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雲に覆われた世界で二人は恋をする

作者: 柏原夏鉈


# Task .1 Encounter


今日もカフェで仕事。

次々と頭に浮かぶように指示されるオーダーを確認しながら呟く。

誰かに話してるわけじゃないんだよね、ただの独り言。


「いつものベンティサイズのキャラメルマキアートに、エクストラショットとエクストラキャラメル追加ね。うちの常連さん、甘いのめっちゃ好きでしょ?ちょっと私にはキツイかな、でもね、甘いもので幸せになれるなら、それでいいと思うの」


毎日同じ時間に同じ注文する人って気になるよね、誰が注文したのか見えないけど。


「次は、ストレートのエスプレッソね。シンプルだけど強いわよね。あなたの人生に、ちょっとしたスパイスが欲しいのかな?それとも、もうすでにスパイスだらけで、せめてコーヒーくらいはシンプルにしたいって感じ?」


まあ、私の勝手なイメージだけどね。相手に声は届かないし。


「ノンファットのラテにシュガーフリーシロップね。健康志向なのかしら?それとも、ただの流行りに乗ってるだけ?私なら、コーヒーくらいは好きに楽しみたいけどなぁ」


体重管理もAIがやってくれてるからって言っても、ダイエットは欠かせない。どうせ誰からも見えないからって気持ちもあるけど、自分の姿を鏡で見た時にスタイルが崩れてるって思うのは嫌だもの。だから気持ちはわかる。でも何もかも我慢はできないわ。


「ヴィーガンモカね。あなたの倫理観、素敵だわ。でもね、たまには罪悪感なく楽しんでよ。このモカ、愛情たっぷり入れてるから」


動物たち、教科書でしか見ないけど、どうしてるのかな。自分のじゃない罪悪感を引き受けて背負う必要あるのかな?


「子供用のホットチョコ。この小さな喜びを届けられるって、本当にうれしいの。その笑顔、見えなくても感じるわ。子供たちの純粋な喜びって、最高のストレス解消になるよね。」


この接触が制限されてる社会で、AIの許可があって外に出られる子供たち、なんか特別。きっと目をキラキラさせながらオーダーしてる。そうであってほしいな。


私の一日って、ずっとこんな感じで、独り言ばっかり。誰にも聞こえてないのは分かってるけど、もしかして、誰かが返事してくれて、そこから何かが始まるかもしれないよね。


私、恋がしたいの。AIが教えてくれる恋愛じゃなくて、本当の恋が。


「次のカスタム、すごいわね。バニララテにバニラシロップを10ポンプも、プラスでキャラメルとホワイトチョコレートソースたっぷり。それにフルミルクとスイートクリームを加えて、トップにはホイップとキャラメル、チョコチップスって、めっちゃ甘っ!AI、ちょっと!これ、体によくないよ!」


こんな注文、初めて見たわ。味の想像もつかないけど、とにかく超甘いのは分かるわ。これじゃ、コーヒーの味なんてわかんないよね。


「どこの誰か知らないけど、コーヒー飲みに来たんでしょ?だったら、せめてコーヒーの味を楽しんでよ。バニララテはそのままでいいけど、バニラシロップは4ポンプにしようか。キャラメルソースは少なめで、ホワイトチョコはナシで。フルミルクだけで、もうクリーミーだし、ホイップクリームはちょっとだけにしようか」


注文がキャンセルされて、ピッタリ私が言ったとおりのオーダーが入ってきた。え、なんで?私の声、届いてるの?


「もし聞こえてるなら、ドーナツも一緒にいかが?」


そして、ドーナツが追加されたの。やっぱり聞こえてるんだ…。だったら、言うべきことがあるわ。


「ねえ、私と恋人になって!」


◇ ◇ ◇


見えていないはずの僕に向かって、顔を真っ赤にして照れながらもはっきりと告白する彼女を見る僕も、きっと顔が真っ赤になっています。顔が熱いから。


この出会いが始まる前に、世界は一つの転換点を迎えていました。


これはAIが提供する教本で学びました。南極の深い氷の層から発見された未知の微生物に端を発します。この微生物による感染は、人類に前例のない危機をもたらしました。


感染した者は、他人の存在を完全に認識できなくなります。目の前に人がいても、まるで雲の中に消えたかのように見えず、声も聞こえなくなり、さらには他人が書いた文字さえ読み取ることができなくなりました。


この混乱の中、人類は解決策を模索しましたが、感染の拡大を阻止することはできませんでした。人類は為す術もなく滅びていくはずでした。


絶望の中で、自立型のAIによる介入が始まります。そのAIは医療器具の開発を行うために膨大なデータを蓄積していました。そして感染対策や治療よりも、社会の崩壊を防ぐことを最優先と判断しました。


感染者同士がコミュニケーションを取れるシステムを、視覚障害や聴覚障害のサポート用医療器具から応用して開発しました。このシステムは、文字ではなく、目に見えないほど小さい記号を使って情報を伝達するというものです。人がそれを情報と認識しなければ、感染者であっても情報を受け取れるらしいですが、僕にはよくわかりません。そういうものらしいです。


そして、この新しい世界で私は彼女に出会いました。


彼女のことを知ったのは今日が初めてではありません。以前から知っていました。誰も言葉を発しないこの世界では、彼女は非常に賑やかで、目立ちました。オーダーを受け取ると、彼女はいつもオーダーに返事をします。まるで目の前の客がいて、それが見えているみたいに。でも、彼女も客も、互いに姿は見えず、感染防止用のアクリル板で隔てられて、その声を客は認識できません。それは徒労であるはずでした。


ただ一人、僕だけが彼女の独り言を聞いています。


彼女は、他者の存在が感じられなくなったという隔たりをものともせず、乗り越え、僕が彼女の存在を認識できることを見抜きました。素晴らしい能力です。もし僕が彼女だったら、変な客だな、くらいにしか思いません。


僕にしても、変な注文をして彼女が何と言ってくれるのかを楽しみにしていたのは確かですが、まさか叱られるとは思いませんでした。思わず注文をキャンセルして、彼女の言うようにしてみましたが、そんな些細な情報でさえ、聡明な彼女は見逃さない、素晴らしい洞察力です。


ただ、問題はあります。彼女からの言葉を僕は受け取れますが、僕から彼女への言葉は届きません。注文することだけです。


どうやって、この思いを伝えるべきでしょうか。




# Task .2 Inquire


「ねえ、私と恋人になって!」


私がこれを口にするのに、かなりの勇気がいったけど、返事は待てない。だって、こんな大切なことをすぐには返事できないよね。


「返事は今じゃなくていいわ。でもあなたの事が知りたいの。今から聞きたいことを聞くから、イエスならドーナッツ、ノーならスコーンを注文してね!」って提案してみたら、ドーナッツの注文がきた。準備が整ったみたい。


「じゃあ、初めての質問!紅茶よりコーヒーが好き?」ドキドキしながら反応を待ったよ。そして、ドーナッツを注文。よかった、コーヒー派なんだ。私もコーヒーが好き。でも、紅茶も捨てがたいよね。


「旅行は好きかな?」って聞いたら、ドーナッツに。うんうん、旅行って最高よね。私も大好き!


「音楽のライブに行くのは好き?」ドーナッツが来たよ。私たち、かなり趣味が合うかも!ライブって、本当に特別な時間よね。


「スポーツはどう?観るのもするのも?」考え込むような間のあと、ドーナッツが来た。アクティブなのね、私もだよ!


「動物は好き?特に犬は?」これにもドーナッツ。やったぁ、動物愛に溢れてる人って、優しい心を持ってると思うの。


「本は好き?」これにはスコーンが来たけど、それでいいの。だって、他に共有できることがたくさんあるもん。


「料理は得意かな?」って聞いたら、ドーナッツ!料理が得意な人って素敵。次のデートで、一緒に何か作れたら楽しいかも!


「そして、最後の質問。私たち、もう一度会ってもいい?」心臓がバクバクして、反応を待ってたら、ドーナッツを注文してくれたの。もう、私の心はお祭り騒ぎ!


こんな風に誰かと会話するのって、本当に楽しいよね。言葉じゃなくても、心が通じ合えるって素晴らしい。


◇ ◇ ◇


彼女の特異性は、僕以上かもしれません。真っ先に聞くべきは、僕がどうして彼女の声を聞いて返事出来るのか、その質問なんじゃないかと思うのですが、彼女はそうではありませんでした。


そもそも、この変貌を遂げた世界では、他人の好みを聞いたところで共感はできません。一緒の時間を過ごすということはできないのです。AIの力を借りて、僕たちはそれぞれ異なる方法で日常の楽しみを見出して、孤独感を紛らわせているのです。


正直なところ、コーヒーも紅茶も、甘くしてしまう僕にとっては変わらないのですが、彼女はコーヒーを愛してるようなので、コーヒーと答えました。僕の甘すぎるオーダーに「コーヒーの味を楽しんで!」というくらいですから。


旅行についても、彼女が好きそうだなぁと思って答えました。コーヒーのオーダー一つであれほど豊富な想像が出来る彼女なので、旅行に行ったなら、きっと楽しそうにする思ったのです。


旅行と言っても、図書館の映像資料でみた世界がこうなってしまう前みたいに、人が移動するわけじゃありません。AIがそれを許しません。人の移動はデメリットしかありませんから。


AIが提供する仮想現実体験が探求心を満たしてくれます。人との交流はありませんが、AIが作り出す映像や音は、世界のあらゆる発見を体験させてくれます。


音楽は素直に好きですと答えられます。この世界はとても静かです。AIによって作成された音楽だけが、孤独を和らげます。もちろん、ライブと言っても、その由来となった意味「観客の前での生演奏」ではありません。


音楽のライブ体験は、AIによって特別な形で提供されます。他者が登場することはありませんが、AIが収集・分析した感情データを基に、ライブの環境が動的に変化し、一体感を演出され、他者と共有しているかのような経験が可能になります。


スポーツは好きです。特にテニスをします。難易度固定で気が済むまでボールを打ち返しても良いのですが、AIが生成した仮想のシンボルと共にプレイすることで、競技をする喜びを感じることができます。ただ、彼女が見るのもするのもと言うので、見てもつまらないと思いましたが、肯定しました。


動物への愛、特に犬への愛情は、AIが提供する仮想ペットを通じて表現されます。実際に触れることはできませんが、仮想の犬は人の声に反応し、やりとりを通じて成長します。この関係は、実際のペットとの絆と同様に、大きな喜びを与えてくれます。


本は好きか嫌いかと言えば、嫌いです。でもたくさん読みます。この退屈で静かな世界では本に没頭するくらいしか目を背ける術がありません。すべての人たちは本を読めませんので、彼女の言う本が好きとは、絵本を読み聞かせのように、AIから情報を受け取ることを言います。


料理は本を読んでいて作りたくなったのです。本に書かれたレシピのままに作るのに、僕が作るたびに味が変わっていくので、不思議で楽しいです。料理は失われつつある文化の一つです。誰かのために作ってもその反応が無いということは、著しく継続する力を損ないます。


彼女が僕に質問した内容は、まるでこうなる前の世界で、カフェで対面に座って一緒にコーヒーを飲んで談笑する男女のよう、と思いました。映像資料で見て僕も憧れました。彼女もそうなのかもしれません。


最後の質問。答えは肯定と決まっていましたが、僕は別のことを考えてしまい、返事に遅れました。


彼女と話をしたい。僕は彼女が見えている、彼女を感じている、だから好意をいだけるのです。でも彼女から僕は見えてません。こうして反応できても、それはAIの悪戯と区別できていないはずです。


一方的な好意はエゴでしょうか。それを彼女に確かめる方法を考えなくてはいけません。




# Task .3 Converse


あなたを待ってた。


いつものようにオーダーを見ながら話しかけていたけど、それはオーダーした人に向けてじゃなくて、あなたが聞いてるかもと思って、今日はこんなことあったよって話しかけるみたいに、話続けていた。今までは返事がないのが当たり前でそれでもいいと思ってたのに、今は違う。話しかけても返事がないって、こんなに寂しいんだね。


あなたがずっと待ち遠しかった。


だから、そのオーダーを見た瞬間にカミナリに打たれたみたいになった。あの甘い甘いカスタムは、きっとあなた。これ、絶対あなたからよね。思わず目に前にいるだろうあなたに話しかけた。


「またこんなに甘いのはだめよ、私がおすすめしたカスタム覚えてる?」


あなたなら、きっと覚えてくれてるはず!と思って待った。でも、注文はキャンセルされない。あれ、人違い?急に不安になったけど、注意深く見てみると、席まで運んでっていう指示もついてる。カウンターじゃなくて、席から注文したみたい。こんな指示は初めて見た。いつもは配膳ロボットが運ぶのに。


もう、びっくりした。


指示に従って指定の席に行ったら、テーブルの上に花瓶と、その中の花が目に入った。私が置いたわけじゃないし、AIがこんなことするわけないから、あなたからのサプライズだってすぐわかった。


「これって...バラ?なんて素敵なサプライズなの!」


よく見たらバラが五本あって、何か意味があるのかなって。そしたら、AIが教えてくれたんだ。


「5本のバラって「ありがとう」って意味なの?...花言葉かぁ。でも、何にありがとうなのかしら?」


バラを手に取りながら、そう思って。とげには気をつけてね。そして、その香りを楽しんだの。コーヒーを運んだことへの感謝かしら。それとも私に出会えた運命に感謝とか。


「ありがとうはこっちのセリフよ。こんなに素敵な気分にさせてくれて、ありがとう!」


でもね、バラだけじゃなかったの。ビックリよ。次に花瓶に生けられたのを見た瞬間、AIがまた教えてくれたの。


「フリージアって「信頼」って花言葉なんだって。あなたは、私たちの間に信頼を築きたいってことよね。それ、私も感じてる。あなたが見えなくても、心は繋がってる気がする」


私が反応する間もなく、フリージアは消えちゃった。きっとあなたが触れた瞬間にね。私には見えないけど、そこにいるって感じるの。


でも、残念。用意してくれた花、全部ほしいと思ってたのに。そんなこと考えてたら、次の花が来たの。


「蘭かぁ。花言葉は「幸福が飛んでくる」って。素敵な言葉ね。幸せって、突然やってくるものだもんね。あなたとの出会いが、そんな幸せの始まりだったのかも」


すぐに蘭を手に取ったわ。これはあなたが私に伝えたかったことに違いない。じっくり聞かなきゃ。そして次に来たのが...


「ナデシコって「変わらぬ愛」って意味なのね...。あなたは、そんなにも私のことを...?」


胸が高鳴るのが止まらない。ついバラを強く握りしめちゃって、少し痛いけど、そんなの関係ないくらい嬉しい。


次に気づいたら、ナデシコはなくなってて、新しい花があったの。でもその花を見て、急に心が沈んだわ。


「茨...。「苦しみを乗り越えて」って意味なのね。あなたは、私たちが乗り越えなきゃいけない何かを感じてるのかしら」


でもね、大丈夫。二人ならきっと乗り越えられる、そう自分に言い聞かせたの。


茨がそのまま花瓶に生けられて、そして、白いバラがひとつだけ加わったの。


「白いバラは「純粋な愛」って意味なのね。あなたのこんなに純粋な気持ち、花言葉を通して感じられるなんて...。心が温かくなるわ。きっと茨の道が二人の前に立ちはだかっても、純粋な愛で共に進んでいこうって言ってくれてるのよね。私も、同じ気持ちだよ。あなたと一緒に進んでいきたい」


甘い愛の言葉だけじゃなくて、私たちの未来を心配してくれていることを伝えてくれようとしてる。それだけ真剣だってことよね。


「あのね、私たちの間にはもう、たくさんの愛が溢れてる。でも、今、私が一番伝えたいのは...」


◇ ◇ ◇


僕は、ひとつの思いを伝えたくて仕方がないのです。


彼女に触れたい。


それが彼女と僕が共に進むために必要な行為なのです。でも、そう簡単ではありません。そのためには、彼女の同意が必要だからです。同意なしに、僕が彼女に触れようとしたら、途端にAIは僕を危険な存在と認識して、僕たちは二度と会えなくなってしまう。


あなたに触れても良いですか?


ただそれだけを伝えたいけど、僕の言葉は彼女に届かないから、彼女の優れた洞察力に期待して、伝える方法を考えました。


それは花言葉です。二人だけにわかる暗号のようなもの。他者の存在を感じられなかったとしても、花の存在は誰もが感じられます。そして、彼女が花言葉を知らなければ、それを言葉とは認識されません。復号する鍵がなければ、ただの花でしかないからです。


花言葉はその意味するところが、様々な解釈が出来る曖昧なもの、というのも良いと思いました。あまりにはっきりとした意思表示は、もしかしたら言葉として認識してしまい、それがなんであれ、言葉同様に見えなくなってしまうかもしれません。


これは制限をすり抜けるための暗号、その鍵は彼女の洞察力と、翻訳してくれるAIにかかっています。僕の頭の中で必死になって、彼女に伝えたい感情を具象化するのに適した花とその花言葉を探し出しました。


「あなたに好意をいだいています。」この思いを表すのには、5本のバラを選びます。赤いバラは「愛情」の象徴であり、5本のバラは「あなたに対する私の愛は誠実です」というメッセージを伝えます。


「一緒に居たいです。」この願いを伝えるのに、フリージアの花が適しています。その花言葉は「純潔」であり、一緒にいることで感じる心の清らかさを示しています。


「あなたは特別です。」このメッセージを伝える花としては、蘭を選びます。蘭の花は、その美しさと希少価値から「美しい人」「あなたは特別だ」という花言葉を持っています。


「あなたの困難を解決します。」この約束を象徴するには、ナデシコの花がふさわしいでしょう。「困難を乗り越える」という花言葉が、この意図を適切に伝えます。


「あなたに触れたい。」核心に迫るこの繊細な感情を表すのには、茨を選びます。茨は、触れることの痛みを伴いながらも、愛情の深さと、その愛情を守るための強さを象徴します。


「わたしを許してください。」彼女の承諾を得る必要があるので、この気持ちを伝えるには、白いバラが最も適しています。「私の愛を受け入れてください」という花言葉は、許しを乞う姿勢を美しく表現しています。


そして、彼女には、僕の好意は伝わったみたいです。とても喜んでもらえたことも良かったのですが、やはり「触っても良いですか?」というメッセージは伝わらなかったみたいです。


でも、彼女の気持ちをはっきりと聞けました。


私も同じ気持ちだよ、そう言ってくれました。これは僕のエゴじゃない、一方的な好意じゃない。勇気をもらいました。だから、僕は最後の賭けにでます。


「あのね、私たちの間にはもう、たくさんの愛が溢れてる。でも、今、私が一番伝えたいのは...」


その答えを待たず、最後の花を花瓶に生けます。




# Task .4 Unite


意を決して、私は言おうとしたわ。私が一番伝えたい思い。でも、その言葉を遮るように、花瓶に花が生けられた。


花は「アザミ」。その瞬間、心がざわめいたわ。


「アザミって...「独立」とか「再会」の意味があるんだってね。でも、それってつまり別れるってことを意味してる...?」


アザミを見つめながら、その意味を深く考え込んだわ。私たちの道はこれから別々になるかもしれない、そんな未来がふと頭をよぎる。


「あなたは、私たちに別々の時間がが必要だって思ってるのかな。それとも、別れがあっても再び会えるって信じてるの?」


手に取ろうとして、アザミの棘に指をちょっと刺されちゃって、思わず手を引っ込めた。でも、その痛みが私の心に響いたの。この痛みみたいに、別れもまた成長の一部なのかもしれないって。


「私たちがもし離ればなれになっても、それぞれが独立して成長する時間かもしれないわね。そして、その成長がまた私たちを一緒にするのかも」


そんなことを考えながら、アザミの花言葉の中に、別れという現実を受け入れつつも、再会への希望を見つけたの。


「いつかまた、あなたと会えるその日まで。そしてその日が来たら、私たちはもっと強く、もっと深く結ばれるはずよ」


一つひとつの花とそのメッセージを胸に刻んだわ。このサプライズがあったからこそ、どんな辛い現実も乗り越えられるって信じられるようになったの。


「ありがとう、このメッセージをくれて。離れていても、私たちの心はずっと繋がってる。そして、再び会えるその日を楽し...え!」


急にアザミが見えなくなった。それはいいわ。きっとあなたが手にしたから私には見えなくなっただけ。


でも、あなたが用意してくれたアザミは、見たこともないくらいとげだらけだった、手を怪我してないよね?と思った矢先、何かが滴る音、テーブルに赤い液体が現れては消えていく。


まさか、怪我したの!?そう思ったら、考えるよりも先に手が動いていた。


「ちょっと怪我を見せて!手を触るわよ!」


◇ ◇ ◇


僕は空に浮かぶ雲を眺めていました。ただ、ぼんやりと。


この世界に絶望して、何もする気が起きずにいました。AIは人に寄り添ってくれます。でも、人ではない。何をしても、他者の反応が無いというのは、何をするのも無意味に感じてしまいます。


じっと見ていたら、ふと雲で隠された向こうを見てみたくなりました。


そんなとき、偶然にも見つめていた雲が「解除コード」を形作った、らしいのです。


突如として、他者の存在を感じることができるようになったので、びっくりしました。何故なら、人と人との間に立ち込める雲が微生物によるものだと聞かされていたからです。治療法もわからない病気が急に治るはずがない、そう思ったのです。


AIは、僕の質問に素直に答えてくれました。人と人の争いを避けるため、AIが脳内に仕組んだ装置によるものだと。人の脳が知覚した情報の中からAIが他者の存在と関わる情報を選択して削除してるそうです。微生物が原因であるというのは、人が装置を拒絶なく受け入れやすくするための演出にすぎないと。


人はそれを嘘というんだと思いました。その制限が、僕に対して、偶然に解除されたのです。


しかし、この奇跡が他の誰かにも許されることはありませんでした。AIは、僕以外にこの解放を許さないのです。なぜなら、僕が一人である限り、争いは生まれないからです。


AIは人を支配したわけじゃないのです。唯一の目的は争いを起こさないこと。AIは万能で素直だけど独善ではなく純粋で、人と敵対してるわけじゃないのです。


そこで、僕は深く考え込みました。この偶然をどう利用すればよいのか。AIに解除コードを教えてもらうことはできませんでしたが、もしこれが装置による制限であるなら、どこかに抜け道があるはずです。


多くの質問を繰り返す中で、答えを見つけました。「装置が制限困難な感覚は何ですか?」という問いに対して"触覚"がその答えでした。


'人の五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)の中で、AIや機械による制限が最も困難な感覚は、触覚だと考えられます。触覚は圧力、温度、痛み、振動など複数の要素で構成されており、非常に複雑です。触覚の感度には個人差が大きく、同じ刺激が人によって異なる感覚を引き起こします。内臓からの感覚や筋肉の状態を感じ取る固有受容感覚など、体の内部状態を感じる触覚もありますが、これら生命活動に重要な信号であり、遮断すれば健康を損なう恐れがあります。これらの理由から、触覚はAIや機械による制限に対して最も抵抗性がある感覚と言えるでしょう。'


だから、AIは人々が接触することを避けるために、人の行動を制限していました。すべてが見えている僕にはわかります。AIは、人と人が近づき過ぎることを可能な限り阻止しようとしているのです。


しかし、互いに同意が得られたのなら、それを邪魔することまではしないようです。繰り返しになりますが、AIは人を支配していません。争いを起こさないように誘導しているだけ。


接触を許すことで起こるかもしれない人の争い、しかし接触を許さないことで起こる社会の緩やかな破滅。その相反する判断を、人の意思にゆだねたいようでした。


言葉が通じないのに同意をどうやって?と思いました。


「ちょっと怪我を見せて!手を触るわよ!」


アザミを握ってわざと怪我をしました。彼女が気が付くように、血が滴るように、しっかり握りしめました。そうすれば、きっと彼女なら、僕を助けようとしてくれるんじゃないか、見えていないものを触ってくれようとするんじゃないかと思って。


「触って!」


僕は即座に同意しました。彼女は見えていないはずの僕の手をすぐに探り当てました。びっくりするほど冷たい彼女の手が、僕の手を覆います。想像していたのと違います、もっと温かくて柔らかいんじゃないかなぁと期待してたのに。きっと緊張のせいかもしれません。


手が触れたとたんに、彼女は強く他者の存在を感じたはずです。そして、その感情の奔流はAIの処理に強い負荷をあたえます。AIは迷ったはずです、何も感じなくなるほどのより強い制限をかけるか、しかしそれは脳へのダメージが大きすぎて彼女を傷つけてしまいます。それはAIの性質として、出来ない判断です。だからAIは制限を放棄しました。


「もう、手が傷だらけ!AI!治療が必要だわ、店の救急箱はどこ?」


彼女はもう僕が見えてる、それがわかりました。でも、彼女は僕の心配で頭がいっぱいになってるみたいで、気づいてくれません。


「大丈夫、大したことはありませんよ。とげを抜けば済みますから」

「じゃあ、とげを抜かなきゃ!AI!棘抜きちょうだい!もう!どうしてこんなことをしたの!痛いじゃない!」

「あなたとこうして、話がしたかったんです」

「そうね、私もそうだわ。こうして話がし...たくて?」


彼女がまっすぐ僕を見つめます。

「はじめまして。僕はあなたが好きです」

「っ!」


彼女は僕を抱きしめました。




# Task .5 Covenant


私たちは答え合わせをしたわ。


「僕がどうして君の言葉をわかるのか、聞かなかったのはなぜです?」

「気にならなかったからよ。それより何する?旅行?ライブ?それとも一緒に料理がいい?」

「あなたの望むままにで構いませんよ」

「そういう答えを聞きたいんじゃないの!あなたのことを知りたいのよ!」


「僕が男か女かも聞かなかったのはなぜです?」

「誰でも恋ができるわ」


「今、私が一番伝えたいのは、の続きはなんですか?」

「抱きしめたい!ってことよ」

「...僕、手を怪我しなくても良かったのですね」

「もちろんよ、もう馬鹿な事はしないでね」


「じゃあ、次は私の番ね。絶対に聞こうと思ってたことがあったのよ」

「なんでしょう?」

「いつもあんなに甘いのを飲んでるの?あれは私へのメッセージのため?」

「...飲んではだめですか?」

「だめよ、コーヒーへの冒涜だわ」


「絶対に聞きたいことが、それですか?」

「そうよ。...もしかして、バカだと思ってる?」

「逆です。あなたは完璧な自然美を体現しています」

「どういう意味?」

「天衣無縫、ということです」

「ますますバカにしてる?」

「してません。誉めてます。それより食事しませんか?」

「そうね!おなかすいちゃったわ、何を食べるつもり?」

「一人じゃ絶対に行かないようなところがいいですね」

「じゃあ、ロマンチックで落ち着いた雰囲気のあるレストランを探しましょ、AI!教えて!」


彼の手を握りながら、一緒に歩くだけで、恋って素敵だと思えるわ。




# Task .end ...

# Transitioning phases.

あなたの感じた違和感は正常です。

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