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01_幸せは一瞬で崩れ落ちる

 

 王都の中心部にある大聖堂で、盛大な結婚式が行われていた。王家の分家である格式高いラウリーン公爵令嬢ペリューシアと、公爵令息のセドリックは今日ここで、新たに夫婦となる。


 数百人の上位貴族が挙式に招待され、大聖堂の前の通りには花嫁をひと目見ようと民衆が押し寄せた。


 そして、大聖堂の中でふたりは誓いの言葉を述べ、いよいよ夫婦となろうとしていた。


「それでは新郎新婦――誓いのキスを」


 司教の指示により、初恋の相手であるセトリックが、きわめて丁寧な手つきでペリューシアのベールを持ち上げた。

 あらわになった新婦の唇に、彼はゆっくりと顔を近づける。


(これで、わたくしとセドリック様は夫婦に……)


 期待に胸を高鳴らせながら瞼を閉じ、口付けを受け止める準備をした瞬間だった。



 ――カチッ……。



 どこかで、金属か何かの音がしたと思った直後、ペリューシアは――姉の身体の中に入っていた。唇に予想していた温もりが与えられず、目を開けて唖然とする。


(え…………?)


 目の前で、身体を乗っ取った姉とセドリックが口付けを交わす。ペリューシアはそれを、招待客の席から呆然と眺めていた。


 ペリューシアは初恋の人との結婚を迎え、幸せの絶頂のはず……だった。けれどこうして、掴んだはずの幸せがバラバラと音を立てて崩れ落ちたのである。




 ◇◇◇




「……お呼びでしょうか」


 結婚式から三ヶ月後。応接室に突然呼び出されたペリューシアは、一組の夫婦に対し、恭しくお辞儀をする。


「来ていただけましたか、お義姉さん。そちらへおかけください」

「……は、はい、分かりました」


 セドリックに促されるまま、二人の向かいのソファに遠慮がちに腰を下ろした。


 愛していたセドリックはこの三ヶ月の間、全く入れ替わりに気づかなかった。だから、ペリューシアのことを義姉として、ロレッタを妻として扱う。


 本来彼の隣に座っているのは、自分のはずだった。

 それが今、セドリックの腕に身を寄せているのは、別の女性。より正確に言えば、外見はペリューシアで、中身は姉のロレッタなのである。


 結婚式で誓いの口付けをする寸前――姉と入れ替わってしまったことを思い出す。三ヶ月経った今も、気持ちの整理はついていないし、この状況を理解できずにいる。


(わたくしの身に一体、何が起きたというの……?)


 冷ややかな眼差しでこちらを見据えるセドリックに、すぐにでも自分の抱える事情を説明したかった。だが、入れ替わりの事実を口外しないように、と――ロレッタに脅されているのだ。


『いい? 入れ替わりのことは誰にも話しちゃだめよ。口にした瞬間、あんたの身体は爆発し、縦横無尽に裂けて――死ぬわ』


 ロレッタの忠告を思い出し、ぞわぞわと背筋が粟立つ。


(爆発って……。そんな、物騒な)


 自分の身に起きている事態を把握できていない以上、姉の言うことを聞くしかなかった。

 何か物言いたげに口を開閉させるペリューシアを見て、セドリックはいぶかしげに眉をひそめる。


「何か言いたいことがあるなら、おっしゃったらいかがです?」

「あの……その……わたくしは……」


 この事情を打ち明けることができないもどかしさに、言い淀んでいると、彼の眉間のしわが更に濃くなっていく。


 ペリューシアが目をさまよわせれば、狼狽える様子を面白がるようにロレッタがくすと意地悪く笑う。


「お姉様の話は後にしてもよろしいかしら? 今日はわたくしとセドリック様から、お姉様に大切なご報告があるの」

「……報告?」


 きわめて平然とした様子で、妹のことを『お姉様』と呼ぶロレッタ。彼女は口調や、抑揚、話す速度まで、ほとんど完璧にペリューシアを真似ている。

 ペリューシアが小首を傾げると、ロレッタはお腹を擦りながらうっとりと目を細めた。


「――実は、この人の子どもを身篭ったの」

「…………!」

「だから祝ってくれるわよね? お姉様」


 それは、頭をがつんと殴られたような、あるいは脳天に雷が落ちたような衝撃だった。姉がペリューシアの身体で、ペリューシアが愛する人との子どもを授かったという現実が、にわかに信じられない。


 目を皿のように大きくさせ、全身を硬直させるペリューシアに、セドリックが追い打ちをかける。


「そこであなたにお願い申し上げたい。どうかこの屋敷から――出て行っていただけませんか? 妻と、お腹の子のために」

「なぜ……でしょうか」

「ご自分の胸に聞いてみては? 妊娠している妻にひどい嫌がらせをしたこと……忘れたとは言わせませんよ」

「わたくしはそのようなこといたしておりませんわ」

「……どこまでも白々しい人だ。妻が毎夜のように泣きながら僕に訴えてきたんですよ」


 嫌がらせの内容は、食べ物の中に虫や刃物を入れたり、廊下の途中で足を出して転ばせたり、暴言を吐いたり、など。


(そんなひどいこと、わたくしは絶対にしない)


 もちろん全て、事実無根。ロレッタの作り話だ。

 しかし、彼女は巧妙にも偽の証拠を作り、使用人を証人にしていた。恐らく自分で自分の食事に、虫や刃物を入れるなどしたのだろう。すると、ロレッタはしおしおと嘘泣きを始めた。


「お姉様がこの屋敷にいる限り、わたくしは安心して出産に挑むことができないわ。わたくしはどうなってもいいから、お腹の子どもだけは守ってあげたいの……っうう」

「泣くのはおやめ、ペリューシア。大丈夫だから。僕が傍にいるよ」


 わっと泣くロレッタのことを、セドリックが宥める。そして彼は、親の仇でも見るかのような鋭い目つきでこちらを射抜き、言い放った。


「彼女は初産でただでさえ不安がっているんです。僕は夫であり父親として、ふたりを守っていかなければなりません。このまま傷害罪として訴えられるか、大人しく家を出ていくかお選びください。これでも譲歩はしたつもりですよ」

「……」


 普段は温厚な彼の顔に威圧感が乗り、圧倒されたペリューシアは、喉の奥をひゅと鳴らす。


 セドリックからの他人行儀な敬語も、敵視するような目つきや態度も、今まで一度も向けられたことはなかった。セドリックはいつも穏やかで優しくて――大好きな人だった。


(――なのに。どうしてこんなことに)


 それなりに長い付き合いになるのに、セドリックは全く入れ替わりに気づいていないし、違和感も感じていない様子。

 俯きながら、きゅっとスカートを握り締める。


 作り上げられた冤罪によって、もはやペリューシアに選択の余地はない。それに、セドリックは婿入りし、ラウリーン公爵家の次期当主となる男。ラウリーン家の娘のひとりでしかないペリューシアよりも権力があり、彼の言葉は依頼ではなく――命令だ。


「分かり……ました。この屋敷から……出て行きます」


 掠れた声を絞り出すようにそう答えると、セドリックは安心したような顔を浮かべた。その傍で、先ほどまでしおらしげに泣いていたロレッタが、勝ち誇ったように口角を持ち上げていた。


よろしくお願いいたします。

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