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11_入れ替わりの真相

 

 制服を濡らしてだめにしてしまったので、その日は学園を早退し、伯爵邸に一度帰って着替えることにした。屋敷に帰って早々、伯父がペリューシアの薄汚れた全身を見て当惑する。


「今日は随分と帰りが早い――って、ロレッタちゃん!? どうしたんだいその格好は……!」

「ああ、実は水溜まりで転んでしまって……」


 あっけらかんと微笑むペリューシアに、彼はますます戸惑いの色を表情に滲ませる。


「本当に転んだのかい? もしや、学園でいじめられているんじゃ――」

「いいえ、違います! 本当に転んだだけなんです。わたくしったらそそっかしくて。びっくりさせてしまって申し訳ありません。毎日楽しく過ごしているので大丈夫です。どうかお気になさらず」

「……」


 理不尽な仕打ちを受けても、弱音を吐くより気遣いを優先するペリューシア。公爵家という後ろ盾を失ったペリューシアが学園でどのような状況にあるのか、伯父にだって想像できるだろう。彼は困ったように眉尻を下げた。


「君は少し、以前と変わったね。……今から湯船に湯を溜めてくるから、温まってきなさい。拭くものも持ってこよう」

「伯父様のお手を煩わせる訳には――」

「いい。私がそうしたいからするんだよ。待っていなさい」


 彼はペリューシアを置いて浴室に向かおうとする。そして一度、こちらを振り返って言った。


「それから……今日からは一緒に食事を摂りなさい」

「……! ……はい!」


 この屋敷に来てから一週間、ペリューシアは伯爵家の人たちとともに食事を摂らず、自室でひとり残り物を食べていた。けれど彼に、ペリューシアの誠意が少しばかり届いたようだ。





 ◇◇◇





 入浴をして身体を清め、服を替えたあと。ペリューシアはニルソン伯爵に挨拶をして街に出かけた。


『元に戻る方法が知りたければ、ここに来い』


 学園で出会った名前も知らない赤い瞳の青年。彼はとある住所を書いた紙をペリューシアに預けて去ってしまった。


(もう、人に名前を聞く前に自分が名乗るのが筋じゃない? 失礼な人。でも……他に頼る人がいないんだもの。わたくしに選択の余地は無い……)


 初めて会ったばかりの彼を信用して、呼び出しに応じて良いものか悩んだが、ペリューシアはその住所を訪ねることにした。


 馬車に揺られて辿り着いた先は、郊外に佇む大きくて怪しげな屋敷だった。

 廃墟のような見た目で林の中にぽつりと建っているせいで、どこか異彩を放っている。


(こんな場所にあの人は住んでいるの……?)


 錆びた門をくぐり、鬱蒼と生い茂る草をどうにか掻き分けながら、玄関の前まで歩く。

 おずおずと手を伸ばして、古びた扉をノックする。


 ――コンコン。


「あのぅ……すみません。どなたかいらっしゃいますか?」


 しばらく間を置いたあと、ゆっくりと扉が開いて、例の赤い瞳の青年が立っていた。


「待ってたぜ。入れ」

「ええと……お邪魔します。これ、つまらないものですが」

「ご丁寧にどうも」


 ここに来る前に流行りの店で買った菓子が入った紙袋を、さっと差し出す。

 屋敷の中は掃除が行き届き、整然としていた。かなり古びてはいるが、清潔感はある。


「もしかしてここに暮らしているの? 他にご家族の方とかは……」

「子どものころからひとりで暮らしてる。家族は……いない」

「……そうなの」


 踏み込んではいけないことを聞いてしまった気がして、いたたまれなさに苛まれる。


 そして、案内された居間はとにかく生活感がなく、置いてある家具が少なかった。だだっ広い部屋に対して、飾り気のなさがなんともチグハグな雰囲気を生み出している。


(こんなに広い屋敷に、ずっとひとりで……? 寂しくはないのかしら)


 ほんのわずかな孤独しか経験していないペリューシアですら、かなりへこたれてしまったというのに、彼は飄々としている。

 ペリューシアがソファにちょこんと行儀よく座っていると、青年が紅茶を出してくれた。


「砂糖は?」

「…… 三つ」


 角砂糖が三欠片、紅茶の中に沈んでいくのをぼんやりと見つめる。


「ありがとう、気が利くわね。ん……美味しい」


 カップを手にひと口飲むと、繊細な茶葉の風味が鼻腔をくすぐり、ほんのりとした甘さが良く舌に馴染む。

 すると彼は、呆れ混じりに言った。


「あんたって本当……警戒心ねーのな。知らない男の家にのこのこ上がり込んで、知らない男に出された飲み物をためらわず飲むなんて……無警戒にもほどがあるだろ。それ――毒入ってるけど」

「!?」


 ペリューシアはカップを持ったままぴしゃりと硬直し、冷や汗を浮かべる。


(毒……!?)


 またたく間に血の気が引いて青くなっていくこちらの顔を見た青年は、意地悪にふっと笑った。


「嘘に決まってるだろ」

「嘘……」


 テーブルに頬杖を突き、からかうように「単純な奴」と呟く彼。


「そんなんだから、身体も奪われちまうんじゃないか? 俺はネロ。古代魔道具の回収を王家から命じられて、国中の色んなところを回ってる」


 ネロが今回国王から回収を命じられたのは、デュール伯爵に保管が任されていた『入れ替え天秤』。

 古代道具は一箇所にまとめておくのではなく、国のあちこちに分散させて貴族たちがそれぞれ管理している。


 しかし時々、窃盗などにより紛失することがあるのだ。そして、魔術師の素質を持つ赤い目の人間は、魔力を感知できるのだという。


「それで、間抜けなあんたから魔力の気配を感知したってわけ」

「間抜け」


 おばさんだの間抜けだの、好き勝手言ってくれたものだ。

 むっとした表情で彼のことを威嚇するように睨めつけるが、彼はなんとも思っていないようだった。


 また、入れ替え天秤を盗んだ犯人は、王立学園の生徒の可能性があるという。――というのも。


「入れ替え天秤が保管されていた倉庫に、この王立学園の校章ピンが落ちていたらしい」

「!」


 ネロが取り出した校章ピンを見て、ざわざわと背筋が粟立つ。ペリューシアが家を追い出されたときにロレッタから押し付けられた荷物の中には、制服が入っていたが、なぜか校章ピンだけ入っていなかったのだ。


「制服を着たあんたとさっき校庭で会ったとき、胸に校章ピンをつけてなかったな。失くしたのか?」

「……はい」


 入れ替え天秤は、人間と人間の魂を入れ替える効果があるという。そこで、はたと疑問に思った。


「え……入れ替えの事実を他人に語ると、爆発させる効果があるんじゃ……?」

「んなもんねーよ。もしかして、身体が爆発するかもしれないから、入れ替わりを黙ってろって脅されたのか?」


 ペリューシアはこくんと頷く。


「大丈夫だ、名前を言ってもあんたは爆発したりしない。十中八九な。試しに名乗ってみたらどうだ?」

「ま、待って。十中八九って何?」

「絶対ってことはこの世にないだろ?」

「試しで爆発したらたまったものではないわ。……何があるか分からないから名乗るのは辞めておく」

「ペテュは意気地がないんだな」

「ペテュではないわ」


 爆発することを想像し身震いしていると、彼は楽しそうにくつくつと喉を鳴らしながら笑った。彼はテーブルに頬杖を突き、不敵な表情で入れ替え天秤の逸話を語る。


「こいつは遥か昔、美しい王女に嫉妬したメイドが、身体を乗っ取るために魔術師に作らせた危険な道具だ」


 それはまさに、ペリューシアの身に起こっている事態と結びつく。どうして身体を奪われてしまったのか訳が分からなかったが、ようやく状況を理解した。衝撃の真実に、背筋に冷たいものが流れる。


(にわかに信じがたいけれど……つまり、お姉様は古代魔道具を盗み、不正に使用していた……!?)

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