13_たったひとりの味方(?)ができました
話しているうちに、姉に全てを奪われた辛さが込み上げてきて、泣きそうになる。ペリューシアの悲しそうな顔を見たネロが、気まずそうに眉を寄せる。
「あんた……」
「ごめんなさい、少し感傷的な気分になってしまって……。ずっと、辛かったの。お母様やお父様、屋敷の使用人、お友達にセドリック様もみんなみんな、わたくしに気づいてくれなかった」
ひとりでどうしていいか分からず、途方に暮れていたペリューシア。そこに颯爽と現れたネロは、ペリューシアにとって雲間から差した一筋の陽光のようだ。
(この人は、わたくしを見つけてくれた)
ペリューシアは魔道具から手を離し、ネロに思いっきり抱きついた。突然の抱擁とペリューシアの身体の重みに、ネロはたじろぐ。
「お、おい! 抱きつくな!」
「ありがとう、ネロ……っ。わたくしずっと、ひとりで心細かったの。今のわたくしにはあなただけだわ。わたくしを見つけてくれて嬉しい……っ」
彼の言うことを聞かず、喜びのままにぎゅっとしがみつけば、彼は耳の辺りをほんのりと朱に染め、目を白黒させる。
「あーもう、分かったから離れろ! 暑苦しいんだよ、おばさん」
またしてもおばさん呼ばわりされ、ペリューシアは額に怒筋を浮かべる。ゆっくりと彼から離れ、むくれながら訴える、
「んもう……おばさんはやめてちょうだい。わたくしには両親がつけてくれた良い名前があるのよ」
「へぇ……どんな?」
「それは……」
本当の名を口にしようとしたとき、はっと我に返る。
(そうだ。わたくし、魔道具から手を離して……)
ガラスに映っているのはロレッタの姿をした自分だった。『真実を見抜く眼』が効果を発揮するのは、それに触れている間だけ。
もしかしたら、入れ替え天秤には身体を爆発させる力があるかもしれない。だから、念のため名前を名乗るのはやめておくことにしたのだ。
もう一度魔道具に触れて、ネロに懇切丁寧に名前を教えてあげようとするが、彼はガラスケースを被せて施錠した。
「これは歴史的価値がある貴重な魔道具だ。くだらないことのために使わせるわけにはいかないぜ。それで? あんたの良い名前とやらもう一度教えてくれよ、おばさん」
「なっ、本当は覚えてるくせに……!」
「さぁね。俺は昔から物覚えが悪くてね」
どうにか名前を思い出させられないかと悶々とするこちらを見て、ネロは意地悪に口角を持ち上げた。
彼はペリューシアをからかうとき、とても楽しそうな顔をする。
(……意地悪)
ネロはそっと片手を伸ばし、ペリューシアの頭をぽん、と撫でた。
「そうむくれるな。あんたの身体は必ず俺が取り返してやるよ。ペテュ?」
「!」
だから、ペテュではなく、ペリューシアだ。
(変な呼び方して……。でもきっと、親しみをもってそう呼ぶのよね!)
ペテュも、愛称だと思えばかわいいものだと自分を納得させる。
「あんたって、犬みたいだよな」
「…………」
前言撤回。やっぱりネロは、失礼な人だ。
まるで子犬と戯れるかのように、わしゃわしゃと頭を搔き撫でてくる彼。ペリューシアは無抵抗にその手を受け入れながら半眼を浮かべた。
頭に感じるずっしりとした男の子の手の重み。
指は節ばっていて長い。今のペリューシアが唯一頼りにすることが許された手だ。
手のひらから伝わってくる彼の体温が、不思議とペリューシアを安心させる。
「もう、好きなように呼べばいいわ。……これから色々お世話になるわね、ネロ」
「ああ、面倒だがお世話してやるよ」
「…………」
ネロは意地悪に口の端を吊り上げる。
無礼で生意気。けれどロレッタの中のペリューシアの正体に気づいてくれたたったひとりの相手。
魔道具の回収を国王から命じられたという謎の青年ネロは、こうしてペリューシアの味方(?)となったのだった。




