第三話 ファーストユニット#B
数十分後、紙袋を下げた月乃はひとみと共に店を出ていた。お互いに好みのファッションスタイルについて話していたところ、ひとみからボトムスをワイドシルエットのものに変えて、より大人っぽく見せるのはどうだろうと提案され、相談の末に一着のジーンズを購入したのだった。
既に時刻は昼時であり、周囲で買い物をしていた女子高生らからも、どこで昼食をとろうかといった会話が聞こえてくる。
「ちょうどいい時間ですし、お昼にしましょうか。何か食べたいものありますか?」
「そうね。選んでもらったところだし、次は私が決めようかしら」
そう返すと、月乃はスマホを取り出し近くの飲食店を探し始める。その横顔を見ながら、ひとみは安堵の表情で微笑んだ。
やがて、目当てのものが見つかったのか月乃はスマホの画面をひとみへと向ける。
「前に、稔と行ったパスタ専門店があるの。ここからだと少し歩くけど、どうかしら」
画面に撮された店は外観・内装共に綺麗で洒落たもので、月乃と稔のイメージにもぴったりと当てはまるような場所だった。
ひとみはそれを見て、嬉しそうな顔で大きく頷く。
「ぜひ!」
「決まりね」
微笑み返すと、月乃は先導するように歩き始め、ひとみもその後に続いた。
複合施設を出て、通りを歩く。人通りは少なくないが、決して多くもない。ひとみは少し先を歩く月乃に問いかける。
「お住まい、この辺ですよね。昔からですか?」
「いいえ、中学から。と言っても、電車で二十分くらいの距離を引っ越しただけだから、あんまり変わらないけど」
他愛もない話をしながら、歩みを進める。南に昇った陽が照らす通りは若い女性で賑わっており、和やかな空気を生みだしていた。
「ひとみは普段、こっちの方に来るの?」
「いえ、事務所を挟んで反対の方ですから。初めて来ました」
しばらく歩いたところで、月乃が足を止める。白を基調とした、シンプルで洒落た店構えのパスタ専門店がそこにはあった。中では女性客や若いカップルが幸せそうな顔で食事している。
昼時であったが幸いにも数席のテーブルが空いていたようで、すんなりと座ることができた。
「どれにする?」
「そうだなぁ……あ。じゃあ私、このたらこのクリームパスタにします」
「私はカルボナーラで。注文するわね」
店員を呼び、注文を済ませる。ひとみはハットを荷物入れに置いてから、スマホ片手に髪型の崩れを少し直した。
静かなBGMと話し声に包まれ、二人の間に少しの沈黙が流れる。周囲に客が多いため大っぴらに仕事の話もできず、月乃も肝心なことを切り出せないでいた。
「月乃さんは」
「なに?」
唐突に切り出され、思わず食い気味に返してしまう。少し驚いたひとみを見て、内心で恥じらいながら続けて、と促した。
「来年もう受験ですよね。進路って決まってるんですか?」
「進路? 一応、大学には行くつもりだけど……どこに行くかまでは」
完全に素で返答してから、なぜそんなことを聞くのかと疑問が追いつく。ありきたりな会話であることは間違いなく、ひとみの性格を考えれば既に進路のことで悩んでいても不思議ではないが、どこか引っかかる感覚があった。
もしかすると、今日ひとみが月乃を呼び出したのはユニット結成の打診をするためでなく、それに値するのかを審査するためでは―――
「お待たせしました、こちらクリームパスタのお客様」
「私です」
店員の声で我に返る。月乃の前には、メニュー通りに綺麗に盛り付けられたカルボナーラの皿が置かれていた。
余計なことを考えるのはやめよう。そう思い直しフォークを手に取る。
「あ、写真撮ってもいいですか? せっかくだし投稿しようと思うんですけど」
「え、ああ……そうね」
置いていたスマホを手に取りテーブルの上を撮影するひとみを見て、月乃もふと足元の鞄からスマホを取り出す。そしてカメラを起動し、あれこれと角度や向きを変えてからひとみの顔を覗いて言った。
「ねえひとみ、そういう写真ってどう撮ったらいいのか教えてもらえるかしら。稔も恭香もそういうことしないタイプだし、わからないの」
「ああ、確かに。二人共、一人で食べる時の写真しか上げてないですもんね」
―――待って、一人の時は写真撮ってたの?
密かにカルチャーショックを受けた月乃だったが、同期のSNSを見ていないと悟られないためにも顔には出ないよう努める。
ひとみは立ち上がると月乃の隣に来てスマホを覗き込み、簡単に何点かの指示を出す。言われた通りの画角で写真を撮ってから、月乃はしばらく黙り込んだ。
「どうしました?」
「普段、仕事の話しか投稿してないから……どういう文言で上げればいいのかしら」
「うーん、それは食べてから考えましょうか」
☆
「お、彩乃。どっか行くん?」
タレント寮玄関。早めの昼食を終えてしばらくが経ち、スポーツウェア姿で外出しようとする彩乃を弦音が呼び止める。
「うん、走り込み。蘭子と深冬も誘ってるけど、来る?」
「めっちゃマジメじゃーん! あーしも行くかぁ」
着替えっから待ってて、と言い残して弦音は部屋へと戻っていく。そのすぐ後にジャージ姿の蘭子が、更に数分後にレッスンウェアへ着替えた弦音が揃い、三人は寮を出た。
寮から歩いて二十分ほど、川沿いのジョギングコースに着くと、既に深冬がストレッチを初めているところだった。
「深冬ー!」
「あ……!」
こちらに気付いて小さく手を振る深冬に、弦音が抱きついて頭を撫でる。ひとしきり撫で回したあと、あることに気がついた弦音は深冬の顔を覗き込んだ。
「あれ、クーちゃんどした? 体調悪いん?」
「あ……今日は、一日、お風呂の、日なので……日光浴、してます」
お風呂、つまりは洗浄して乾かしているため、この場にクーちゃんはいないようだ。なるほどと頷く三人に目をやってから、深冬は蘭子を指さす。
「あの、蘭子さん、それ」
「お、わかります? 実は先日届いちゃって、せっかくだから~と!」
実は、蘭子の着ているジャージはアニメのファンアイテム。レッスンで使えるものだからとアイドルとして稼いだ給料で買ったものだった。
何の話をしているのか、弦音と彩乃はまったく理解できなかったが、二人が楽しそうに笑い合っているのを見て、顔を見合わせて笑った。
深冬に続く形で全員がストレッチを始め、コースに立つ。
「いつものレッスンじゃないし、ゆるくやってこうか」
「おけ、かるーく音楽聴きながらでいっしょ」
弦音はポケットから有線イヤホンを取り出し、会話ができる程度の音量で音楽をかける。それを見た彩乃たちも同様に、思い思いの音楽をかけ始めた。
そんな折、偶然にも深冬のスマホが目に入った弦音が、勢いよく深冬に顔を寄せる。
「いい曲聴くじゃ~ん! 好きなん?」
「ふぇっ、ぁぅ、は、はい」
驚きながらも肯定を返した深冬に、弦音は満足そうに頷くと今度また話そ、とその頭に手を乗せた。
四人はペースを合わせて軽い調子で走り出す。川面に反射した陽の光が、その背を優しく照らしていた。