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24_こんなはずではなかった【セドリックside】

 

 ペリューシアとロレッタは見た目はそのままで、中身が入れ替わっている。

 セドリックがその事実を確信したのは、ロレッタが作ったクッキーを渡された瞬間だった。ロレッタにクッキーを頼んだ翌日、彼女は教室を訪ねてきた。


「昨日お約束したクッキーです。お口に合うかは分かりませんが……」

「……ありがとう。早速作ってきてくれたんですね。気を遣わせてしまってなんだか申し訳ないな」

「いえ……! とんでもありませんわ。わたくしが早くお渡ししたしたかっただけですので」


 遠慮がちに差し出された箱を受け取る。しなやかな手が小刻みに震え、頬がほのかに赤らんでいるのを、セドリックは見逃さなかった。


 いかにも女の子らしい花柄の箱に、七種類のクッキーが収まっていた。

 どのクッキーも、店に出せそうなほどの出来栄えで、特にアイシングは精緻を極めていた。セドリックは過去に何度もペリューシアのクッキーを食べてきているため、このクッキーを作ったのが誰なのか、すぐに分かった。


「本当にこれ……あなたが作ったんですか?」

「ええ。そうですわ」


 セドリックは目の前に立っているロレッタをじっくりと観察する。口調、声の抑揚、所作、目線の移し方……何から何まで、ペリューシアを彷彿とさせる。


(僕の気を引くために妹の真似でもしているのか? いや、違う)


 深々とお辞儀をして教室を去っていくペリューシアの後ろ姿を見送りながら、セドリックは拳を握り締める。


(この姉妹は――入れ替わっている。そしてそんなことを実現可能にするものがあるとすれば……古代魔道具しかない)


 もらったクッキーを一枚食べてみると、舌によく馴染む懐かしい味がした。

 ロレッタの中にペリューシアがいることを確認する目的だったため、残りのクッキーはあとから庭園の片隅にこっそりと捨てておいた。




 ◇◇◇




 偽のペリューシアの誕生日パーティーを翌日に控えていた。ペリューシア、といってもそれは見せかけだけで、中には姉のロレッタが入っているのだが――。


「ちょっと! スカートの前側はもっと短めに仕上げてって言ったでしょ!? こんなドレスじゃパーティーに出たくないわ。やり直しなさい!」

「申し訳ございません……! で、ですが今からのお直しですと、パーティーに間に合わなくなるかと――」

「うるさいわね。間に合わない、じゃなくてそこをなんとかするのがあんたたちの仕事でしょ!」

「きゃっ」


 ――ガタン。

 ロレッタが仕立て屋の針子を呼んで、衣装合わせをしている部屋。セドリックが廊下を歩いていると、扉越しにロレッタの金切り声と、何か大きな物音、それから女の悲鳴が聞こえた。


 セドリックは立ち止まり、扉を開いて部屋の中の様子を窺う。


「大きな音がしたけど、大丈夫かい?」

「セドリック様……!?」


 そこでセドリックは、目の前の光景に唖然とした。


 針子のひとりが床に尻餅をつき、ロレッタに髪を鷲掴みにされていた。ロレッタのもう片手には、布バサミが握られていて……。

 彼女はこちらの姿を見るやいなや、慌てて針子の髪を手放し、愛想よく微笑む。


「まぁ……驚かせてしまって申し訳ございませんわ。彼女がバランスを崩して転んでしまって……わたくしはただ、支えて差し上げようとしただけですの」


 どう考えても苦しすぎる言い訳に、ため息が出そうになる。セドリックはつかつかと彼女たちの元まで歩み寄った。そして、布バサミを持つロレッタの手首をそっと掴みあげる。


「なら、この布バサミは?」

「預かっていただけですわ。彼女を支えようとしてたまたま刃先が向いてしまったのでしょう」

「……そう」


 視線を針子の方へ移すと、彼女は腰が抜けてしまったらしく、座り込んだままこちらを見上げている。ロレッタに余程恐怖を植え付けられたのだろう。わなわなと震え、目には涙を浮かべている。


 セドリックは手を差し伸べ、針子を起き上がらせた。そして、四人いる針子全員に微笑む。


「僕が誤解をしていたようだ。いかんせん僕の妻は不器用だね。今日はなんのトラブルもなかった。そういうことでいいんだよね?」


 公爵夫人が癇癪持ちだと知られれば、ラウリーン公爵家の醜聞に繋がる。ここで、当主である自分が問題があったことを認めるわけにはいかない。

 今日あった出来事は忘れるように、という意図を込め、威圧的なな目つきで見据えると、針子たちは息を飲む。


「は、はい……! もちろんでございます……!」

「さぁ、君たちは下がっていなさい」


 セドリックが指示を出せば、針子たちは逃げるように部屋を出て行った。彼女たちにはあとで適当に金でも握らせておくとして。

 部屋には、セドリックと偽のペリューシアのふたりきり。


 彼女には、このような騒動を起こしておいて、申し訳ないとか居た堪れないとかいう気持ちはまるでないようで、平然としている。

 それとも、あの言い訳が通用したとでも思っているのだろうか。ロレッタはドレスの裾をつまみ、眉を顰めながら不満を漏らす。


「このドレス、やっぱりもう少しスカートを短くした方が素敵ですわ。ね、そう思いません?」


 まるで血液を吸い込ませたかのような濃い赤のドレス。スカート部分は前側が短くなっていて、彼女の生足があらわになっている。こういう露出が多くて派手なドレスを、本物のペリューシアは好まない。


「――詰めが甘いな」

「え……? 何のこと――きゃっ」


 セドリックはペリューシアを壁際に追い詰め、片手を壁につけて逃げ道をなくす。

 困惑する彼女の顔を覗き込みながら続けて言う。


「ペリューシアはそんな下品でふしだらな格好はしない。口調や表情なんかは良く似せているようだけど……彼女はもっと控えめで真面目だよ。そんな金切り声で誰かを怒鳴りつけるようなこともしなかった。演技をするなら、もっとペリューシアのことを観察しておくべきだったね。――()()()()()?」

「おっしゃっている意味が……分かりませんわ」

「とぼけても無駄さ。君がペリューシアの身体を奪ったことは気づいている。おおかた、古代魔道具の力を使ったんだろう」

「……!」


 そのとき、彼女の目がわずかに見開かれる。すると彼女は、不敵に片方の口角を持ち上げた。


「……よく気づいたじゃない」


 ロレッタはあっさり自分の正体を認めた。そして、しなやかな手を伸ばしてきて、セドリックの頬に添える。親指の腹で頬を擦りながら優美に話した。


「初めてにしてはなかなかの演技だったでしょう? それにしても、入れ替わってみて驚いたわ。まさかセドリック様が、ペリューシアを愛していないだなんて。ふふっ、お父様の賛同を得るため、そして体裁を守るために恋愛結婚だと見せかけておいて、実際は単に爵位が欲しかっただけだったのね。あなたは妹の恋心を、都合よく利用していた」

「……そんな話は今はどうでもいいよ。ロレッタ、その身体から出て行くんだ」

「嫌よ」


 ロレッタは、セドリックの要求を一も二もなく斬り捨てる。


「ペリューシアのことが、ずっと気に食わなかったの。どうしてなんの取り柄もないあの子が、ラウリーン公爵家の後継と、セドリック様の妻の座を手にするのかって……。両方とも奪ってやって、あたしは今、幸せなのよ。今更元になんて、絶対に戻らない……!」


 彼女は拳を固く握り締め、肩を震わせる。眉間にしわを寄せた表情から、彼女の高ぶった感情がまざまざと伝わってきた。

 ロレッタはずっと、自分が婚外子であることに負い目を感じ、正統な血筋の妹に激しい劣等感を抱いていたのだ。


 彼女はセドリックの身体を押し離した。利己的な彼女が容易く交渉に応じてくれるとは思っていなかったが、予想通り頑なな態度を取ってきた。


 彼女はヒールの靴音を鳴らしながらセドリックと距離を取る。それから、腕を組んでこちらを見据えた。


「次に戻れと言ったら、あなたがあたしに妊娠を偽らせて、ペリューシアを屋敷から追い出したことを、言いふらすわよ?」

「そ、それは君が最初に提案したはずだ」

「でも、加担したのは事実じゃない。流産したという偽の診断書を医者に書かせたのもあなた。いくら払ったのかは知らないけど、その医者を尋問すればすぐに真実が明らかになるでしょう」

「…………僕を、脅しているのかい?」


 すると彼女は、くすりと微笑む。


「もう、人聞き悪い言い方をしないで。これは協定、あたしはセドリック様とただ仲良くしたいだけなの。あたしが古代魔道具を使っていることが知られたら……ラウリーン公爵家の名誉に大きく傷がつくわ。セドリック様、あなたが新当主として公爵家を平和に運営していきたいなら――目をつぶるしかないの。賢いあなたなら分かっているはず」

「……………」


 ロレッタの身体に入ってしまったペリューシアを追い出すことに加担したのは、紛れもない事実だ。セドリックは当時のことを深く後悔した。


「それじゃ、またね。旦那様?」


 ロレッタはセドリックの襟をぐいっと引き、触れるだけの口づけをした。セドリックの胸元を指で上から下へとなぞり、じっくりとこちらの顔を眺めたあと、ひらひらと手を振りながら部屋を出て行く。


(どうして、こんなことに……。こんなはずでは、なかった)


 本当なら、ペリューシアという扱いやすい女を妻にして、何もかも思い通りに行くはずだった。とんだ計算違いの出来事に、苛立ちが募っていく。


「まさか、ロレッタも魔道具を使っていたとは」


 その呟きは、だだっ広い部屋の静寂に溶ける。セドリックは彼女にキスされた唇を、袖でがしがしと雑に拭うのだった。

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