ったの? わたくしがお姉様に何をしたというの……?」

「乗っ取った方法は秘密よ。ただ、あんたがこの家の後継者で、セドリック様の隣にいるのが気に食わなかっただけ。後継者の座も、セドリック様の寵愛も自分のものにしようだなんて、図々しいにもほどがあるのよ。あたしに懇願したところで、この家にあんたの居場所はないわ。諦めなさい」

「…………」

「いい? 再三言ってるけど、入れ替わりの事実をあんたの口から他人に言おうとすれば、あんたの身体は内側から裂けて、悶え苦しみながら死ぬことになるわ。せいぜい、あたしの幸せを指をくわえて眺めながら惨めに生きていくことね」


 勝ち誇ったような笑顔のまま突き放され、失意の念に項垂れる。何を言ったところで、彼女の心には届かないだろう。


 床に転がった荷物におずおずと手を伸ばし、ゆっくりと持ち上げる。

 交渉したところでどうせ無意味なので、このまま出ていくほかないだろう。


「……なら、最後にひとつだけ、聞いてもいい?」

「何?」



「あなたは本当に……妊娠しているの?」



 その問いに、ロレッタの眉がわずかにぴくりと動く。しかしすぐに元の余裕たっぷりの表情に戻し、こちらを煽るように言った。


「あ、当たり前じゃない。あたしたちは愛し合って結婚したのだから。あたしのお腹の中にはその愛の結晶が宿っているのよ」

「そう。……ならどうぞお幸せに」

「そちらもお元気で。お姉様?」


 最後にペリューシアは、ロレッタのお腹を一瞥した。心はロレッタとはいえ、ペリューシアの身体が授かった尊い命だ。しかも、愛するセドリックとの子ども。


 自分の子であるも同然なのに、自分の手で抱くことができないのだと思うと、切なくて胸のあたりがぎゅっと締め付けられた。

 ペリューシアはロレッタと目を合わせず、そのまま部屋を後にし、両親への挨拶に向かうのだった。


 しかし、残されたロレッタは余裕の表情を崩し、目をさまよわせながら動揺をあらわにしていた。そして、親指の爪を噛みながら小さく呟く。


「まさかあの子、あたしの嘘に気づいてないわよね……?」


 そう、ロレッタが妊娠したというのは――真っ赤な嘘である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ