第十三話 Brand New Duo#B
三日後、十二月三十一日。様々な感情の交錯したBrand New Duoが終わり、事務所内の雰囲気が少し変わった。
その日も、大晦日だというのに十人全員がレッスンをしたいと事務所に押しかけ、いつものレッスンスタジオも使えない都合上、事務所の一室に押し込まれる形で全員がレッスンに励んでいた。
誰もが真剣な表情で自分を追い込んでいく様を見つめて、後藤は呆れたような、喜んだような笑みを浮かべる。
大きな敗北を経験しても、その末に勝利した二人がすぐそばにいても。誰一人として、折れてしまうことは無かった。今までよりも真剣に、何が足りなかったのか、アプローチを変えるべきかと探り合い、追い求めていく姿は、間違いなく輝きを放っていた。
しかし、事務所側の人間としては大仕事の後、休みを取ってもらわなければ困るのも事実。まして今日は揃って年越しをするという予定もあり、時刻は十九時を回っている。片手を口に添えて、大声で呼びかける。
「そろそろ閉めたいから終わりにしなー」
「すみません、あと三十分でいいので!」
「私たちも、もうちょっと!」
「申し訳ないんですけどギリギリまで引き延ばしていただけると!」
「同じくー!」
「こっちも~」
予想通りの答えにうんうんと頷いてから、もう一度声を張り上げる。
「んじゃあ、まえのんが寮で用意してる鍋焼きうどんは大人たちで全部食っちまうか」
「今行きます!」
「よろしい」
打って変わって一斉に帰り支度を始める十人に、今度こそ満足を顔に出して頷く。
最低限の荷物しか持ってきていない十人は、三分もしないうちに雑談を交えながらぞろぞろと廊下へ歩き出し始めた。
そんな中、ひとみだけが視線を落とし浮かない顔をする。この三日間、オーディション優勝後の打ち合わせなどが響きましろと話せていなかった。通常の友人関係であれば気に留めないような時間でも、毎日のように顔を合わせていた幼馴染とあっては、決勝で付いた違和感を拭いとる機会を逃したような感覚だ。
その様子に気付いた月乃が声をかけようとしたところで、腕に何かが触れる。見れば、恭香が肘でつついてきていた。ウィンクと共に人差し指を立てられ、止められる。
「どしたのひとみ」
「え……」
ふいに、ましろがひとみの顔を覗き込んだ。今まさに話しかけづらいと思っていたところへの不意打ちで、咄嗟に言葉が出てこない。
「体調悪い? うどんなら消化いいから大丈夫だよ」
「……なにそれ」
思わず、小さく吹き出す。相変わらず何を考えているかはわからないものの、励まそうとする意思は伝わり、暗雲を溶かしていった。
穏やかな笑顔と共に、ひとみの口角も上がる。
「って言うか、大晦日なのに蕎麦じゃないんだ」
「蕎麦もあとで食べるって弦音が言ってたよ」
「そんなに入る? 食べ過ぎないでね」
いつもの調子で話す二人に、今度は月乃が怪訝な顔つきになる。すると、それを見越していたように恭香が肩を叩いた。
「仲直りじゃないけどさ、ほぐす時間もあげないと。お姉さんでしょ?」
「……言われなくたって、わかってたわ」
ならよし、と微笑む恭香の手玉に取られたようで、言いようのない気持ちを抱えながら髪をいじる。
拗ねたような態度を取りながらも、少し小さい声で言い返した。
「あなたこそ、少しは他人に頼りなさい。ずっと平気に見えるのも心配だわ」
「ん、ありがと。もちろん頼るよ、その時はよろしく!」
自分にしても珍しい言葉だと思ったが、結局変わらない調子で流されてしまう。こちらもいつも通りだ、とあえてそれ以上の追及はしなかった。
事務所を出て、寮に入る。リビングでは、前野が寮母と作った鍋をテーブルに鍋と取り皿を並べながら待っていた。
「おつかれー、大晦日くらいゆっくりしてていいのに」
「そういう訳にも行きませんから」
「まーま、仕事の話はここまで。座れ若いの、一本開けようぜ」
荷物を置き、特に激しく動いた何人かはシャワーを浴びてくる。数十分経って全員で席に着き、いざ食事を始めようとしたところで後藤が待ったをかけた。
「んまーアタシらは済ましたけど一応忘年会だからな。代表してひとみんから一言」
「仕事の話しないって言ったばっかじゃん」
弦音の突っ込みをそーゆーこともあんの、とあしらって、後藤はひとみに何か言うよう促す。少し困った様子のひとみだったが、やがて立ち上がると全員の顔を見ながら口を開いた。
「えー、今年一年、お疲れ様でした。大きな仕事があって、みんなそれぞれの形で同じことに取り組んで、結果も様々となりました。ここで手にした成果を元に、来年も頑張っていきましょう。それでは、乾杯!」
「かんぱーい!」
グラスを掲げ、食事を始める。レッスン中の真剣な空気から一転し、和気あいあいとした雰囲気がリビングを包み込んだ。
「ひとみたちは年明けたらすぐライブだもんね」
「うん、緊張はするけど、ファンの人たちに恩返しする気でやるつもり」
結局、後藤の言とは裏腹に仕事の話をする者もいれば。
「そういえば、稔ちゃんお受験は大丈夫~? もうすぐでしょ~?」
「私は模試A判定なので大丈夫です。ランは?」
「え……まあなんとか本命Aには到達できました。かなりギリギリですけど……」
「凄いわ、そんなに頑張ってくれてるなんて嬉しい」
「一応言っておきますけど稔ちゃんとこは目も当てられない結果でしたからね!」
仕事以外の話に花を咲かせる者もおり。
「ん-おいし」
「年越しそばってコロッケ入れたら駄目かな……」
食べることに夢中になる者も。
そんな様子を見ながら、前野と後藤は穏やかな顔で示し合わせ、ここにいない者たちにひっそりとメールを送った。
”現状良好、メンタルケア軽度のまま続行します。”
賑やかな声は絶えないまま、年は明けていく。
☆
忙しくなったのは、新年になってからだった。
Luminous Eyesは出場権を獲得した新春うたフェスのレッスンに、というのは当人たちもそれ以外も重々理解していた。
となると、Brand New Duoを切っ掛けにしてJGPに目を付けた企業が仕事を振るのは―――他の八人。
「ほらっ! 二人は決勝行ったから特に声かけてもらえてるよ!」
「うおー凄! ましろはどれやってみたい?」
「おー」
こと、楽園の大型新人を振り切って決勝まで進んだファンタジスタ!には多くの声がかかった。
前野がまとめたオファーの一覧を眺めながら、ましろと恭香は楽しそうに話し合う。
撮影、トーク、公演。様々な依頼から自分で選ぶという初めての経験は、努力の結実を目にしているようで感慨深いものがあった。
「あ前野さん止めて……これ、ポップ系のフェス?」
「これ? そうそう、地方で毎年やってるイベントだって。規模はあんまり大きくないけど、恭香がこういうの好きかと思って声かけてくれたのかな?」
相槌を打ちながらも見るからに興味津々の恭香。爛々と目を輝かせながらも、どこかでブレーキをかけているのだろうその様を見て、ましろと前野が同時に頷く。
「じゃ、これ出ます」
「え、いいの?」
「おっけ! 大舞台で披露したパフォーマンスの生、結構集客も望めると思うよ~?」
笑顔で話を進める二人。それを見て、恭香はこみ上げる気持ちのままにましろへ抱き着いた。
「ありがとー! 大成功させようね!」
「うん、がんばろ!」
今後、どういった方針の仕事を受けていくべきか。打ち合わせのため会議室へ向かいながら思案を巡らせていた稔の元へ、前方から蘭子が急いだ様子でやってきた。
半ば小走りになっていたこともあり、やや大げさな身振りでブレーキをかけながら挨拶をする。
「どぅおっ、とと稔ちゃん!」
「ラン。どうしたの?」
「あはい、お恥ずかしながら五分ほど早く始めさせて頂いておりまして、それでですね、ちょっとラン的にどうしてもやりたいお仕事を見つけましたので、そろそろ事務所にはいらっしゃるだろうなと思いちょっと早いけど会議室までと!」
早口で、かつ遠回しな言葉でまくし立てられたが、要は打ち合わせを早めてまでやりたい仕事が見つかったらしい。
ビジネスマナーを意識して五分前ちょうどに到着するよう、計算しながら歩いていた稔としては、更に早く着くどころか事前に資料へ目を通していたことに舌を巻いた。
蘭子の情熱にきちんとついて行かなければ、と気を引き締めつつ、話の続きを促す。
「そう、どんな仕事?」
「はい! お菓子メーカーさんからのご依頼なんですけど、バレンタインからホワイトデーまで毎週スイーツを手作りする番組を公式チャンネルで配信したいとのことで、なんとランたちに白羽の矢が」
興奮気味に語る蘭子の顔を愛おしい眼差しで見つめつつも、稔は内心で閉口する。
話そのものは魅力的だ、即答で受けよう。方向性という意味でも間違いはない。しかし、その仕事は紛れもなく蘭子の魅力と特技があってこそ成り立つものだ。
ユニットとしての売り出し方を蘭子に寄せているとはいえ、自分に何か足りないものがあるのではないか、と勘繰ってしまう。
「お菓子作りならランがお教えできますし、ぜひお受けしちゃいたいんですが……稔ちゃん的にどうでしょうか?」
ひとしきり語って熱を出し切ったのか、徐々にテンションを平常へと戻して尋ねてくる。やや上から覗き込まれるという少し奇妙なこの構図にも、もう慣れた。
この情熱に、魅力に、実力に。少しも遅れてはいけない。隣に立つと決めた以上、降りることも降りられることも許さない。
燃え盛り始めた気持ちを悟られないよう、稔はいつも通りの笑顔で答えた。
「断る理由が無いわね、受けましょ。早速、今週の土曜にでもお菓子作りの基礎から……」
「あ、土曜日はちょっとラン用事が……」
「なんの?」
それはそれとして聞き捨てならない言葉にずい、と顔を近づける。
「えー、あー……いやちょっと、映画、に、ですね……」
「私抜きで映画? よっぽど仲のいい相手がいるのね」
「そ! ん! なことはないんですけども!! あのその……ジャンルが、ですね? なんと言いますかヒーローものでロボットものって感じで……ちょーっと稔ちゃんをお誘いするにはなーって言うのがぁ」
「事前に何か見る必要ある?」
「ですよねはい! 最低限二クールほど見て頂けないと困るかなと!」
半ば開き直ったように返事する蘭子に笑って返す。遅くならないうちにと会議室へ向けて歩き出しながら、小さく呟いた。
「ねえラン」
「はい?」
「迷惑だった?」
「……何を今更。いつも通りでいいんですよ。その強引さが稔ちゃんのいいところじゃないですか」
「……ふふっ、あなた好きよ」
「また履修済み項目が増えてる……」
「うーーん……」
渡されたリストからやりたい仕事を選ぶ、というのは弦音と深冬にとって初めての経験であり、それゆえ簡単に決めることはできなかった。大仕事を終えたひとつの仕切り直し、ここで判断を誤れば今後の活動に響く部分もあるだろう。
休憩室のソファを転がりながらああでもないこうでもないと唸ってたところへ、長らく黙りこくっていた深冬が声を上げた。
「あ」
「どした!」
声音からポジティブな反応と見た弦音は、あえて大きな声と身振りで体を寄せていく。当初こそこういった行動に驚いていた深冬も、約半年を経てほぼ自然に受け入れるようになっていた。
指さす先にあったのは、短い間だが水族館のアナウンスを行う仕事の依頼。
「水族館~?」
「……ここ、クーちゃんと、会ったところ、なんです」
言われて備考欄を見てみると、自社製品を頼りに活動する深冬の姿を見て、クーちゃんの公的使用を容認すると共に正式な仕事を依頼したい、という旨が記されていた。
記されていた、というよりは明らかに見やすいよう太文字で強調されている。わざわざリスト形式にして渡した後藤の仕業だろう。
「いいじゃ、あ~……でも喋る仕事か」
「いえ、できます。人前に出ないで、台本を読むだけ、ですから」
「お、んじゃもうこれやるしかないじゃんね! 決定けって~い!」
テンション高く頬ずりしてくる弦音の肩を叩きつつ、深冬はリストの続きにも目を通す。
「でも、これは一ヶ月しか、流れないし、新規層の獲得では、ないので……あと数件、受けましょう、ね。『みんなより沢山のお仕事受けて、地盤を固めておかないとね!』」
先を見据えた深冬とクーちゃんの意見に、弦音も表情を引き締めて同意する。
「おし、何やろっか!」
「次は、弦音さん、選んでください」
「んえーどれがいっかなー……」
静まり返った寮のリビングで、千里は十分ぶりに顔を上げる。
集中したい、と言ってヘッドホンを着けてから、彩乃がしばらく話しだす様子も無かったからだ。
「彩乃ちゃん、どう~?」
「あ……中々、決まらないですね」
少し申し訳なさそうな様子からは、見栄を張ったようで情けない、とでも言いたげなのがわかる。
困らなくていい、と表情を柔らかく意識して、身を寄せながら尋ねた。
「何聴いてるの~?」
「えっ」
聞かれると思わなかったのか、彩乃は顔をにわかに赤らめながらスマホの画面を見せてくる。
そこには、千里にも覚えのある曲名が映っていた。
「G線上のアリア? どうして~?」
「……あの、合宿の時に千里さんの演奏聴いて、ちょっと、興味湧いて、あんまりわかんないけど有名なのくらいはって……」
恥ずかしそうにぼそぼそと話す姿を見て、少し眉を寄せる。
「私たちアイドルなんだから、あんまり無理に私に合わせなくてもいいのに」
「無っ、無理なんかじゃなくて! あたし、音楽ちゃんとわかる訳じゃないですし!」
必死で弁解する彩乃の顔を見て、数ヶ月前まではヘッドホンなど着けていなかったことに思い当たる。彼女も、彼女なりに新しいことに向き合おうとしているのだ。
であれば、自分もそれに倣うべきだろう。せっかくアイドルの道を歩んでいるのだ、今までの自分らしさを多少無視しても構わない。
「それじゃあ、私も何かスポーツ始めようかしら~」
「えっ……例えば?」
「う~~~ん、何かおすすめある~?」
先程までの恥じらいが混じった顔から一転、本気で困った様子で眉間に指を当てて悩む彩乃。しばらくして、絞りだすようにゆっくりと答えた。
「……バレエ、とか」
「バレーボール~? 私に球技できるかしら~」
「あ、いえ、そっちじゃなくて」
天然そのものの返答で少し和んだ雰囲気の中、二人は徐々に話を仕事へと戻していく。
「けど、そうね~。普段やってないことに挑戦するならきっと今なのよね~……あら?」
再びリストに目を通した千里が何かを見つけ、画面を見せる。
「ねえ彩乃ちゃん、これはどう~? ラジオのゲストですって~!」
見てみれば、それ自体は彩乃も確認済みの依頼だった。ではなぜ彼女がこれを選ばなかったかと言うと、自分は喋る仕事に向いていないだろうと思ったからだ。
弦音ほど気楽に仕事と向き合えず、ひとみほど冷静沈着でもなく、ましろほど自然にアイドルではいられない。そんな自分に、考えて話す仕事は役者不足だろう。
そう思って言い淀んでいると、何かを察したのか千里は身を寄せ、ゆっくりと彩乃の頭を撫でた。
「緊張しちゃうから、難しい?」
「う、はい」
簡単に見抜かれたことも併せて、情けないなと自戒する。しかし、千里は思っていたものとはまた違う言葉をゆっくりと紡いだ。
「無理は言わないけどね、挑戦してみない? きっと彩乃ちゃんのファンも喜ぶし、私たちも何か新しいことをした方がいいんだと思うの」
諭す口調の中に、強い感情を垣間見る。そうだ、今自分たちは、苦い思いをしてここにいるのだ。
この悔しさを塗り替えるために、まずは自分が変わらなければならない。
「……やりましょう」
「そう~? 嬉しいわ~! きっと二人でやれば楽しいものね~!」
一転して気の抜けた笑顔で手を合わせる千里を見て、彩乃は素直に感心した。この公私の使い分けも、ただ歳を重ねたからできるものではないだろう。
少しずつでも、近づいていけるように。まずは手の届く範囲を広げていこう。
「頑張りましょうね、千里さん」
「もちろんよ~! これからもよろしくね~!」




