12_全てを見抜く眼
姉がしでかした罪の大きさに、わなわなと戦慄する。
ネルン教団は今もなお世界で強大な権力を維持しており、大陸全ての国々が教団の意向に従って古代魔道具の使用を禁じている。
(こんなことが世に知れたら……お姉様はどうなってしまうのかしら)
盗みを働いた上、悪用したと知られたら、重く罪に問われる。最悪、命もないかもしれない。
「あんたが口を割れない事情は理解したが、とにもかくにも俺は犯人を把握しなくちゃならない」
入れ替わりの相手を打ち明けることができないので、『お姉様』という言葉は喉元で引っかかったまま。入れ替わり天秤に人を爆発させるような効果がないとしても、万が一ということもある。
ペリューシアがどうやって犯人を伝えたらいいかと思案していると、ネロは向かいのソファから立ち上がった。
「ちょっと付いてきな」
「あの……?」
彼に促されるまま立ち上がって後ろを付いて行けば、彼は壁の本棚の前まで歩いた。真ん中辺りの段の本を数冊ほど抜き取り、それをこちらに預ける。
「少し持っててくれ」
「――は、はい!」
数冊退けた奥に隠れていたのは、金属でできた何かの仕掛け。ネロが器用に指先で操作すると、ある瞬間かちゃりと音がして、本棚が横に自動で動いた。
(わぁ……これって――隠し部屋?)
物語の中でしか見たことのない隠された空間に好奇心をくすぐられ、ペリューシアは瞳の奥を揺らした。
隠し部屋の中には、石でできた展示台が中央に佇んでいた。ガラスで囲われた鍵付きのショーケースの中に、ひとつの道具が保管されている。
ゆっくりと近づいていき、ショーケースの中をじっくりと観察する。眼球のような見た目をしていて、瞼が閉じている。
「これは……魔道具?」
「ああ、正解」
ペリューシアはごくんと固唾を飲む。
魔道具は魔力がなくても使えるものが多いため、一般人の手が届かないように厳重に管理されており、上位貴族の令嬢であるペリューシアですら、一度も目にしたことがなかった。
ラウリーン公爵家も重要魔道具の管理をいくつか任されており、広大な領地のどこかに倉庫を持っているのだが、娘ふたりにさえその場所を教えていなかった。
「本物の魔道具なんて、初めて見たわ」
息を飲むペリューシアをよそに、ネロは服の内側から、鹿皮で首に引っ提げていた鍵を取り出し、ショーケースの鍵を開ける。
「これは俺が管理を任されている道具『真実を見抜く眼』だ。限られた時間、魔術の無効化に近い状態にできる」
「無効化……」
「実際には元の身体を取り戻すわけじゃない。ただわずかな時間、魔術で隠れた本来の姿を浮かび上がらせるだけ。つまり、あんたがこれに触れている間は――元の姿になるってわけ。そして、あんたの身体を奪った相手もその影響を受ける。こいつに触れている間は真実だけが守られ、あらゆる術が関与できないから、爆発もしない。その代わり、嘘も吐けないけどな」
「……!」
つまり、『真実を見抜く眼』に触れている間だけは、自分の名前がペリューシアであることを声に出せるようになる。どうやら彼は、ペリューシアにこの魔道具を使わせるつもりでいるようだが、いかなる理由があろうと、魔道具の使用は国で固く禁じられている。
「だ、だめよ。……魔道具を使ったらわたくしは犯罪者になってしまうわ」
「問題ない。俺は魔道具の回収目的であれば、魔道具を使用することを国王陛下に認められている」
「!?」
ネロはそう言って、部屋の片隅の机の引き出しから一枚の書面を持ってきた。そこには確かに、国王の直筆で、魔道具の使用を許可する旨が書かれており、王家の印章が押印してあった。
「ネロ……。あなた一体、何者なの……?」
「そんなことはいい。ほら、さっさと始めるぜ。その魔道具の上に片手を置くんだ」
「わ、分かったわ」
こくんと小さく頷き、言われた通りに右手を伸ばす。
眼球の上に恐る恐る手を置くと、金属でできた瞼がゆっくりと開いていく。瞳の部分に嵌め込まれた青い石が繊細な光を帯びていて、その精巧さに驚いた刹那、ぱあっと白い光が辺りに離散する。
(眩しい……)
生暖かい風に包まれ、桃色のたおやかな髪がふわりとなびく。伏し目がちな瞳には長いまつ毛が伸びていて、垂れ気味な眉やふっくらした唇は、あどけなさがある。
あらわになったペリューシアの素顔は、ロレッタの華やかな顔立ちよりも素朴だが庇護欲を掻き立てる。
何が起きたのかと戸惑っていると、目の前からはっと息を飲む気配がした。
「……かわいい」
「へ……? 今何か言った?」
ネロの小さな呟きは、どこからともなく発生する風の音に掻き消されてペリューシアの耳に届かない。すると彼は気まずそうに口元に手を添え、咳払いをしてから言った。
「……い、いや、なんでもない。それが、あんたの本当の姿なんだな。間抜けな顔だ」
「なっ……!?」
「いいからほら、見てみろ」
何やらこちらを小馬鹿にしたセリフが一瞬耳を掠めたような気がするが、気を取り直して。
ガラスケースには、ロレッタではなくペリューシアの姿が映っていた。
「制限時間はせいぜい五分ってところだ。あんた、本当の名前は? 一体誰に――身体を奪われた?」
ネロの真剣さを帯びた赤い瞳が、こちらを射抜く。
「わたくしの本当の名はペリューシア・ラウリーン。結婚式の日……教会での誓いの口づけの瞬間、身体を乗っ取られたの。そして、わたくしから身体を奪った犯人はロレッタ・ラウリーン。わたくしの――姉よ」
「……実の姉、か。そいつはまた災難だったな」
彼は同情した様子で眉を寄せる。
そしてペリューシアは、限られた五分の間、ここに至るまでの経緯をネロに説明した。




