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21_友人に何やら怪しまれています

 

 数日後。ネロのことで熱が冷めないペリューシアのもとに、ルーシャとロゼが教室を訪ねてきた。彼女たちはロレッタではなく、ペリューシアの気の置けない友人だ。


「ロレッタ様。……少し私たちとお話ししていただけますか?」


 教室を訪ねてきて、ペリューシアの前に立つふたり。突然ルーシャに誘われて、戸惑いながら首を傾げる。


「ええと……構わない、けれど」


 この前校庭で会ったとき、こちらに対して明らかな嫌悪感をあらわにしていた彼女たちを思い出す。


(またわたくしに……忠告でもしに来たのかしら)


 正直、彼女たちに叱られるのは気が進まないが、友人の頼みを無下にすることもできず。

 了承してから教科書を片付けて支度をしていると、ロゼが眉を上げた。


「ちょっと、その机の落書き……」


 教科書を退けたすぐ上に現れた『性悪』、『早く退学しろ』、『悪女!』などの文字。ペリューシアが座る席にこういう幼稚な嫌がらせをされるのは、よくあることだった。


 最初は拭き取ったりしていたけれど、何度も繰り返すうちに面倒になって、そのままほったらかしすることにした。どうせ消してもまた新しくいたずら書きされるのだから、消しても意味がない。


 ペリューシアはふたりの気分を害してしまったのではないかと居た堪れなくなり、へらへらと笑顔を浮かべながら謝罪を述べる。


「ああ、これ? 見苦しいものを見せてしまってごめんなさいね。気にしないでちょうだい」

「そういうわけにはいかないでしょ」


 ロゼは真剣な顔をして綺麗なレースのハンカチを取り出し、机の汚れを拭き出した。彼女に続いてルーシャも落書きを拭き始める。


(せっかくの綺麗なハンカチを汚してまで親切にしてくれるなんて……どういう風の吹き回しなの?)


 ついこの前は冷たく突き放してきたふたりが、ロレッタのことをどうして気遣ってくれるのか分からずに、ペリューシアはますます戸惑うのだった。




 ◇◇◇




 友人たちに連れて行かれたのは、食堂の奥の厨房だった。彼女たちが料理人たちに頼んで、厨房を借りる許可を取ったらしい。

 そしてペリューシアは壁際で、ふたりに問い詰められる。


「このクッキー……本当にロレッタ様がお作りになったのですか?」


 ルーシャはそう言って、クッキーが収まったかわいらしい箱を差し出す。セドリックに贈って惨敗したクッキーだが、あの日のあと再挑戦して、もっと手の凝った詰め合わせを作った。


 そして、ネロとルーシャ、ロゼに渡したのである。ふたりにはこれまで何度も手作りのお菓子を食べてもらったことがあり、その度に喜んでくれた。


 ペリューシアには、お菓子作り以外なんの取り柄もない。だから、甘いお菓子をきっかけに、また仲良くなれはしないだろうかと、勇気を出して断られるのを覚悟の上で渡したのだが、受け取ってくれたのだった。


「ええ、もちろんわたくしが作ったわ」

「本当に……? 嘘、吐いてませんよね?」


 ロゼがいぶかしげな眼差しをこちらに向けてくるので、ペリューシアは怯みそうになる。嘘は吐いていないが、疑われるとどうにも弱気になってしまうものだ。

 しかし、ペリューシアは怖気付きそうになる自分をどうにか鼓舞して、こくこくと頷く。


「う、うう嘘だなんてとんでもない! 本当よ、本当……! わたくしはただ、ふたりと仲良くなりたかったの。わたくしがふたりを喜ばせるためにできることなんて、お菓子作りくらいしか思いつかなくて……」


 しおしおと本音を白状すると、ルーシャとロゼは顔を見合わせ何やら考え込む。そして、ロゼが言った。


「ならここでこのアイシングクッキー、再現していただけます?」

「……! い、いいわ」


 厨房の台の上に、ひと通りの材料は揃えてあった。ペリューシアは袖をまくって髪を束ね、エプロンを着けて手を洗う。


 そして手際よく、クッキーを作っていった。ボウルの中の生地をこねながら、ルーシャに尋ねる。


「クッキー……美味しくなかった?」

「とても美味しかったです。ですのでひとつ……確かめたいことがありまして」

「確かめたいこと……」


 ペリューシアに思い当たる節は何もなく、小首を傾げる。しかし、気を取り直して作業を再開し、完成した生地をハートの形でくり抜いていき、天板に並べて焼いていく。

 そして、焼いている間にアイシングを作っていった。


(この砂糖……とても良い砂糖だわ。こんなにたくさん使わせてもらえるなんて……贅沢)


 砂糖は調味料の中でもことさら高価で、庶民はなかなか手に入れられない。ラウリーン公爵家を追い出されたペリューシアも、今までのように使い放題というわけにはいかず、蜂蜜などで代用してきたのだった。


 実は、ルーシャとロゼに贈ったアイシングクッキーも、砂糖ではなくアーモンドペーストを使ってコーティングしている。


(ああ、すごく楽しい)


 ルーシャとロゼは、楽しそうなこちらの様子を見て、ひそひそと内緒話をしていた。


 焼き上がったクッキーに、白のアイシングを施していく。

 一切の迷いもなく絞り袋から出たアイシングにより、緻密なレース柄が描かれていく。


「すごい……」


 その模様の精巧さに、ロゼは思わず感嘆の息を漏らした。

 レースの丸みも幅も均等で、さながら熟練の職人のような手つきである。


 ペリューシアはロレッタのように特別手先が器用というわけではないが、お菓子作りに関しては、回数を重ねているため慣れているのだ。

 アイシングも最初は下手だったが、回数を重ねるうちにだんだんと上達していった。


 焼き上がったクッキーの半分に模様を描き終わったところで、アイシングがちょうどなくなった。


「これで出来上がり! アイシングのほうは数時間乾かさないといけないけれど、何もしていない方のクッキーは今食べられるわ。はい、どうぞ」

「「…………」」


 ハートの形のクッキーが積み重なった皿を差し出され、悩ましげに互いに顔を見合わせるふたり。恐る恐るクッキーを手に取り、味見する。


「「……美味しい」」

「わあっ、よかった。嬉しい」


 美味しいという感想を聞けて、両手を重ねながらペリューシアは嬉しそうに頬を緩める。


 作業が終わったのでエプロンを脱いでいると、ルーシャが後ろから声をかけてきた。


「ねえ……あなた、もしかしてペリューシア?」

「…………!」

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