第二話 ステップ・ワン・ゴー#B
出羽 彩乃
誕生日:五月7七日 イメージカラー:水色
好きなもの:ダンス、走り込み、しょっぱいもの、辛いもの、野外フェス
十五歳の高校一年生。家がスポーツ一家でその道のプロばかりのため、そこから脱却したくてアイドルになった。
運動能力は頭一つ抜けたものがあり、また礼儀正しく生真面目。
都内の劇場。今まさに激しく踊りながら歌う恭香を、舞台袖から月乃が見つめていた。普段はギターを弾きながら歌うパフォーマンスで人気を集めている恭香が、珍しくダンスパフォーマンスを行うということから、ステージを見上げる三十人前後の観客のうち過半数を彼女のファンが占めている。単純なファンの数では月乃の方が上回っているということもあり、二人のステージとしては珍しい光景だった。
鋭い目つきで、月乃は恭香の動きに目を配る。完璧主義者である彼女にとっては、新しいことに挑戦するとしても、今までやっていないからとダンスのクオリティが欠けることは許せない。無論ながら、それを他者に強要するようなことはないが、それでも自分の目に入る人間の努力を気にするのは、月乃にとって癖に近いものだった。
「仕上がってるわね」
「っ!?」
背後から急に声をかけられ、飛び上がるほど驚く。全く気付かないうちに、稔が近づいてきていた。と言うのも、今日のステージに彼女が出演する予定はなく、少なくとも月乃が先に演目に入った時点では見学などで訪れてもいなかった。
その場にいないはずの人間が急に現れたことで、月乃は胸に手を置いて少し震えながら対応する。
「……心臓に悪いわ」
「あら。アイドルたるもの、舞台ではどっしりと構えておくべきじゃない?」
いたずらな笑顔で言い返され、月乃は不満げに口を尖らせる。それを意に介すこともなく、稔はステージで飛び跳ねる恭香を見て微笑んだ。
「偶然とはいえ、ユニットを組むってタイミングでダンスを見せる機会ができて良かったわね」
「そうね。本番の経験が少ないと足かせになりかねないし」
二人は視線を恭香に向けたまま、話を続ける。楽器を使ったパフォーマンスをする特性上、彼女は他のアイドルたちと比べてダンスを披露する機会が少なく、それ故にレッスン時間にも差があった。
無論、ギター演奏一辺倒というわけではないものの、同じタイミングでデビューした月乃や稔と比べると、明らかにレッスンの内容が違っている。それが二人組のユニットを組むうえで、恭香とその相方が考慮しなければいけない点であることは間違いないだろう。
やがて、歌い踊り終えた恭香は満面の笑みで手を振り、舞台袖へと引いてくる。
「ありがとー! ダンスもギターも頑張るから、また見に来てくださーい!」
視線を正面に戻して、恭香もまた稔の存在に気付く。控えていたスタッフからタオルを受け取り頭を下げると、観客へと振っていた手をそのまま二人に振りつつ、徐々に歩く速度を落とし二人の前で止まった。
「稔、来てくれたんだ」
「ええ。良かったわよ恭香」
笑顔で応える稔と、恭香が立てたままの右手に慣れた様子でそっと左手を合わせる月乃。その後ろから客席側にいた左枝が歩いてきて、恭香に声をかけた。
「お疲れ様、恭香。良かったよ」
「ありがとうございます、私もすっごい楽しかったです!」
しばし温かな空気が流れたものの、そこへ劇場スタッフがやってきて左枝に声をかける。何度か言葉を交わしたあと、左枝は恭香たち三人に向き直った。
「悪いけど、少しここの人と話してくる。先に楽屋戻って、下野さんと合流しててくれ」
「わかりました」
頷く姿を確認すると、左枝はスタッフと共に廊下へ出て行く。それに続くように三人も廊下に出ると、反対の方向へ曲がって歩き出した。
はじめは恭香が汗を拭っていたこともあり誰も言葉を発さなかったが、それが終わったことを確認した稔が問いかける。
「二人共、ユニット相手の見当はつけた?」
ここ二週間、誰と一緒にいてもほとんどの話題はこのことだった。三ヶ月とはいえ、先んじて活動し始めた先輩という立場にいる都合上、”ゼロ期生の相方”というポジションを狙っている一期生も少なくないはずだ。無論、三人にとってもまたとない機会であることに変わりはなく、後輩たちを見る視線に熱が篭るようになっていた。
そして、これまでの話し合いで三人は「ゼロ期生同士のユニットは組まない」という意見を一致させていた。当初より、月乃と稔はユニットとして相性が良いだろうと多くの人間が口にしており、当人たちもそう思っている。
しかし、おそらく事務所側の意向としてユニット活動を通した人間関係の強化が図られていること、そして月乃と稔がお互いに負けず嫌いであることを考え、今回はお互いをライバルとして競い合う方針に決めたのである。
そういった経緯があったことからも、稔はこの二週間で目を光らせ、後輩たちとレッスンの時間を被らせたり、オフには仕事やレッスンの見学に訪れるなど精力的に情報収集にあたっており、おそらく二人もそうであろうと睨んでいた。
しかし、質問の答えは予想外の方向へ滑る。
「いいえ」
「全然!」
あっさりと肩透かしを食らい、稔は思わず躓きそうになった。もっとも、涼しげな顔で答えた月乃に対し、恭香は笑顔ながらも眉を寄せた困り顔をしているため、そのニュアンスは些か異なるものだが。
その反応から稔の懸念は読み取られていたようで、恭香は付け加える形で話を続ける。
「いやー、色々考えてはいるんだけどさ。なんか結局、誰とやっても楽しいんだろうなーってなっちゃって。もちろん、組みたい! って思ったらすぐ声かけるつもりだよ」
「安心したわ。何も考えてなかったらどうしようかと思った」
冗談めかして返すと、稔は続いて月乃はどうなの、と問いかける。特に悩むこともなく、月乃は当然のように答えた。
「誰と組むか、は大した問題じゃないわ。どんなユニットになったとしても、十全な努力があれば勝てるでしょ」
「えーっと、それつまり……自分から誘うことはないって感じ?」
恭香に聞かれ、月乃は少し黙ってからそういうことになるわね、と返す。それを聞いて、二人は密かに目を合わせた。
―――何も考えてないってことね。
天宮月乃という人物を語るうえで外せないのが、持ち前のハイスペックさと、そこに付随するプライドの高さだ。学校では成績優秀な優等生、クールな雰囲気と高い身長からアイドルとしても目につきやすく、それ故に人気も高い。しかし、そういった評価を受けながら育ってきたためか、許せないことはとことんまで許せない性格の持ち主なのだ。加えて言えば、自分のイメージを大切にするタイプでもある。
そのため、稔と恭香は薄々感づいていたものの、「誰かにユニットを組もうと頼む」という行為は、彼女にとってプライドが許さない……ようだ。
「一応聞くけど月乃。あなた、それで誰にも誘われなかったらどうするつもり?」
稔が当然の懸念を口にすると、月乃は見るからに不機嫌そうな顔でその顔を一瞥する。一応は月乃も考えているようで、暫し黙ってから口を開いた。
「別に、全く誘うつもりがない訳じゃないわ。トップを取れそうな相手が見つかったらちゃんと声をかけるわよ」
明らかに今考えたであろう言い訳を口にして、月乃は歩く速度を早める。楽屋に着いたこともあり、そのまま扉を開けた。
中には、二十代半ばごろの女性―――事務所スタイリストの下野が控えており、顰め面で入ってきた月乃を心配するように声をかける。
「月乃ちゃん、お疲れ様です。大丈夫、疲れてない?」
「お疲れ様です。大丈夫です」
努めて平常であろうとした月乃だったが、その返事には不機嫌が隠しきれていなかった。
続いて楽屋に入った二人も下野に挨拶し、月乃と恭香はメイクを落とし始める。稔は下野の隣に立ってスマホを取り出すと、メモ帳にこっそり「月乃はちょっと拗ねてるだけです」と書いて見せた。下野もそれを見て理解したようで、頷いて返す。
そこへ、メイクを落としながら恭香が問いかけた。
「そう言えば、稔はユニットの相手決めたの?」
「ええ。まだ確定って訳じゃないけど、目星はつけてるわ。向こうが誰かに声をかけないなら、こちらから行くつもり」
自信を含ませた顔で言い切る稔に、下野が嬉しそうに手を合わせる。
「いい感じみたいだね。誰にするつもりなの?」
「ふふ、まだ秘密です」
和やかな空気を漂わせる二人とは対照的に、月乃にまとわりつく雰囲気はまだ刺々しいままだ。
それを見てか、稔は着替えを始めた二人へ話題を振る。
「二人は、ユニットの相手に何を求めたいかって決まってる?」
恭香は衣装を脱ぎつつも、月乃に視線を送る。すると目が合った直後、月乃がどうぞと言わんばかりに目を閉じた。
それなら、と恭香は悩みながらも話し始める。
「ん~、やっぱ一番は楽しくやれる相手だけど……私の場合はそうだな、割と音楽ジャンルは気にするかも」
「そうね。恭香と、弦音と千里さんなんかは音楽性で売ってるものね」
「そうそう。だからさ、こう、かっこいい系の曲でもイケそうかどうかは大事にしたいかなぁ」
悩ましげに呟く恭香の言葉を受け、頷いた稔と下野は続いて月乃へと視線を向ける。
少し考えるように視線を動かしたあと、月乃は向き直って言った。
「まあ当然、努力ができるかどうかよね」
「だよねぇ」
自分の主義を人に押し付けるようなことはしない、というのはあくまでソロ活動をしている現在の話。ユニットを組み、自分と二人一組になるのであれれば話は変わる、ということらしい。
それなら、と稔が人差し指を立てる。
「月乃の基準に当てはまるのは、蘭子かひとみあたりかしら?」
「そうだねー、二人とも勤勉そのものって感じだし」
栞崎ひとみは元より勤勉な性格で、成績は常に上位、クラスではあまり目立たない方だという。十年付き合った親友であるましろがアイドルになることを受け、自分も同じオーディションを受けるという経緯を経てこの事務所に所属している。
一見すればましろの付き合いや便乗にも見えるが、その熱意は間違いなく本物、否、傍から見ればましろよりも遥かに熱を持ってアイドルという仕事に向き合っていると言えるだろう。他者のレッスンや仕事の様子を事細かにノートにまとめ、それを自分の仕事に活かそうと日々努力する様子を、事務所の全員が知っている。オフの日であっても余裕があればましろたちの仕事についていき見学を行うなど、その姿勢は仕事先のスタッフや関係者からも高く評価されている。
一方、菓蘭子は五歳の頃から九年間続く、筋金入りのアイドルオタクという特徴の持ち主。他の九人と比べ幅広い知識があり、それにより目指す場所が明確だからこそ、揺るがぬ努力を続けている。元より推しアイドルのパフォーマンスをコピーする趣味があったこともあり、十人の中で二番目に幼いながらも、所属時点では誰よりもスキルの平均点が高かった。
ひとみ同様、他者のレッスンをノートにまとめるなど細かい情報収集を怠らず、また気になる点があれば先輩相手であっても臆せずアドバイスしに行くということもあり、年上ばかりの事務所内でも一目置かれ可愛がられている。
そんな二人であれば、月乃が相手でも食らいついていけるのではないか、という稔の見解に恭香も同意する。
当の月乃も、その二人の名前が出たことが満更でもないようで、目に見えて顔色が良くなった。
「確かに。あの二人なら、私が相手でも尻込みすることは無さそうね」
機嫌を持ち直して衣装を渡してくる月乃に、下野は優しく微笑みかける。その様子を見て、稔と恭香は顔を見合わせて笑った。
堤 弦音
誕生日:一月十五日 イメージカラー:黄色
好きなもの:軽音楽、歌、寿司、楽しいこと、散歩
十五歳の高校一年生。高校に入ったらバンドをやろうと思っていたが、楽器を弾くアイドルもいると知って方向転換しアイドルになった。
ノリが軽く物覚えが良くないが、実は素直で真面目な考えの持ち主。