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I do all!  作者: 天音 ユウ
1st Season - Brand New Duo
20/50

第七話 レディ・ステディ#B

 JGP社屋、社長室。左枝は資料片手に悩ましげな顔をしていた。


「しかし参りましたね。まさかPrincipalが審査員になるなんて……プレッシャー、相当大きいだろうな」


 アイドルたちを憂うその言葉には、しかし確かに準決勝まで行けるだろうという自信と、そこまでの道のりに重いものが伸し掛る不安が現れていた。

 その横で、宝多は笑みを浮かべながらルビーの背を撫でている。


「これはクリスくんだろうね。いつもながら予想外の行動をしてくる」

「はは……楽園の方も今頃大変でしょうね」

「ああ。けど左枝くん、これはチャンスであり、彼女からの挑戦だと私は思うよ」


 撫でる手を止め、宝多は窓の外へ目を向ける。


「このオーディションで優勝すれば、来年の新春うたフェスに出場できる。それはすなわち、大きな舞台にいきなり放り出されることになる。恐らくクリスくんは、先に緊張を与えることで本番の舞台に耐えうるアイドルかどうかを試し、優勝者がうたフェスの場でリラックスしてパフォーマンスできるよう、チャンスを与えたんじゃないかな」


 どこか遠くを見るような目で語る言葉を聞いて、左枝は苦い顔で笑う。

 そんな二人の顔を一瞥してから、ルビーは机を飛び降り社長室から出ていった。


「自分には、キラキラした子と友達になりたい、って理由に思えますけど」

「ははは、それも違いないだろうな」



 都内某所の劇場。今まさに公演を終えたひとみは、汗を拭いながら楽屋へ入っていくところだった。


「お疲れ様です、ひとみちゃん」

「ありがとうございます」


 下野に会釈し、メイクを落とし始める。その最中にも、今の公演を振り返ることを忘れない。Luminous Eyesとしての活動が功を奏し、以前よりもひとみ個人のファン数が勢いづいて増えてきていた。その中には元々月乃のファンであった女子中高生などもおり、おかげで男性ファンが多かったひとみの公演にも少しずつ女子が目立つようになっていた。

 特に今日は、一際目立つ格好をした女子高生らしき観客の姿も―――

 そこまで考えたところで、思考は中断し手が止まる。廊下の方から、何やら大きな足音が聞こえてきた。そして、ノックも半ばに楽屋の扉が勢いよく開け放たれる。

 ダイナミックに登場した”目立つ観客”は、ドアノブをしっかり握っていたがために開いた扉の勢いに振り回され転びかけた。オーバーサイズのアウターに着けた缶バッヂが、忙しない音を出す。なんとか姿勢を持ち直しセーフ、と腕を水平に動かしたあと、ひとみを見つけ凄まじい速度で迫ってくる。そしてメイク落としを持ったままの手首を掴んで顔を寄せてきた。


「凄い凄い! あなたとっても上手だった! わたし感動しちゃったよ!」

「え、あ、あの」


 どうして観客席にいた彼女が今ここにいるのか、なぜ着替え中に入ってきて挨拶もなしに詰め寄ってきているのか、様々な疑問が高速で頭を駆け抜け、ひとみは礼も言えず固まってしまった。目の前の少女は変わらず、鼻息荒くしながら派手なサングラス越しに力ある視線を向けてくる。

 自分だけではどうしたらいいのかわからず、下野に助けを求めようとしたその時。


歌音(かのん)、まだ着替え中じゃない? もう少し待たないと」


 少女の後ろからまた一人、先ほどまで観客席にいたはずの女性が楽屋へ入ってきた。そして、もう不要とばかりに着けていた眼鏡とバケットハットを取る。するとそこには、無表情ながらも非常に整った清らかな顔立ちがあった。

 その顔を見て、どうしてこの二人が楽屋に入ってこられたのか、ひとみはやっと理解する。


「Legato a Due……楽園のアイドルが、どうしてここにいるんですか……!?」


 もしこの場にいたのが月乃であれば、その正体に気付くことは無かっただろう。オーディションでライバルになりうるユニットを調べ、当たりをつけていたひとみだからこそ正解にたどり着けた。

 Legato a Due。楽園エンタテインメント所属の新人デュオユニット。元気いっぱいでおっちょこちょいな有海歌音(ありうみ かのん)と、端正な顔立ちに隙のない完成されたパフォーマンスが売りの相川涼穂(あいかわ すずほ)の二人によって構成された、キュート系のアイドルユニットだ。

 デビュー当初の数ヶ月はあまり話題に上がらなかったものの、最近になって二人のキャラクター性がSNSで受けたことや、その歌唱スキルの高さが広まったことでファンが増え、現在ではBrand New DuoでもIG-KNIGHT(イグナイト)と並ぶ有力候補……というのが、ひとみの見解だった。


「へ!? わたしたちのこと知ってるんだ! ねぇねぇスズちゃん、わたしたち有名人だよ!」

「うん、頑張ったもんね。でも今、その子着替えてるから」


 相も変わらずひとみの手首を握る歌音を、涼穂はあくまで冷静に諭す。二度言われたことでやっと歌音は手を離し、照れた様子でごめんなさいと数歩下がった。

 来客、それも思わぬ相手がいる以上待たせる訳にはいかない。ひとみは取り急ぎメイクを落とし、下野にアイコンタクトで時間をもらう旨を伝えた。


「すみません、お待たせして」

「いえ、こちらこそ。急に押しかけてすみません」


 今一度、互いに会釈し自己紹介を済ませる。それから本題について尋ねると、


「てきじょーしさつです!」


 と、明るい口調と表情に似合わない物々しい単語が飛び出してきた。とはいえ、それが目的であることはひとみにとっても想定内。口元をきゅっと引き締め、真剣な表情で続きを促す。

 依然、笑顔のままの歌音に代わって、涼穂がそのサインを受け取り話し始めた。


「もちろん、オーディションを前にどんな相手がいるのか知って気持ちを引き締め……あわよくば勝つための情報を得たい、それが目的ではあります。ですが、あなたたちの場合は少し事情が異なっている」


 何かを含ませた物言いに、ひとみは思考を巡らせる。なぜ彼女らがここにいるのか、それに明確な理由があったとしても、自分たちが特別に目をつけられる原因が特定できない。活動においても楽園のアイドルとは実績に大きな差があり、目の前の二人と比べれば自分たちはまだ取るに足らない有象無象のひとつでしかないはずだ。

 短時間でこれ以上は無理だと判断したひとみは、一度思考を打ち切って涼穂の澄んだ目へと視線を戻す。


「あなた方……ジュエリーガーデンプロモーションのアイドルを、Principalの五人が気にかけている、という話で私たちの間では持ち切りになっています。ですから、その理由を探りに来ました」

「え」

「私個人としては、審査員としての唐突な参入も、恐らくはあなた方の参加が原因だと見ています。そして、もし本当にそうだとすれば、その影響力は計り知れない」


 自主的に打ち切ったはずの思考が、強い衝撃で強制的にシャットダウンさせられる。しかし目の前にいる涼穂の表情に嘘はなく、また精神的に揺さぶるにしては話のスケールが大きすぎる。

 実は、月乃はIG-KNIGHTと出会ったことをひとみに話していなかった。確証もない下手な話をしてプレッシャーをかけるわけにはいかないという彼女なりの心遣いあってのことだったが、それも知らぬ間に無になってしまったと言える。

 動揺は隠せないが、それでもまだ嘘である可能性はある。そう思い切って表情をどうにか保ち、話を続ける。


「その様子だと、そちら側に思い当たる節は無さそうですね」

「……はい。正直、嘘をついて揺さぶろうとしている、と言われた方が納得できます」

「違うよ! スズちゃんは嘘なんかつかないし、嘘だったら大胆すぎるよ!」


 立ち上がって必死に訴えようとする歌音の肩に涼穂が手を置き、ゆっくりと座らせる。その顔は、先ほどまでの冷淡さを持ったものではなく、とても穏やかな笑顔だった。不満げながらも歌音が座り直したことを確認すると、元の表情に戻って涼穂は続ける。


「これで真相は分からずじまい、当人のみぞ知るところだと分かりました。ですが、これまであなた方()()の公演を見て、粒ぞろいと言える実力があることも理解できた……こちらも一切油断せず、絶対に勝つつもりで臨みます」


 既に全員が見られていた、という事実もさることながら、強い意志の篭った目で見られる。思わず怯みそうになったところで、その右手が歌音の肩に置かれたままであることに気が付いた。

 ―――怯むな。

 確かに、相手は強い。今は月乃もそばにいない。しかし、この決して長くない時間で得られた情報は大きかった。そして、無理にでもポジティブな捉え方をするのであれば、目の前の二人だけでなく、Principalまで自分たちを気にかけている。それは即ち、自分たちが有象無象というには頭一つ抜けたものを持っていると認識してもいいはずだ。

 それに、負けられない理由という点では、ひとみは誰にも劣るものではないという自負がある。油断しないという言葉も、アイドルとしては前提に近い心構えだ。


「高く買っていただいて嬉しいです。でも、本選で勝つのは私たち、Luminous Eyesです」


 拳を強く握り、固い誓いとして言い放つ。この場にいない月乃の分まで、ここでしっかりと宣言しなければいけない。

 ”負けられない”ではなく、”勝つ”意志で臨む。貪欲なまでに勝利を求めることを、ひとみは涼穂にも劣らない眼差しで告げた。

 その想いが伝わったのかは定かではない。が、涼穂はどこか満足げとも取れる顔で頷いた。


「それが聞けて良かった。一人のアイドルとして、あなたと競うのが楽しみです。今日はお時間取らせてしまい、申し訳ありませんでした。歌音、行こう」

「うん。あなたも凄かったけど、わたしとスズちゃんはもっとも~っと凄いから! オーディション、楽しみにしてるね!」


 あくまで明るく、励ますような言葉を置いて、二人は楽屋を出る。扉が閉まったあと、ひとみは長い息を吐きながら全身の力を抜いた。


「ふぅ……」

「お疲れ様。大変だったね」


 下野の声を聞いて、ここに滞在できる時間が残り少ないことを思い出し衣装を脱ぎ始める。衝撃は大きいが、折れる理由はどこにもない。

 ―――絶対勝つ。そうですよね、月乃さん。

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