第二話 ステップ・ワン・ゴー#C
愛内 深冬
誕生日:十二月十二日 イメージカラー:白
好きなもの:クーちゃん(後述)、甘いもの、布団の中
十三歳の中学二年生。人と話すことがとにかく苦手で、それを克服するための荒療治としてアイドルになった。
現在は応急処置としてイルカのパペットのクーちゃんを用いた腹話術で会話するようにしている。
ジュエリーガーデンプロモーション、タレント寮一階リビング。所属タレントが食事したり集まって談話したりする大広間のようなこのスペースに、今は三人のアイドルがいた。
「う~~~ん、悩ましいわよね~。誰と組んだらいいのかしら~」
浮かない顔で溜め息をつきながら、千里は六人がけの大きなテーブルに置かれた大量の惣菜を次から次へと口に運んでいた。やけ食いのような光景でありながら、ひとつひとつの所作は丁寧であり、育ちの良さを感じさせる。
そんな様子を前に、深冬はクーちゃんを強く抱きしめながら、隣に座る蘭子におずおずと視線を送る。それを受けた蘭子は気まずそうに目をそらしながら、ゆっくりと重い口を開けた。
「ち、千里ちゃん、そろ……そろ食べるのやめないとお体に障るのでは~、とラン思っちゃったりするんですけども」
「そうよね~食べ過ぎはダメよね~。私、昔から困ったこととか嫌なことがあるとね、食べるのが止まらなくなっちゃって~」
「割と普段からすごい量食べてる気がしますが……」
思わずこぼれた突っ込みは耳に届かなかったのか、千里は一旦手を止め、口元を拭いて膝に手を置く。しかし、我慢できそうにないのかすぐにそわそわと肩を震わせ始めた。
このままではすぐに食事が再開する、と悟った蘭子と深冬は、何か手を打たなければと思案を巡らせるものの、期限当日で安売りしていた約五人前に相当する惣菜をこのまま放置する訳にもいかず、微妙な表情で固まってしまう。寮の食べ物を買い出しに行っていた千里と蘭子にレッスン終わりの深冬が同行したのだが、気づけば千里が大量の惣菜を買い込んでおり、会計後だったためにどうすることもできず今に至っており、解決策としては他の寮生が帰ってくるのを待つくらいしかない。
すると、何か思いついたのか千里が手を叩き、明るい顔で言い放った。
「そうだわぁ! ね、蘭子ちゃん。みんなの分析してノートとってるでしょ、それのこと聞かせてくれないかしら~!」
「どぅおぇ!? ぇあ、は、了っ解です! 今用意しますんで少々お待ちを!」
突然の提案に驚きつつも、鋭い敬礼で返した蘭子は席を立ち自室へと小走りで駆けていく。残された深冬がどうしたらよいかわからず視線を泳がせていると、千里は柔らかな笑顔で語りかけた。
「深冬ちゃんも食べていいのよ~、アイドルは体が資本だもの~」
「あ、ぅ、『深冬、少食なんです。今食べたら晩ご飯が入らなくなっちゃう』」
「そうなの~? それなのにあんなに動けるなんて、深冬ちゃんすごいわね~」
クーちゃんの言葉に、千里は関心したように返す。褒め言葉を加えられたことで、深冬は雪のように白い顔をほのかに赤らめた。それに気づかれないようクーちゃんが胸ビレを広げ、話を続ける。
「『千里は、運動するの苦手?』」
「苦手、っていうわけじゃないのよ~? これでもスタミナには自信がある方だもの~。ただね、私っておっとりしてる方でしょ~、ダンスとか機敏に動くのが苦手なの~」
困った、というには間延びした口調で、千里は左頬に手を当て溜め息をつく。日本人離れした顔立ちも相まって、所作のひとつひとつが絵画のように端正に見えた。
そこへ、息を切らした蘭子が慌ただしい動きで戻ってくる。顔を真っ赤にして息を整えてから、可愛らしい装飾の施された厚めのノートを掲げた。
「ぅおぉ待たせしましたぁ! 不肖菓蘭子、ノート持参で帰還ですっ!」
「あら、お帰りなさ~い。そんなに急がなくても、深冬ちゃんとお話してたところよ~」
勢いたっぷりの蘭子と対照的に、柔らかな笑みを崩さない千里。そんな二人を交互に見比べ、深冬はクーちゃんの後ろで密かに微笑んだ。
テーブルについた蘭子はノートを広げ、息巻きながら千里に問う。
「さ、どんなことでも聞いてください! わかる範囲ならお答えしますっ!」
「そうねぇ~。蘭子ちゃんから見て、今の有望株は誰かしら?」
千里の質問に、蘭子はうっと声を上げる。それから、露骨に視線を泳がせて気まずそうな声を出した。
「その~、ですね? いえランは確かにドルオタなんですけども。それでも贔屓とかではなくてですよ? でも~、なんというか~、全員有望株~、ですかねぇ……」
「あらぁそうなの~? みんな頑張ってるものね~」
望み通りの回答を出せず、申し訳なさそうに背を丸める蘭子に対して、千里は全く気にしていない様子で手を合わせる。
しかし、自分で納得がいかないのか、蘭子は力の篭った目でノートを凝視しながら特筆事項を探る。
その過程で、無意識の一言がこぼれた。
「千里ちゃんも、お家の話がなくたって狙いどころだと思うんですけどね」
その言葉に、千里は何か引っかかるような物憂げな表情を見せる。
貴宝院千里がアイドルをしている理由は、その家柄にある。彼女の母親、貴宝院千世は世界的に有名なオペラ歌手・ヴァイオリニストであり、その一人娘であるということから、千里には何をするにも母の影がつきまとっていた。
彼女自身、歌や楽器、観劇を好むのは母の影響が大きいことは確かだとわかっている。しかし、興味を持った原因がそれだとしても、数ヶ月に一度しか顔合わせをしない母から教わったものなど無く、音楽の腕は家庭教師をつけてもらい自身の努力で磨いてきたものだ。だからこそ、それらを全て母の成果であるように言われることが我慢ならなかった。豊かな家に生まれたことが大きな差につながったとしても、努力を環境のせいにされることが嫌だった。
そうして母とは違う自分を探し続けた結果、十九歳にしてアイドルの世界に飛び込んだのである。それも、複数の事務所でオーディションを受け、血筋や環境の話をされようものなら願い下げるという実に豪胆な振る舞いを繰り返し、結果今の事務所に落ち着いた経緯を持つ。
しかし、そういった特異な経緯や事情、非常に天然で図太い性格であることを省みても、なお釣りがくるほどの歌唱・楽器演奏のスキルがあることもまた確かだ。蘭子の言う狙いどころも、ここに起因する。
今でこそ無名の新人アイドルとしてデビューできたとはいえ、まだその関係に言及されたくはないのだ。
悲しげな顔を悟られないよう、千里は静かに話題を逸らす。
「私の話はいいのよ~? そうね、深冬ちゃんはどうなの~?」
唐突に名前を出されたことで、深冬は肩を震わせて驚く。蘭子は慌ててページを捲り、深冬についてまとめた箇所を開くと息を巻いて語り始めた。
「はい! 深冬ちゃんの魅力は、キャラクター性とパフォーマンスの正確さにあります! お話をクーちゃんにやってもらう不思議っ子な一面は、キュートな妹系のお顔と相まって高い人気の元となっていて、それでいていざパフォーマンスを始めると曲の世界に自分もファンも引きずり込む正確無比で洗練されたダンススキルというギャップ! アイドルとして必要なものを取り揃えていながら、他にない魅力も兼ね備えた将来有望なアイドルです!」
「ぁぅ……」
矢継ぎ早に褒められ、感情がオーバーヒートしたのか深冬は声にならない声を上げて俯く。
愛内深冬は事務所内で最年少の十四歳。彼女もまた、一風変わった動機からアイドルになることを決意していた。というのも、彼女は人と話すことが極端に苦手なのだ。人の目を見ることに恐怖してしまい、混乱してうまく話せない。そんな深冬が小学生の時に編み出したのが、パペットのクーちゃんに代わりに喋ってもらうことだった。
普段の自分とは違う何かに没頭することで、苦手な会話もこなすことができる。しかしそれは、クーちゃんの存在が許される場合の話だ。パペットを持ち込んではいけない場所では、深冬はまた一人に戻ってしまう。それに何よりも、深冬自身が早く一人で話せるようになりたいと切に願っていた。
そんな中、SNSで偶然見つけたアイドルの「人と話せない性格がアイドルになったことで変わった」という投稿をきっかけに、荒療治としてアイドルを志したのだった。JGPに来たのも、他の事務所のオーディションで口を開けずリタイアしてしまったところを、仕事で訪れていた左枝にスカウトされるという異例の経緯となっている。
しかし、その動機はどうあれ、深冬の持つ能力は非常に高い。クーちゃんから着想を得て「周りの全てを意識からシャットアウトし、ただパフォーマンスに集中する」という方法で行う表現は、蘭子の言う通り自分自身を中心に曲の世界を展開すると言っても過言ではない独特の美しさを持っている。
アイドルに向き合う姿勢も自分の成長のためといった部分が多く、そういった面が月乃や稔からも強い信頼を得ていることもまた、彼女の美点と言えるだろう。
興奮気味に語った蘭子だが、そのまま続けると深冬の方が限界に達しそうなのを見てとり、またも急いでページを捲る。
「あと、寮生で突出したスキルがあると言えば彩乃ちゃんですね。さすがスポーツ一家の末っ子、ダンスのコツを掴む早さはピカイチです! お喋りになると可愛いところが見えるのも萌えポインツ、お年頃成分も多分に摂取できる良いアイドルです」
拝むように両手を合わせながら、蘭子は噛み締めるように言う。
出羽彩乃は父親が元体操選手で、その影響を受けた兄二人と姉も様々なスポーツでプロ選手となって、あるいは志している。しかし、そんな家に生まれた彩乃自身は家族と何か違うことがしたいと考え、体力勝負でありながら全く違うジャンルのアイドルを選んで今に至っている。そういった環境で育ったこともあり、運動は大の得意とは本人の弁。中学時代は特定の部活動に属さず、友人らに頼まれて助っ人として練習相手や数の埋め合わせをやっていた、というくらいには体を動かすことも好きらしい。
当然ながら、その持ち味は運動に対する理解と順応。十人の中で誰よりも動きのコツを掴むのが早く、また体力や敏捷性においても抜きん出たものを持っている。おそらく、誰と組んだとしてもそれに合わせたパフォーマンスが可能だろうという見込みがある分、彼女もまた有望株と言って差し支えないはずだ。
千里もうんうんと頷いて、特に関心した様子で同意の声を上げる。
「彩乃ちゃんは凄いわよね~、私からじゃどう踊ってるのか全然わからないもの~。やっぱり、アイドルってあれくらい踊れなくちゃダメかしら~?」
「そんなことはないです! アイドル得手不得手というものがありますから、千里ちゃんは千里ちゃんに合った形でパフォーマンスしていくべきです!」
立ち上がって力説する蘭子に、千里は顔をほころばせる。その様子を見ながら、深冬も密かに微笑んだ。
「うふふ、ありがとう蘭子ちゃん。他には誰かいるかしら~?」
促され、蘭子はまたもノートを見返す。しかし、ページを捲るその手が途中で止まった。表情も少し引き締まり、これまでとは違う雰囲気を醸し出す。
「……あと、ダークホースが一人」
「『ダークホース?』……ですか?」
眉間にしわを寄せながら呟かれた言葉に、深冬とクーちゃんが反応する。
「ましろちゃんです」
告げられた名前に、二人は首を傾げることも、表情を変えることもしない。それは、蘭子の言うことにある一定の理解を示していることの現れだった。
「これ、月乃ちゃんに言うとすごく怒っちゃうと思うんですけど……ましろちゃんは、間違いなく才能の塊、それも暴力的なくらいに「人に好かれる才能」の持ち主です。一見すると天然でふわふわしてますけど、その実努力することをなんとも思わないし、言われたことをすぐに直せるくらいダンスも上手です。それでいて性格は明るく話し上手で現場スタッフさんからも好評、と……まるで主人公みたいって、ひとみちゃんも言ってました」
蘭子の口調は今までと打って変わって落ち着いており、ましろに対する不確定要素を物語るようだった。
悠姫ましろは、天然でどこか掴めない雰囲気の持ち主。しかし、その一方でアイドルとしての才覚は目を見張るものがある。明るく友達も多い普通の少女でありながら、その心には熱い情熱を秘めており、誰よりも高い場所を夢見て努力している。
笑顔を絶やさないながらも確かな努力を重ねていることから、一期生の中では高い成績を打ち出している。普段の様子だけでは想像がつかないことから蘭子もダークホースと、そして、そんなましろと十年連れ添ったからこそひとみは主人公と称したのだろう。
盛り上がりを見せていた空気が、少し温度を下げる。少しの沈黙が流れる中、深冬がぽつりと呟いた。
「でも、きっと、ユニット、って……自分が、納得、できるか、どうか、だと……思い、ます。その、才能、とか、より……長く、仲良く、とか」
視線は足元に向けたまま、あまり大きな声ではなかったが、二人はしっかりとその声を聞いた。
千里は口角を上げ、もう一度音を鳴らして手を叩く。
「そうね~、仲良くやっていける相手を選びましょ~。さ、食べなくちゃ期限が切れちゃうわ~」
「って、食べちゃダメですって! せめて彩乃ちゃんたち帰ってくるまで待ちましょう!」
☆
その日の夕方、事務所の廊下で缶コーヒーを話す前野と後藤の元に、ひとみがやってきた。
「お疲れ様です」
「おーひとみん、おつおつー。どうかした?」
「お疲れ様、ひとみ。スケジュール? 仕事の話?」
丁寧な所作で一礼するひとみに、二人は手を挙げて返す。しかし、再度上がったひとみの顔は引き締まっており、それを見た二人も上げていた口角を下げた。
ひとみは普段のノートとは違う手帳を取り出し、後藤に向けて訊ねる。
「後藤さんに確認したいことがあって」
「アタシ? ってーと……目星はついたってとこかな?」
冗談めかして不敵な笑みを浮かべる後藤に、ひとみは「確認事項」を明かす。そして、返ってきた答えをメモにとってから、もう一度頭を深く下げた。
「ありがとうございます」
「お誘っちゃう感じー? その道は険しいぞー」
「やっぱひとみが一番乗りかな? がんばってきなよ!」
二人に激励の言葉をかけられ、ひとみは強気な笑顔で頷いた。
「はい、誘ってきます!」
貴宝院 千里
誕生日:三月五日 イメージカラー:えんじ色
好きなもの:観劇、オペラ、クラシック、ヴァイオリン、ピアノ、歌
十九歳の大学二年生。ヴァイオリニストとして有名な母と違うことがしたくてアイドルになることを選んだ。
天然なことも相まって世間知らずなところのあるお嬢様。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
主題の一つである、ユニットの組み合わせに関するアンケートを作成しましたので、お時間のある方はご回答頂けると幸いです。
https://forms.gle/ivQDpxRe3SNyCCdC8