第三話 ファーストユニット#A
五月の某日。天宮月乃は、いつも使う駅……に入ることなく、駅前ロータリーの日陰でスマホ片手に立っていた。鋭く突き刺す陽の光と、往来を飛び交う話し声がやけに煩わしく思える。
連休の翌週ということもあってか、土曜日であるにも関わらず、道行く人の数は普段に比べればそう多くない。ここが東京である以上、彼女もあえてゴールデンウィークを外したのだろう。
前髪を整えながらそんなことを考えていると、駅を出てこちらへ向かってくる足音が聞こえる。顔を上げれば、この日月乃を呼び出した張本人であるひとみが歩いてきていた。
「おはようございます、月乃さん。早いですね」
「家が近いだけよ、おはようひとみ」
気温の上昇が気になる季節、ひとみは薄手のブラウスに丈の長いフレアスカートという出で立ちで、バケットハットを軽く被りレンズの大きい伊達眼鏡と所謂大人ガーリーなスタイルの風貌をしている。
一方の月乃はカットアウトの入った半袖のリブTシャツにスキニージーンズという、清涼感あるシンプルなカジュアルファッションのスタイルだった。
「結構着飾るのねあなた。ちょっと意外かも」
「お互い、制服が多いですからね。月乃さんがパンツスタイルなの、初めて見たかも知れません」
「私服はほとんどこっちよ。制服以外でスカートなんて、滅多に履かないし」
互いのファッションについて取り留めもない話をしながら、二人は揃って歩き出す。
ひとみが月乃に声をかけたのは、月の境目ごろだった。
『二人で遊びに行きませんか?』
月乃としては、ユニットの誘いが来るものかと身構えていたばかりに肩透かしを食らったような気分になってしまった。しかし、考えてみれば複数人で出かけたことや同じゼロ期生である恭香、稔と二人で出かけたことは何度かあるものの、後輩と二人でどこかへ行くという経験はなかったため、その意図は読めないながらも了承し今に至る。
「それで、今日はどこに行く予定なの?」
「はい。適宜相談しながら歩きたいんですけど……まず、服見に行きませんか?」
手帳のページをなぞって、ひとみは月乃へと微笑みかける。意図的に今の話題を引き継いで提案したのか、そうでないのかを月乃は少し勘繰った。
しかし、ひとみに何かを企てているような様子は見えず、提案自体も無難なもの。そもそも今日はただ遊びに来ているはず、そして何より考えてもわからないため、月乃は頷いて返した。
「ええ、いいんじゃないかしら」
複数のショップが入った複合施設のビルへ向けて歩き出す二人。自然と、流れを引き継ぐように月乃から話しだす。
「何か買いたいものがあるの?」
「買うっていうより、見るっていうか……私たち、私服で会うこと少なかったじゃないですか。これを機に、どんなスタイルのファッションが好きなのかを共有していきたいなと思って」
ひとみの言う通り、アイドルとして顔を合わせるときは制服かレッスン用ジャージのことが多く、お出かけ用の私服姿を見ることなどはほとんどなかった。それを省みてか、仕事にも通ずる点であろうファッションで交友を深めたいという主張だ。
それを語るひとみの屈託のない笑顔は、これまで月乃が見てきた彼女のどんな表情とも違って見えた。これからの一日が楽しみ、と伝わってくるその笑みに、こちらも思わず口角を上げる。内心で油断するなと慌て、僅かに残っていた警戒心を再確認した。
駅から少し離れ、ミドルティーンの女性が多く出入りする複合施設に入る。フロアマップには、スタイル別に様々なファッションブランドのロゴが描かれていた。
「どこ見ましょうか。好きなブランドとかあります?」
「あまり気にしたことはないわね。目に付けばどの店でも見に行くわ」
その返答は、ともすれば質問した相手を困らせ得るものだったが、ひとみは真剣な顔でメモをとると月乃に笑顔を向ける。
「じゃあ、私が選んでもいいですか? よく弦音と一緒に彩乃の服選んだりするんで、ちょっと自信あるんです」
「ええ、任せるわ」
頷いて返すと、ひとみはエスカレーターへ向けて歩き出す。その後に続いて、月乃も踏み出した。
フロアを移動する途中も、会話は続く。
「普段、友達とお出かけってよくします?」
「アイドルになってからは、さすがに減ったわね。家で自主トレすることが増えたから。けど恭香とも稔とも何度か出かけたことはあるし、学校の友達ともたまに」
月乃の回答を素早くメモしながら、ひとみは言葉を返す。
「どんなところに行くんですか?」
「稔とは、よくカフェに行くわね。美味しいところをよく教えてくれるから、見つけたらお互いに共有してるの。恭香とか学校の友達ならショッピングが多いかしら」
エスカレーターを降り、ひとみがやや前に出る形で並んで歩く。歩みを進めるに連れ、月乃よりもやや着飾ったナチュラルファッションに身を包んだ女子高生や女子大生が多く目に入るようになってきた。
しばらく歩いてたどり着いたのも、十代後半から二十代前半くらいの女性をターゲットにしたナチュラルファッションの店だった。少し控えめな照明で照らされたシックな内装の店内では、シンプルでないながらも飾り過ぎないバランスのとれたファッションの女性店員が接客に勤しんでいる。
月乃の顔を覗き込むように、ひとみは訊ねる。
「こういうところはどうですか?」
「私の雰囲気に、っていうなら良さそうね」
店内を軽く見て回りながら、まず月乃が普段選ぶような服を何点か見る。ひとみはそれに対しどこを気に入ったのか、どんな服と合わせたいのかなどを聞き、答えを逐一メモしていった。
☆
事務所のロビー。そこでは、弦音と前野がタブレットを片手に話し合っているところだった。
「ん、それじゃあこの日オフにして、レッスン日はこっちに変更ね」
「ありがとー前野さん! ほんっと急に言われたからさー、うちのガッコそーゆートコ困んだよねー」
学校の予定変更を言い渡された弦音が、それに伴ったレッスンスケジュールの変更を前野に頼んでいる。前野はタブレット用のペンを左手で回しながらぶつぶつと呟き、頷いてから弦音に向き直った。
「おっけ、トレーナーさんにはこっちから連絡しとく。ちゃんと学業もがんばりなよ~?」
「わーってるってー! 退学アイドルとかマジ洒落んなんないし!」
冗談に手を振って返すと、弦音はロビーを後にする。その背中を見送ってから、前野はスマホを取り出し電話をかけた。
数分後、一通りスケジュール変更の連絡を終えた前野の元に、左枝が現れる。
「前野さん、どうも。取り込んでた?」
「ううん、今終わったとこ。弦音がスケジュール変更でさ」
挨拶を交わした後、先に話を切り出したのは前野。
「後藤ちゃんから聞いた? 今日、ひとみが月乃誘って出かけてるんだよ」
「聞いた聞いた。プライベートだし詮索するのも良くないけど、そのつもりなんでしょ?」
この場にこそいないものの、ひとみが「そのつもり」で月乃のスケジュールを確認しに来たことは本人の口から聞いている。当然、仕事に大きく関わるその情報は、後藤によって即座にプロデューサー二人にも行き渡っていた。
自分たちで決める、という以上は月乃の承諾が無ければ、あるいはひとみが今日のうちにその気を無くしてしまうようなことがあればユニット結成には至らない可能性もある。しかし、ひとみの仕事ぶりや性格を間近で見てきた身として、前野は失敗よりは成功の確率が上だろうと予想していた。
「まあでも、月乃もプライド高いからなぁ。一歩間違えて機嫌損ねたりすると厳しいかもな」
後頭部に手を置いて苦笑いする左枝だったが、対照的に前野は真剣な表情を見せる。
「後藤ちゃんは正反対のこと言ってたんだよね」
「え、なんて?」
興味ありといった様子で視線を向ける左枝に向けて、前野は後藤の口調を真似て答えた。
「『いやぁつきのん超チョロいぜ』って」