神官殺しのアレク
ああ、嫌だ、嫌だ! 私が一番嫌いなのは、幼い子に性的虐待をする変態だよ。
ここで、神官を殺して犯罪者になろうとも、リリーをあんな目に遭わした奴を許してはおけない。
それにアイツは、リリーがショックで口も聞けなくなったのを『女神の呪い』だと言ったのだ。許しちゃおけない!
えええ、身体の中の魔力が膨れ上がっている。この怒りは、私だけのもの? それとも女神様の怒りも加わっているの?
「アレク! お前、魔法の暴走じゃないのか?」
ルシウスが心配している。
「感情のままに魔法を使ってはいけないと聞いたぞ!」
ふぅ、一呼吸して、怒りを逃す。
「あれは、何だ!」
後ろからついて来ていたジャスが教会の上に渦巻く黒雲を指差す。
「あれは、神官を捕らえている様だな」
近づくと、神官は涙を流しながら、自分の罪を懺悔していた。
「可愛い顔をしたリリーは、私を誘惑した魔女なのです。だから、私は誘惑に負けてしまったのです。魔女を焼き殺せば、平和が訪れます」
「どこまで自分勝手な変態なんだ! 女神様の裁きを受けろ!」
雷が神官の身体を焼き滅ぼした。その上に、教会にも八つ当たりして、燃やしちゃった。
その頃には、交易都市の多くの住民、冒険者達が教会があった場所に集まっていた。
このままでは、噂が噂を呼んで、リリーは魔女として焼き殺されるかもしれない。
一緒に逃げようか? それとも、私が犠牲になれば、この騒ぎは収まるのか?
「集まった人達、よく聞いてくれ! 亡くなった神官は、幼児を性的に虐待した上で、ショックを受けたのを女神様の呪いと謀ったのだ。それで、女神様の裁きが下ったのだ」
本当の事だけど、信じてもらえるかな? 今日、交易都市に来たばかりの若僧が言う言葉なんて!
全員が跪き「女神様ありがとうございます」と泣きながら唱えている。
その信仰の熱気が、私には眩しい。思わずよろめいたら、ルシウスが支えてくれた。
「何故、俺の言葉を信じたのだろう?」
手を振り払って、自分で立って考える。
「そりゃ、あんたが女神の愛子だからさ。髪の毛、伸びてるぞ!」
手にサラサラと当たる銀髪! 朝に切ったのに、夕方に元通りじゃん! あの苦労はどうなるのよ!
「これこそ、女神様の呪いだ! 苦労して短く切っても、伸びるなんて!」
ギョッとした顔のルシウスが、よく切れるハサミをプレゼントすると約束してくれた。
聞いてみると、あの神官、何人もの幼女に手を出していた。ショックで亡くなる子もいて、それを『女神の呪い』で済ませていたのだ。女神様も怒るよ!
リリーの身体の傷は治してあげられるけど、心の傷は残る。
「もう大丈夫! お兄ちゃんが、あの神官に罰を与えてくれたと、パパとママが教えてくれたから。女神様が何個も雷を落として、アイツが粉々になったと聞いたら、ホッとしたの。もう、あんなことはできないんだもん」
空元気なのかもしれないけど、強い子だ。
「リリー、この辛い思い出を取り出して、捨てても良いんだよ」
多分、私にはできると思う。
「ううん、良いの! 今でもビクッとする時があるの。男の人が近くにいたらね。でも、宿屋だから、男の人も泊まるわ。それに、こんどあんな目に遭いそうになったら、全速力で逃げて、大声で『変態がいる!』と叫ぶから」
「リリーは強いな。でも、少しだけ女神様の加護を分けてあげよう。好きな相手以外と、性的な関係を無理強いされません様に!」
祈りが届いたのか、天からキラキラと光がリリーの頭の上に降ってきた。
「これって、聖別なのでは?」
ルシウスが驚いている。
「リリー、教会で修道女になりたい?」
多分、女神様のお目に止まった子だから、何かギフトが貰えていると思う。
「ううん! 私はパパとママと『海亀亭』をやりたいの」
「そっか、それが良いよ! もし、教会が無理やり連れて行こうとしたら、女神様に祈ると良い。きっとリリーに良いようにしてくださるさ」
結局、タダで泊まって下さいと嘆願する亭主を説得して、半額にして貰った。半額でも、実は財布に厳しいけどね。
海亀のスープは、美味しいし、ルシウスからは、よく切れるハサミをプレゼントして貰った。
ぼんやりと幸福感を味わっていたけど、私って神官殺しの重罪人なんじゃ? いや、神罰を下したのは、女神様だよね。
兎に角、防衛都市に早く行こう。目立ち過ぎたからね。




