表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/34

18_好きな人に話しかけられました

 

 ネロはほぼ毎日のように王立学園に通い、ペリューシアに会いに来た。


 魔道具不正使用の被害者を観察するためだと言われているものの、彼とのひとときを心のどこかで楽しみにしていた。

 嫌われ悪女のロレッタには友達がおらず、その身体に入ってしまったペリューシアも孤独を強いられていたから。けれど、ただ孤独を埋めるだけではなく、ネロへの友情のようなものがペリューシアに根付きつつあった。


(今日のお弁当……気に入ってくれるかしら)


 ネロが訪れるのは昼休みと決まっており、ふたりはいつも、人気のない旧校舎の開放廊下で昼食を食べる。ネロと昼食を食べ始めて、もうひと月が経っていた。


 彼は成長期真っ只中なので、多めに作ってきている。何かにつけてペリューシアのことをからかってくるネロだが、作ってきた料理だけはいつも『美味しい』と褒めて完食してくれる。


 ペリューシアが軽い足取りで旧校舎に向かい敷地内を歩いていると、目の前にあの男が現れた。


「――お義姉さん。久しぶりだね。元気にしていたかい?」

「……! セドリック様」


 入れ替わりに気づかず、ペリューシアを家から追い出した相手。前からずっと、恋い焦がれて止まなかった相手だ。

 その顔をひと目見ただけで胸が切なく締め付けられて、鼻の奥がつんと痛くなる。


 彼とはクラスが違うため、あの騒動のあと一度も顔を合わせていなかった。


「……ええ、変わりはないです。そちらは?」

「そう、よかった。元気に過ごしているよ」

「どうしてわたくしに声をかけてくださったのです? わたくしはてっきり、二度と口を利いてくださらないのかと……」


 そう口にしただけでどうしようもなく悲しくなってしまい、瞳にじわりと涙が滲む。セドリックはその様子を見逃さず、意味深な表情で凝視していた。


「今日は君に、ちょっとした頼みがあってね」

「わたくしに頼み……ですか?」

「クッキーを作って欲しいんだ」

「え……」


 思わぬ頼みの内容に、ぱちくりと目を瞬かせる。それこそペリューシアがペリューシアの姿であるときは、よく彼のためにクッキーを焼いていた。それをどうして、姉のロレッタに頼んでくるのだろうか。


「いいかな? 迷惑で、なければだけど」


 眉尻を下げて、遠慮がちに言うセドリック。

 ペリューシアは彼の頼みにはめっぽう弱い。子どもがおねだりをするようなあどけない様子で懇願されれば、拒むことなど到底できない。


「め、迷惑だなんてとんでもありませんわ! もちろんお作りいたします。いつまでがよろしいですか? 何人分?」

「君の都合が良いときで大丈夫だよ。えっと……僕の分だけで」

「分かりましたわ。喜んでいただけるように頑張ってお作りしますね。きっと教室に届けに行きますから……!」

「…………」


 ペリューシアがふわりと満面の笑顔を浮かべてそう告げると、彼から息を飲む気配がした。


「やっぱり、その笑い方は……」

「……?」


 そのあと彼が何か呟いたが、声が小さくて聞き取ることができなかった。すると、セドリックの視線がペリューシアの手元に向く。


「そのバスケットは?」

「お弁当です」

「随分と大きいね」

「お友達の分も作ってきているので」

「そう、楽しんでおいで」


 ペリューシアは柔らかく微笑み、「ありがとうございます。それでは、また」と答えた。セドリックとこうして普通に会話ができていることに、自然と心が踊り、舞い上がってしまう。そして、彼に背を向けた直後――


「――ペリューシア」

「はい?」


 セドリックに名前を呼ばれたペリューシアは、思わず返事をしてくるりと振り返る。


(しまった。今のわたくしはロレッタだったわ……! 爆発……してない……?)


 ぎゅっと瞼を閉じて覚悟するが、予想したような衝撃は身体のどこにもない。手も足も欠けてない。

 返事をしても爆発しなかったということはやはり、自分の口から正体を打ち明けると身体が爆発する、などの効果は入れ替え天秤にないのかもしれない。あるいは、返事をした程度では、爆発には至らないのだろうか。

 

 爆発はしなかったものの、ネロから正体を隠すようにと言いつけられている。


『いいか? ロレッタを警戒させないように、魔道具の回収が完了するまでは正体を黙っておけ』


 ネロの言いつけを思い出したペリューシアは口元を両手で抑え、あわあわと目をさまよわせる。そして、なけなしの平常心を掻き集めて愛想笑いを浮かべた。


「い、嫌ね、セドリック様。その……つい咄嗟に反応してしまいましたが、わたくしはロレッタですわ。お間違いなく。何か言い忘れでも?」

「……いや、なんでもないよ。引き止めて悪かったね」

「そうですか。では、ごきげんよう」


 だらだらと額や頬から汗を流し、そそくさと去っていくペリューシア。そんな彼女の後ろ姿を、セドリックは険しい表情で見送っていた。そして、小さな声で呟く。



「本当に間違えて返事をしたのかい?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ