護衛任務は、やはり大変かも
一日目は、ビッグボアが一頭森から飛び出ただけだったし、見張りの間も、魔物も盗賊も襲って来なかった。
油断をしている気はなかったつもりだけど、楽勝かなと舐めていたのかも?
二日目、交易都市からかなり離れた辺りから、魔物がちょくちょく現れるようになった。
斥候の『草原の風』がほとんど討伐してくれるし、道まで出た魔物は『クレージーホース』のスレイプニルのキックでぶっ飛ばされ、ルシウスやジャスがぶった斬る。
私は、相変わらず矢を構えた時点で、討伐が終わっているから、主に解体要員になっている。
「今夜は、アルミラージとビッグエルクかな? どちらも好きだが、ビッグエルクの煮物も捨てがたい」
昼休憩、お茶とパンが配られたけど、私たちは海亀亭の惣菜パンを食べている。
日持ちするように堅焼きにしてあるけど、オリーブの実とドライトマトが入っていて、美味しい!
「ジャス、美味しそうなパンをたべているな!」
スレイプニルの世話を終えたクレアが目ざとく見つけた。
「これは、アレクのを分けてもらったのだから……」
いつも、ピシッと言うジャスがクレア相手だと、本当に歯切れが悪い。
「クレアもどうぞ」
日持ちすると言っても、早いうちに食べた方が美味しいからね。ナイフで切って渡す。
「ありがとう! アレク、星の海が嫌になったら、《クレージーホース》に入ったら良い。歓迎するぞ」
いや、スレイプニルは怖いから、それは無いと思う。でも、前世の日本人の曖昧な微笑みでスルーしておこう。
「クレア! スレイプニルをテイムできないと『クレージーホース』には入れないと言ったじゃないか!」
おっ、クレアとジャスの姉弟喧嘩かな? 言葉でも、クレアの瞬殺だった。
「まだ、そんな子どもの頃の事を愚図愚図言っているのか? お姉ちゃんと同じパーティに入りたいと泣いて暴れた時から成長していないなぁ」
まぁ、ジャスにも子どもの頃はあったんだろう。想像できないけど。
「アレクならスレイプニルも懐くだろう。あっ、浄水を出せるだけでは無いぞ。ジャスは、スレイプニルに対する愛が足りないから駄目なのだ」
私があげた惣菜パンを豪快に食べて、クレアは他所に行った。私は、スレイプニルに対する愛は無いと思う。懐くのは女神様の愛し子だからかも。
「俺だって、スレイプニルは好きだと思うんだけどなぁ」
愚図愚図言っているジャスをルシウスが笑う。
「お前の女好きに比べたら、スレイプニルはチラッと見た婆さんレベルの好きだな」
酷い言われようだけど、そうなのかも? だって『クレージーホース』のメンバー、本当に溺愛しているからね。
「まぁ、俺を乗せて走れるスレイプニルなんかいないから、良いんだけどよぅ! でも、やはり子どもの時の夢をへし折られたのは、トラウマになっているのかも? ああ、ルミエラちゃんに早く慰めて欲しいぞぉ!」
一瞬、同情し掛けたけど、やはりジャスは女好きだよ! それに『クレージーホース』のメンバー、大女と大男だけど、ジャスやルシウスよりは少し細いかな?
休憩は、そんなのんびりムードだったのに、出立して一時間ほど立つと『草原の風』も、『クレージーホース』も、ルシウスもジャスも警戒しだす。
私の魔法を使わない探索なんて、全く役に立たないよ。他のメンバーが警戒しているから、異常に気づくレベル。
「脳内地図!」と唱えたら、赤い点の集団が移動している。
もう少し道を進んだら、その魔物の集団とぶつかりそうだ。
「ヴリシャーカピ達が移動している! ここで止まって、気づかないで通り過ぎてくれるのを待つか、撃退するか決めてくれ!」
斥候から帰った『草原の風』のリーダー、シャムスがグレアムとハモンドが乗った馬車に駆け寄って判断を委ねる。
『クレージーホース』のクレア、『星の海』のルシウスも、駆け寄り、ひそひそと話している。
「なぁ、ヴリシャーカピって厄介な魔物なのか?」
カピって名前は可愛いよね? 北の大陸では聞いたことがない魔物だよ。
「あいつらは、巨大猿の下位魔物だが、本当に厄介なんだ。魔法攻撃もするし、集団で襲ってくる。その上に、荷物も荒らす。普通の魔物は、人間を食べる為に襲うだけだが、猿知恵があり、食料が荷馬車に乗っているのを知っているのさ」
護衛任務を受けた時に、ルシウスとジャスから魔物の大群に襲われた時の優先順位を叩き込まれた。
今回の一番優先すべきなのは、グレアムとハモンド! それと御者達。いざとなったら、荷馬車は放棄して、馬に被護衛者達を乗せて、避難する。
荷馬車は、後で取りに行ける状況ならば、そうする。そう、教えられた。
「ただ、本当に命の危険がある場合は、自分を護る事を優先するんだぞ! 依頼放棄で借金奴隷になったとしても、命が有ればなんとかなる!」
レッドウルフみたいな犯罪奴隷にはならないみたい。
これは、護衛任務を受けた時の条件だそうだ。でも、私は借金奴隷にもなりたくない。女とバレたら娼館へ売り飛ばされそうだから。
「ヴリシャーカピの魔法攻撃って?」
ジャスは顔を顰めながら教えてくれた。
「石を投げてくる。一つや二つなら問題ないが、集団だからな。当たると痛いし、少しの間、身体が痺れて動き難くなる」
ストーンバレットと痺れかな? 南の大陸の魔物は、色々な種類がいるし、魔法も使ってくる。
やはり、ダンジョンを制覇しないと、駄目なのかも?
「静かに待機することになったが……多分、気づかれるだろう」
決めたのは、グレアムとハモンドだけど、護衛のリーダー達は違う意見だったみたい。ルシウスは、襲われるのを待つより、先手必勝! って感じだよね。
「アレク、弓を構えておけよ! もたもたしていたら、ヴリシャーカピの軍団に喰われるぞ!」
肉食の猿、ちょっと嫌だなぁ。
こっそりとだけど、冒険者達は、いざとなったら荷馬車を捨てて、逃げる段取りをする。
「グレアムさんや、ハモンドさんは嫌がるだろうが『クレージーホース』が責任を持って二人は逃す。他の御者達は馬に乗せて、逃げてくれ!」
クレアも撤退戦を考えているみたいだけど、どうなるのだろう。ドキドキしてきたよ。




