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I do all!  作者: 天音 ユウ
1st Season - Brand New Duo
9/50

第三話 ファーストユニット#C

 十三時半ごろ、昼食を終えた月乃とひとみは、店先で先刻撮った写真をSNSに投稿していた。


「結構、反響あるわね」

「うわ、すごい反応……ファンのためにも、プライベートな投稿増やしてみたらどうですか?」


 元々のフォロワー数に数百の差があるとはいえ、ひとみと比べて月乃の投稿に対する反応は速度も数も大きく違った。普段はしない投稿が急に上がってきたということもあり、喜びの声が多く見られる。

 しかし、月乃はなんとも言えない顔で通知を切るとスマホを鞄にしまった。


「あ」

「こういうの、嬉しくないわけじゃないけど……出かけてるのに通知が止まないのは、ちょっと」


 ちょっと、の後に何か言いかけたのか、月乃は押しとどめるように口を噤む。何か言ってはいけないことを言いかけてしまったようだった。

 行きましょ、と取り繕うように短く言って月乃は歩き出す。ひとみも、苦笑してからその後を追った。


「次に行きたいところとか、あるの?」

「次は、少し月乃さん次第になるんですけど」


 何か濁らせたような言葉に、月乃は思わず顔を向ける。ひとみは返答に期待しないような、少し弱い口調で訊いた。


「月乃さん、ゲームとかって、やります?」


 問いかけてからしばらく、二人の姿は近場のゲームセンターにあった。

 所狭しと並ぶ色とりどりの筐体と、そこから発されるバラバラの音が織り成す喧騒。およそ二人には似つかわしくない場所を、なぜひとみは選んだのだろうか。


「正直、ここだけは来てくれないと思ってました」

「そうでもないわ。兄がゲーム好きだから、子供の時からよく来てたし。学校の友達ともたまに来るもの」

「えっ、お兄さんいるんですか?」


 言ってなかったかしら、と返されたひとみは思わず手と首を振る。

 月乃がゲームセンターに来る、ということよりも、兄がいるという情報の方がひとみにとっては大きな衝撃だった。プロフィールにあるような情報であれば大概は記憶しているが、家族構成までは書かれていないため知る由もなかったのである。

 一階、クレーンゲームのフロアを歩いて回りながら、今度は月乃が切り出す。


「ひとみもイメージないけど、よく来るの?」

「私もたまに、ですけど。あー……学校の友達、今は高校上がったばっかりなんで、中学の友達とかと」


 会話しながら階段を上がり、フロアを移動する。子連れの客が行き交う、メダルゲームをはじめとした大衆向けゲームのフロアに着くと、ひとみは一度立ち止まった。


「普段はどんなので遊んでるんですか?」

「そうね」


 尋ねられた月乃はしばらく歩いて立ち止まる。その視線の先には、ガンシューティングゲームの筺体があった。

 追ってきたひとみは、それを見て呆気に取られたように口を明け、急いでメモにとる。


「なんていうか、すごく意外です」

「友達と来る時は基本的に見てるだけなの。自分でやる時といえば、だいたい兄と競い合ってたわ」


ややチープにも見えるプラスチック製の銃を手に取り、月乃は得意げに微笑む。


「私と、競ってみる?」


 その顔つきを見るに、相当な自信があるのだろう。ここに来て、月乃も興が乗ってきたようだった。

 ひとみはそんな様子を見て口角を上げ、勇ましく一歩前に出る。


「お手合せ、願います!」


 それからたっぷり二時間ほど、二人はゲームセンターを満喫した。カーレースに興じ、ダンスゲームのスコアを競い合い、クレーンゲームでジャンボサイズの駄菓子に挑んでは敗北し、自分では触れたことがないという月乃がプリクラの扱い方を享受するなど、濃密な時間を過ごした。

 十五時過ぎ、外へ出たひとみは満足そうに伸びをする。


「ん~っ! こんなに色々遊んだの、久しぶりかも」

「私は初めてよ。意外だったけど、いい選択をするわね」


 互いに顔を見合わせ、どちらからともなく微笑む。この数時間のうちに、少しずつ息が合ってきたようだった。

 ひとみはスマホを取り出し、現在の時刻と予定表を確認する。夏が近づきまだまだ明るい時間帯ではあるものの、学校の課題や仕事の自己研鑽もあって今日は夕飯より前に帰ることにしていた。


「それじゃあ、時間的に次で最後になるんですけど」


 そう切り出して、ひとみは歩き出す。隣を歩く月乃が目的地を訊ねると、嬉しそうな笑顔で言葉を返した。


「この前、コーヒーとケーキが美味しそうな喫茶店を見つけて。一度行ってみたいと思ってたんです!」

「……喫茶店?」


 それを聞いた途端、月乃の顔つきが笑顔から懐疑へと変わる。彼女の中で、あるひとつの疑念が生まれた。ひとみについて歩いていくうちにその疑念は段々と濃くなっていき、やがて彼女が足を止めたところでそれが確信に変わる。

 そこには、三階建て住居の一階を改装して造られた、洒落た雰囲気の喫茶店があった。


「ここです。『Vœu étoile』さん、フランス語で」

「『星に願いを』でしょ……はぁ」


 言葉を遮ったうえで溜め息をつく態度の変化に驚き、ひとみは恐る恐る尋ねる。


「もしかして、このお店に何かあるんですか?」

「別に、そういうわけじゃないけど」


 月乃は煮え切らない様子を見せ、見るからに困った様子で答えた。


「ここ、私の実家なのよ」

「えっ!?」


 声を上げて驚くひとみをよそに、月乃は前に出る。


「まあ、ちょうどいいわ。帰る手間も省けるし、他の店ほど気張らなくていいでしょ。少なくとも、あなたはね」


 そう言って扉を開けると、中には二人の従業員がいた。一人は三十代後半くらいだろうか、眼鏡の下に活気ある顔つきをしたロングヘアの女性、そしてもう一人はパーマをかけた髪に整った顔が印象的な大学生くらいの男性。客らしき姿は見当たらなかった。

 女性の方が、開いた扉にすぐ反応し声を上げる。


「いらっしゃ―――って月乃! おかえり~、だいぶ早かったんじゃない?」

「帰りたくて帰ってきたわけじゃないの」


 不機嫌そうに返す月乃の後ろから、ひとみは縮こまった様子で入店し軽く会釈する。


「初めまして、栞崎ひとみと言います」

「事務所の後輩。偶然気になった店がここだったそうよ」


 それを聞いた女性は、手を合わせながら嬉しそうに笑って自己紹介をする。


「そっかそっか~! ひとみちゃんね、よろしく! あたし、月乃の伯母の天宮麻季ね! ここの店長!」

「あ、伯母さんなんですね」

「母親にしては似たところが少なすぎるでしょ」


 冷淡に返しながら、月乃は窓際の席に荷物を置く。ひとみも倣って同じ席につくと、男性がカウンターから出てきてひとみに声をかけた。


「妹がいつもお世話になってます」

「えっ、いえ、そんなお世話だなんて」

「太陽」


 倍増しで不機嫌そうな声を出す月乃に、太陽と呼ばれた男性は別のテーブルに腰掛けながら笑う。


「いやいや、コイツめちゃくちゃプライド高いし、チョロい癖に変なとこで扱いづらいし機嫌コロコロ変わるし。朝から相手してんの疲れたでしょ?」

「太陽」


 目に見えて怒る月乃を全く意に介さず、太陽はひとみにメニューのある場所を指さした。


「俺、月乃の兄の天宮太陽ね。メニューそこにあるから、何か飲みなよ。月乃が奢るんだろ?」

「邪魔」


 手で払いのけるような仕草をされ、やっとのことで太陽は笑いながらカウンターへと戻っていく。

 どこかいたたまれない気分のこみ上げてきたひとみは、ひとまずメニューを手にとった。


「えーっと、その……おすすめとかってあります?」


 月乃がメニューを覗き込み何か言う前に、カウンターの方から太陽の声がする。


「そいつ普通のコーヒーしか飲まないからわかんねーと思うよ。今週のオススメはカフェモカとチーズケーキ」

「カフェモカで思い出した! 最近あの同期の子もよく来るじゃない、ほらあの子、稔ちゃんだっけ? カフェオレ飲みに来る子!」

「は!?」


 稔までここに通っている、という情報を一切知らなかったらしく、月乃は声を上げて立ち上がった。太陽と麻季はそんなことを全く気にせず会話を続ける。


「麻季さんさ、それ言わない約束じゃん」

「いいじゃない後輩連れてくるぐらいなんだから! 今更よ今更。何ならほら、ここを秘密基地として提供してもいいもんあたし。月乃の仕事仲間なら五パーオフとかで」


 自分を蚊帳の外にして繰り広げられる会話のせいか、稔の件について説明がないどころか秘密にされていたせいか。月乃はどう贔屓目に見ても怒っている。少なくとも、ひとみにこの空気を見せたくなかったのであろうことが容易に想像できた。

 わなわなと震える月乃を見て、ひとみは危険なものを感じ取り慌てて声を張る。


「じゃ、じゃあ私はカフェモカお願いします! 月乃さんは、どうします?」


 月乃はひとみを一瞥すると、長く息を吐いてから座り直す。そして、相変わらず不機嫌ながらも少し落ち着いた口調でカウンターへ声を投げかけた。


「麻季さん、私はいつもので」

「はいはい。すぐ出すよ」


 数秒間の沈黙が流れたあと、月乃はふてくされた顔でひとみに向き直った。


「だいたい、いつもこんな感じなの」

「賑やかなご家族ですね」


 それから数分後、二人の元にカフェモカとコーヒーが運ばれてくる。月乃は仕事の話をするからと適当な理由をつけて太陽を追い払った。

 ひとみはカフェモカのカップを手に取り、一口飲む。少量のエスプレッソにミルクとホイップが混ざったものが、僅かにチョコレートの香りを連れて喉へと流れていった。


「おいしい……」


 思わず口に出してから三人の視線を一手に集めていることに気付き、ひとみは頬を赤らめて口元を拭いた。

 ひとつ息を吐いて、ひとみの表情が真剣なものになる。


「月乃さん。今日の本題、話してもいいでしょうか」


 その真っ直ぐな瞳と言葉で、月乃もこの先何を言われるのか察する。

 遊んでいた段階あたりから半ば忘れていたことを悟られないよう、真剣な顔で頷き返した。


「予想はついてたと思うんですけど、今日月乃さんを誘ったのは、私とユニットを組んで欲しいからです」


 初めに結論を言って、ひとみは話の方向性を示す。月乃はそれ自体には驚かず、コーヒーを一口飲んでから答えた。


「どうして私を選んだの? あなたなら誰が相手でも高い実力を発揮できる、それこそ稔だっていいはずよ」


 ひとみは誠実な努力家、誰と組んだとしてもその成果が揺らぐことはないだろう。仕事仲間として見ても、これからライバルになると見ても月乃からの期待値はかなりのものだった。

 だからこそ、どうして自分を選んだのかを月乃は知りたかった。ひとみであれば、そこに確たる理由があるだろうと思っての発言だった。

 視線を外さずに、ひとみは答える。


「いえ、月乃さんじゃないと駄目なんです。私……絶対に、ましろに勝ちたいんです!」

悠姫(ゆうき)さんに?」


 意外な言葉が飛び出してきたことで、月乃は表情を変え置いたカップから手を離す。ひとみは膝の上で強く拳を握り、言葉を続けた。


「ましろは、昔から人を惹きつけるタイプで、抜けてるようで大概のことはそつなくこなして……私は、ずっとそれが羨ましかった。だから、ましろがアイドルになるって決めた時思ったんです。これ以上、ましろに差をつけられたくない、負けたくないって。だから私、アイドルになったんです」


 語られたそれは、劣等感。普段のひとみであれば絶対に口にしないような、幼馴染に対する嫉妬の感情だった。予想だにしていない強い感情の吐露に、月乃は言葉を失ったように黙り込む。


「私は、ましろの友人で終わりたくない。自分の人生に胸を張れるようになりたい。だから、今回の話はまたとないチャンスなんです。アイドルとして真正面から戦って、ましろに勝ちたい……だから、月乃さんじゃないと駄目なんです」


 だから、という言葉が月乃の中で何かに引っかかった。実力や成績、相性といった点でも受け取ることのできる言葉だが、それ以上の何かが込められているように聞こえたのだ。

 ひとみは一度呼吸を整えカフェモカを口にしてから、意を決したように言葉を紡ぐ。


「月乃さん、ましろのこと苦手ですよね」


 核心を突くような一言に、月乃は黙って目をそらす。彼女自身、悟られたくないことでもあったために返す言葉が出てこなかった。


「あ、別に責めてる訳じゃないんです。ましろ、そういう勘違い受けやすいですし」


 気まずそうな顔を見て、ひとみはフォローを入れる。

 悠姫ましろは、決して努力を怠るような人間ではない。高いセンスをしっかりと実力として伸ばしながらアイドル活動に励んでおり、その努力は紛れもない本物だ。しかしながら、彼女の問題とする点はその態度にある。決して暗い表情を見せることがない、と言えば聞こえはいいが、その実「真剣な表情を見せることもない」というのが月乃にとって苦手意識に繋がるものだった。

 事の発端は、ましろたち一期生が入ってしばらくのこと。後輩のレッスンを見学に行った月乃が見たのは、トレーナーの指示に対し真剣な返事が飛ぶ中で、一人だけ笑顔で間延びした返事をするましろの姿。それを見て、努力する姿勢で他者を評価する月乃の中で強い拒絶反応が起きたのだった。

 以来、月乃は意識的にも無意識的にもましろを避けるようになり、早い段階でそうなったこともあって、二人は未だに一対一で会話をしたことがない。ともすれば不和の種ともなりかねないことは重々理解しており、周囲には悟られないよう努めていたつもりだった。

 表情を曇らせる月乃に対し、ひとみは穏やかな顔で胸に手を置く。


「十年も一緒にいるから、わかるんです。ましろに勝つなら、妥協なんて一切できない。だから、誰よりも高い実力を持つ月乃さんじゃないといけない。それに、月乃さんがこのオーディションでトップを目指すつもりなら、少なくともうちの事務所における最大の敵は、きっとましろになります」

「……随分と悠姫さんを買ってるのね」


 口調の中に、少しの怒りが混ざっていた。ひとみの信念も強い動機も理解できたが、それでもましろが最大―――恭香や稔を超えて立ちはだかると断言されるのは、月乃にとって我慢ならない部分であった。

 鋭さを持った視線にも怯むことなく、ひとみは悲しげに笑う。


「はい。ましろはふわふわしてるから、私がいないと駄目だから……そう思っていて、何度出し抜かれたかわからないですから」


 そう言ったひとみの声色は、悲しみとも、怒りとも取れる強い感情が込められていた。月乃は、目の前に座るひとつ年下の少女に、どこか気圧されるほどの情熱と葛藤を見た。

 なるほどね、と呟き、月乃は再度コーヒーを口に含む。自分の気持ちとは裏腹にゆっくりと温度を落としていくその味に、思わず眉をひそめた。


「あなたの言いたいことはわかったわ。納得もできた。私とやるって言うなら、妥協は許さない。悠姫さんは勿論、他のどの事務所のアイドルだろうと、一緒に働く仲間だろうと、全員を黙らせる最高のパフォーマンス……それを目指す覚悟はある?」

「当然です。ましろに勝って、その先で頂点を取る。そのためなら、できることは全部やります」


 即答。その切り返しに満足したのか、月乃も口角を上げて頷く。実際のところ、ただ漠然とトップに立つ、という目的しかなかった月乃にとっても、身近な対象を見据えて努力するひとみの存在は視野を広げるに足るものだった。

 おもむろに立ち上がり、右手を差し出す。既に心は固まった。


「よろしく、ひとみ。二人でトップを取りましょう」

「はい!」


 ひとみも立ち上がり、差し出された手を握る。二人の視線が重なりあい、互いに強く頷いた。

 すると、ひとみはすぐに座り直して鞄から封筒とペンを取り出す。


「それじゃあ、申請書ここで書いちゃいましょうか。右城さんからもらってきてるんです」

「仕事が早いわね」


 驚きながら月乃も腰を下ろし、冷めないうちにコーヒーを飲み干しておく。


「ユニットの名前、自分たちで候補を出してもいいみたいですよ」

「そうなの? それじゃひとつくらいは出しておこうかしら」


 書類にペンを走らせながら話す二人を見て、麻季と太陽は密かに顔を見合わせる。

 少しずつ、陽が傾き始めていた。



「ふいー! 走ったー!」

「けっこ頑張ったんじゃない?」


 時刻が夕方に差し掛かるころ、約二時間のランニングを終えた彩乃たちは運動後のストレッチを行っていた。

 あくまで気楽に、と決めて走っていたこともあって、汗をかいていても激しく息を切らすものは見られない。


「そういやさ、深冬はユニット組む相手とか考えてるん?」


 体側を伸ばしながら、弦音が深冬に問いかける。深冬も、脚の筋肉を伸ばしながら答えた。


「と、特には、考えて、ない、です。誘う、の、苦手、です、から」

「そっかそっか、まームズカシー話だよねぇ」

「ほんとだよー、期末までには決めちゃいたいけどなぁ」


 彩乃が何気なく発した言葉で、弦音が不満を顔に出す。


「それ言うのナシじゃね? あーし中間も考えたくないんだけど」

「仕事ばっかりもしてらんないよねー」


 話しながらストレッチを終える頃、深冬以外のポケットに入ったスマホが震える。見てみると、寮母からの連絡だった。


「周防さんだ」

「そろそろ恭香ちゃんたちも帰ってきますしね。ランたちもお夕飯の準備をしなければ」

「深冬も寮でご飯食べるー?」


 弦音の問いかけに、深冬は小さく首を振って答えた。


「い、いえ、お家、で、食べま、す。ママ、待ってます、し」


 そう言うと、深冬は頭を下げて帰路につく。その背中を見送ってから、彩乃たち三人も寮へ向けて歩きだした。


「帰り競争する?」

「ダメですよ彩乃ちゃん。この時間、事務所の前は人通り多いんですから」

「あーし今日はもー走りたくなーい」



 陽の光が赤くなり始めた頃。ユニットの申請書を書き終えたひとみはVœu étoileを出ようとしていた。


「今日はありがとうございました。カフェモカ、美味しかったです」

「こちらこそ! 今後ともご贔屓に!」

「気軽に来てよ、サービスするから」


 太陽に続いて別れの挨拶を言おうとした月乃の背を、麻季が叩く。


「っ、なに?」

「何ってあんた、駅まで送ってってあげなよ?」

「お前そういうとこ薄情なんだよ、仕事仲間大切にしろよ」


 口々に痛いところを突かれた月乃は何か言い返そうとしたが、実際送っていくつもりが無かったのは事実なため何も言えず口を噤んだ。

 店を出て、来た道を戻るように歩く。先の会話でやや不機嫌な月乃とは対照的に、ひとみは上機嫌だった。


「機嫌いいのね」

「はい。月乃さんのこと、たくさん知れた一日でしたから!」


 満面の笑みで返すひとみを見て、月乃も表情を緩める。


「そうね。私も、あなたのこと色々知れて楽しかったわ」

「そう言ってもらえると、誘ったかいがあります」


 二人は会話を弾ませながら、駅までの短い道のりを歩く。朝よりも輝いて見える景色は、夕日だけのせいではないのだろう。


 そして、翌々週。SNSで「重大発表」と銘打って行われるイベントに、都内の劇場には五十人近い数の観客が入ってきていた。うち七割ほどが月乃のファンで二割がひとみのファン、残りの一割がどちらにも属さないその他の客といったところだ。

 一人での公演では中々見ない数の客数を見て、舞台袖でひとみは落ち着かない様子を見せている。

 月乃は軽く息をつくと、ひとみに向けてハイタッチを待つように右手を立てた。


「心配することはないわ。私たちなら、大丈夫よ」

「……そうですよね。それじゃあ、行きましょう!」


 二人は舞台の上に並び、ファンたちへ向けて手を振る。その様子を、舞台袖から左枝と後藤が見ていた。


「無事口説き落としたみたいじゃん、ひとみん」

『重大発表ですが、私たち、デュオユニットとしての活動を始めます!』

「うん、あれなら安定したユニットになると思う。いい名前も考えてくれたしね」

『これからは、私たち二人で―――』


 左枝の手元にある申請書、そこに書かれたユニット名を、二人は高らかに宣言した。


『”Luminous Eyes”です!』

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