第二話 ステップ・ワン・ゴー#A
菓 蘭子
誕生日:二月十三日 イメージカラー:パープル
好きなもの:お菓子作り、アイドル、歌、オタ活
十四歳の中学三年生。五歳の時からアイドルが大好きな筋金入りのオタク。ある時を境に自分の中の「好き」から生まれた「やってみたい」気持ちに突き動かされアイドルになった。
誰よりも知識深く観察眼に優れるほか、パフォーマンスのコピーは一級品。
年末に開かれる大規模オーディション、『Brand New Duo』への全員参加。そして、参加するためのユニットは”自分たちで”組まなければならない。
そんな条件を与えられて二週間。暦が五月に差し掛かる頃になっても、ジュエリーガーデンプロモーションでユニットは結成されていなかった。
この日も都内の通りに面したカフェの一角で、四人のアイドルが頭を悩ませている。
「つってもさ、どやって選んだらいいのかわからんよねー」
「うん。相性っていうのもそうだけど、事務所側も狙いがあってやってることだろうし」
ノートを開いたひとみから見て時計回りにましろ、弦音、彩乃の順でテーブルを囲んでいる。ましろとひとみが同じ制服を着ている一方で、彩乃と弦音はそれぞれ違う制服に身を包んでいた。
数十秒前までケーキが乗っていた皿の並ぶテーブルに、両肘をついて溜め息混じりにぼやく弦音。そんな彼女に、ひとみはノートを睨みながら真剣な表情で返した。それを聞いて、彩乃がきょとんとした顔で聞く。
「事務所の狙いって、わかるの?」
「わかるってほどじゃないけど、そうだなぁ」
星柄で彩られたペンのノックを顎に当て、暖色の照明と木製の装飾で飾られた天井を仰ぐ。悩んだ末に、彩乃に向き直ったひとみは推測だけど、と前置きしてから話し始めた。
「これって、セルフプロデュースの一環なんだと思う。例えば、ここにいる四人で仲がいいから組みます、なんて言っても認めてもらえない。仕事として、相性が良くて長くやっていけそうな相手を見つけなきゃいけないんじゃないかな」
「相性がいい、かぁ。弦音だったら、恭香さんとか?」
彩乃が指と視線を弦音に向けて提案するも、当の弦音は手と首を素早く交互に振って答えた。
「ムリ! あーしと恭香さんじゃ音楽性が全然違うもん。出す曲のジャンルぐちゃぐちゃになるし、シュミが一致しないのは長続きもしないっしょ」
「そうなの? 結構似てると思ったんだけど」
ね、と彩乃は二人に振るも、ひとみは首を傾げましろは生返事を返すだけだった。
堤弦音は、元々ギターとベースを趣味としており、高校に進学したら軽音楽部に入るかバンドを組むつもりだった。しかし、友人から見せられたライブ映像でギターを演奏するアイドルを見たことで興味が湧き、そのままオーディションに応募したという経緯で現在に至る。パフォーマンスにおいてもダンスと演奏の比率は半々といったところで、彼女のファンはその日どちらが見られるのかを楽しみにして見に来るのだという。
対してゼロ期生の音路恭香はスカウト組。元より人生において”楽しさ”を重視する価値観の持ち主である彼女もまた、ギター・ピアノ・ドラムと複数の楽器を嗜んできた人間である。ステージ上においてもほとんどがギター演奏をメインとしたパフォーマンススタイルをとっており、踊る彼女を見ることは珍しい。一見すれば弦音と良いコンビになれそうに見えるものの、恭香の方は音楽の方向性で言えばロックとジャズのような「格好いい音楽」を趣味としており、そういった意味ではJ-pop系統の「キャッチーでノリの良い」音楽を好む弦音とは合わないと言えるだろう。それを理解しているからこそ、弦音自身も恭香と組むつもりはないようだ。
「逆にひとみはどーなん? 一番情報持ってんじゃん」
順を追うように放たれた問いかけに、ひとみは眉間にしわを寄せながらノートのページを遡る。そして、時間をかけて絞り出すように答え始めた。
「……すごく現金な見方をするなら、狙い目はゼロ期生。私たち一期生と比べて、活動期間が長い分既に獲得してるファンの数も多いし、レッスンに費やしてる時間も長い。それに、三人全員が努力を惜しまないタイプだから、単純な実力もかなり違う」
名前を挙げられたのは、恭香たち三人のゼロ期生。全員がスカウトによるデビューであるにも関わらず、オーディションを勝ち抜いた一期生たちよりも基礎的なスペックがまず高い。そして、それを確かな努力で伸ばしていることもまた、ひとみに目をつけられた一因であった。
明星稔は、ミステリアスな雰囲気を纏う天才系アイドル。事務所の中では恭香と並び面倒見のいいお姉さんといった立ち位置にいるが、仕事として見ると事務所内で二番目の実績を挙げている実力派だ。ファンに対しても愛想よく穏やかに接するため、癒しを求めるファンを多く獲得している。自宅でも毎日一時間は発声や体作りのトレーニングを行うなど、持ち前の才能を細かな努力で伸ばすその姿勢は誰もが見習うところだ。
そして、天宮月乃は十人の中で最も高い成績を残している努力家アイドル。持ち前の完璧主義が妥協することを許さず、誰よりも長いレッスンとプライドの高さで実力を伸ばし続けている。キレのあるダンスパフォーマンスと、艶のある歌声から純粋な魅力で多数のファンを獲得しており、SNSのフォロワーも多い。振る舞いはクールであるもののそこがいいと言うファンも多く、一部ではネタ混じりに「月乃様」と呼ぶファンもいるようだ。
今回ユニットを組む目的はオーディションでの優勝、それを踏まえれば高い実力を持つ相手を組んで勝ちを狙いに行くのは道理とも言えるだろう。
「まあ、月乃さんは完璧主義だし、稔さんもよく人を見てるから、あの二人はかなり相手を選んでると思う。それに、相方の実力が高いってことは、仮に組むとしたらそれを埋めるだけの努力が求められるってことでもあるし」
「なるほどねー。ましろはどーなん? 誰か目星ついてん?」
ここまで自分から話していなかったましろに、弦音が顔を向ける。ましろは砂糖の入っていた袋を指先で弄びながらしばらく空中を見つめていたが、すぐに視線を戻すと共にどこか気の抜けた笑顔で答えた。
「誰でもいいかなぁ」
「うっそぉ!」
「言うと思った」
素っ頓狂な声をあげて驚く彩乃とは対照的に、ひとみはペンのノックを額に当てて溜め息をつく。それからペンをノートに留めると、人差し指を突きつけてましろに迫った。
「あのねましろ、ましろは誰でもいいかもしれないけど、今回ばかりは一緒に挑戦する相方の仕事にも影響するんだから。一人の時とは責任が違うの、わかってる?」
「わかってるよ。どうでもいいんじゃなくて、誰でもいいの。きっと、誰と組んだって楽しくやれるもん」
真剣な表情で話し始め、最後には笑顔になる。そんなましろの様子に、弦音と彩乃が呆気にとられる中、ひとみだけは言葉に詰まったような苦い顔をしていた。
クラシック調のBGMに乗せて少しの沈黙が流れたあと、ひとみはペンを持ち直す。
「とにかく、ちゃんと考えないと。ユニットの結成は早い者勝ち、早く決まればその分の時間をレッスンに使える。逆に言えば、遅ければ遅いほど本番のオーディションで不利になるんだから」
告げられた事実は、自分たちの行動する早さがそのまま結果に繋がるという、厳しい現実だった。またとないチャンスを掴むためには、それだけの行動力も求められるのだ。
少女たちの悩む声が、カフェの隅に響き渡る。進展までには時間がかかりそうだ。
その時、テーブルに置かれた彩乃のスマホがふいに震える。見てみると、プロデューサーである右城からの通知だった。
一方のJGP事務所社屋。彩乃へのメッセージを打つ右城の元へ、前野がやってきて右手を上げる。それに右城は会釈で返した。
「右城くんどした? カノジョ?」
「違いますよ。レッスン内容の調整で、彩乃に連絡を」
「なんだ、言ってくれたら私がやるのに」
企業の社屋内というには少し砕けた態度と口調で二人は話す。こちらの話題も、すぐにユニット結成のことへ移行した。
「ユニットの申請、まだ来ませんね。何か相談とか受けてます?」
「やー全然よ。高一組みんなで悩んでるみたい。やっぱ中々決めらんないよね」
笑顔ながらも困ったように、前野は肩をすくめる。それを見て、右城も苦笑いで返した。
「いきなりですし、年頃ですしね。社長も結構な難題課すよなぁ」
「私らの仕事にも影響デカいもんねー。急かしたくはないけど、遅くなると困っちゃうよね」
無論、この決断に納得はしているものの、まだアイドル一年生である少女たちに課すには難しい課題にプロデューサー、マネージャー陣も悪戦苦闘を覚悟していた。
しかし、前野は何かを思い出したように手帳を取り出すと、ページを捲りながら呟く。
「けど、一人決まりそう……っていうか、方向性は固まってそうなのは、一人」
「え、誰です?」
短いジェスチャーで許可を取って、右城は前野の手帳を覗き込む。そこには、前野がマネージャーとして触れ合う中で見えたアイドルたちのパーソナルデータが記載されていた。記された文たちの一角、「夢・動機」と書かれた場所を指でなぞりながら、前野は答えた。
「ひとみ、かな」
明星 稔
誕生日:十一月十七日 イメージカラー:紺
好きなもの:天体観測、カフェオレ、映画鑑賞、努力
十七歳の高校三年生。スカウトを受け、興味が出たことでアイドルになる道を選んだ。
ミステリアスな雰囲気の持ち主で、からかうような言動が多い。