14_俺ならそんな顔、させない【ネロside】
ペリューシアが帰って行ったあと、ネロは居間のソファに腰を沈めていた。手持ち無沙汰で、加工が施された眼鏡をもてあそぶ。
飾り気がなく閑散とした部屋。
子どものころからこのだだっ広い屋敷でひとり生活してきたネロだが、普段よりも部屋が広く感じた。寂しさを感じることには慣れているというのに、ペリューシアがいない部屋で、孤独感に苛まれる。
『綺麗な瞳。――宝石みたい』
初めて会ったとき、彼女から発せられた第一声がそれだった。
瞼を閉じれば、ネロの瞳に見蕩れるペリューシアの顔が思い浮かぶ。そして、ネロの顔はたちまち朱色に染まり、のぼせ上がっていく。
(この瞳を褒められたのは……生まれて初めてだった)
普段は眼鏡をかけて外に出ていたのに、あのときはなぜか眼鏡を忘れて出かけてしまった。ネルン教団が異端とする赤い瞳。昔のように、見つけ次第即刻処刑、というような過激な迫害はなくなったが、道を歩けば蔑視されるので、目の色を偽り、人を避けるように息を潜めて生きてきた。
誰もが醜いと揶揄し、恐れてきた瞳を、ペリューシアは貶すどころか綺麗だと褒めてくれた。彼女の言葉に熱いものが込み上げてきて、唇を引き結んで堪えていなければ、涙が出てしまいそうだった。
彼女の前なら、瞳を隠す必要はないと思い、素顔のままで接している。
ネロは眼鏡をそっとテーブルに置く。
(ペリューシアは結婚式で姉に身体を乗っ取られたと言っていた。結婚するような相手が……いるのか)
彼女が別の男と腕を組み、並んで立っているところを考えただけで、なぜか胸がざわつく。
家族や人々からの迫害に耐えるために心を殺して生きてきたはずなのに、ペリューシアと出会ってからはやけに心が揺らぐ。こんなの、自分らしくない。
婚約者にも入れ替わりを気づいてもらえなかったと悲しむ彼女の泣き顔を思い出したとき、口を衝いて出た。
「……俺だったらあんな顔、させないのに」
まるで、ペリューシアの婚約者の座を望んでいるかのようなセリフで、ネロははっと我に返る。
(俺は何を考えて……)
愚かなことを口走った唇を手で抑える。
自分とペリューシアでは、あまりに生きている世界が違いすぎる。優しくて崇高で、まっさらなキャンバスのように清らかな彼女に、忌み子である自分は到底ふさわしくない。
彼女に近づきたいと願うのは、身の程知らずでおこがましいことなのだと自分を諌める。何かを望めば、傷つくことになるのは自分自身だ。
空っぽの心に芽生えた感情に蓋をし、そしてペリューシアのことを意識から遠ざけるように、首を横に振った。
テーブルの上には、眼鏡のほかに書面とペンが置いてある。国王に提出する報告書だ。そこに、『入れ替え天秤』が公爵令嬢ペリューシア・ラウリーンに使用されていた旨を詳しく書く。
『追記:恐らくペリューシアには、入れ替え天秤以外にも別の魔道具が使用されている。二重の魔術を感知したため、以後観察していく』
報告書を書き終わったネロは、ことんとペンを置いた。
ペリューシアに初めて会ったとき、彼女から魔力の気配をかすかに感じ、すぐに魔術がかけられているのだと分かった。しかし、彼女は何やら余程の不幸体質らしく、入れ替え天秤より前に――別の魔術をかけられた形跡を感知した。
ネロは国王から預かっていた、紛失した魔道具のリストを眺める。そして足を組み、手を顎に添えながら思案した。
(やっぱり、身体を爆発させるような魔道具はリストにないな。――だとしたら、ペテュにかかってる魔術は一体……なんだ?)




