第一話 ジュエリーガーデンプロモーション#B
キャラクタープロフィール①
栞崎 ひとみ
誕生日:六月八日 イメージカラー:緑
好きなもの:甘いもの、歌、人間観察、読書
十五歳の高校一年生。幼馴染のましろがアイドルになると決めた時に、自分もなりたいと思い一緒にオーディションを受けアイドルになった。
生まれ持ったものでは周囲に勝てないと思っているため、得意のデータ収集と分析を基にレッスンを繰り返すことで自分に自信をつけている。
関東某所の劇場。まばらに散った十数人が見守る中で、ステージに立つ少女は深く頭を下げた。年齢は十五歳前後、少女らしいポップな衣装と、それが映える大きな眼をした童顔が目を引く。
「ということで! 本日の公演、トリは菓蘭子が務めさせていただきました!! いつも来てくれる皆さんありがとうございます! ご新規の皆さんも、良ければ覚えて帰ってください!」
人数相当の拍手を受けながら、蘭子と名乗った少女は舞台袖に引いていく。その先には、先に演目を終えたであろう、年上らしき二人の少女が衣装のまま立っていた。うち一人は大学生くらいだろうか、ウェーブのかかったロングヘアと高身長、ハーフのような整った顔立ちがまるで人形にも見え、ヴァイオリンの入ったケースを背負っている。もう一人は高校生ほど、穏やかな顔から不思議と癒される雰囲気が漂っている。身長は蘭子よりやや低い。
「蘭子ちゃんお疲れ様、良かったわよ~」
「お疲れ様、蘭子。ちゃんと完成させられたわね」
「千里ちゃん、稔ちゃん、ありがとうございます! 本番が上手くいって、ランもようやくほっとしました……」
緊張の解けた様子で、蘭子は長く息を吐く。その手を取って、千里と呼ばれた少女はゆっくりと歩き出した。
「立ち話しててもなんだし、楽屋に戻りましょ~。私もヴァイオリン置かないとだし、着替えないとおちおち歩けないもの~」
「どうぇ、お、おててはちょっと! 今ラン手汗がやばみの極地なので!!」
「どちらにせよ終わったんだから、早く着替えてスタッフさんに挨拶しないとでしょ。急ぐわよ」
「んどぅあ! みのっ、稔ちゃん背中におててが!」
顔を赤くして騒ぎ立てる蘭子を前後で挟み、千里と稔は楽屋まで歩いていく。年季を感じさせる建物の廊下を渡り、静かな楽屋へ戻ると、腰にメイク道具の入ったベルトを装備した二十代半ばごろの女性が中で待っていた。
「三人ともお疲れちゃーん、いいステージだったじゃんね」
「上条さん、ありがとうございます~」
「ありがとうございます」
「あっ、あの、二人共、そろそろおててを離してもらわないと、ランは地球もろとも大爆発寸前なのですが……!!」
事務所お抱えのスタイリストである上条に挨拶を返しながら、三人は自分の荷物が置かれた鏡の前でメイクを落とし、衣装を脱ぎ始める。
メイクを落としながら、ふと千里がどこか抜けた声で問いかけた。
「そういえば、稔ちゃんが言ってた完成した~っていうのは、どういう意味なの~?」
「Bメロに移る時の振りで、勢いあまって足を滑らせがちだったんです。ね、蘭子」
「あ、はい! 一人だと中々改善しなかったもので、稔ちゃんにちょっと見てもらってたんです。おかげで本番はばっちり!」
会話しながらも衣装を脱ぎ、丁重に上条へと渡して私服へ着替える。鞄にしまい忘れた私物がないかどうかを確認して、荷物を持って立ち上がる。最初に準備を終えた蘭子が、上条に向かって勢いよく敬礼した。
「準備完了! 菓蘭子、いつでも事務所に帰還できます!」
続いて立ち上がった稔も、蘭子にならって軽く敬礼のポーズをとり、わざとらしい口調で報告する。
「同じく明星稔、ただちに帰還できます」
まさか真似されるとは思っていなかったのか、またも顔を赤らめて動揺する蘭子を見て、稔はいたずらに微笑み返した。
その一方で、千里は衣装を脱ぐのに手間取っており、二人のやり取りを聞いてゆっくりとした所作のまま慌てるというちぐはぐな状況になり始めた。
「ちょっと待って~! 私もそれやりたいわ~!」
「千里、ゆっ……くり脱いでるわ。うん、なんでもない」
急ぎ始めた千里を上条が諭そうとするが、所作の速度は変わらないことに気付き戸惑いながらも言葉を修正する。
数十秒後、千里も無事に衣装を渡して私服へと戻る。ポーズを取ろうとしてしばらく沈黙したあと、人差し指を顎に当てて振り向いた。
「そういえばどんなポーズか見てなかったわ~、もう一回やってくれる~?」
「え、あ、はい! こうです!」
千里の天然ぶりと蘭子の生真面目な対応に、稔と上条は思わず笑ってしまった。やっとのことで、千里もゆるく敬礼する。
「は~い、貴宝院千里、いつでも帰れま~す」
「はいはい、でもちょい待ってね。後藤ちゃんがさっき電話来て離れてんだ」
上条の言う通り、本来この場にいなければいけない人物は一人足りていない。そう言えば、と三人が顔を見合わせていると、楽屋の扉がノックされ、開くと共にその当人であるマネージャーの後藤が姿を現した。
「はいお疲れー。電話しながらだけど見てたよ。らんらん足滑んなくて良かったね」
「後藤さん、お疲れ様です」
「後藤ちゃんおかえりー。仕事の連絡? カレシのラブコール?」
「社長から集合コール」
労いの挨拶を交わしながら、後藤と上条は軽快なやり取りで離席の理由を確認する。社長からの集合、という話にアイドルたちの視線は一気に後藤へと注がれ、和やかだった楽屋に緊張が走った。
しかし、当の後藤はそんなことも一切気に留めず話題を変える。
「あ、そうだ。さっきすれ違ったお客のお兄さん、ちさとんのこと気に入ってたみたいだよ、ヴァイオリンの子が良かったって言ってた」
「あら~そうなの? 嬉しいわぁ」
「って、社長の話はしないんかいっ!」
焦らすような話の転換と素直に喜ぶ千里を見て、蘭子が勢いよく左手を出しながら突っ込みを入れる。それを見た後藤は、満足そうに頷いてから話を戻した。
「今言っとかなきゃなと思ってさ。んで連絡なんだけど、今日このあと事務所に全員集合しろって。ここにいる三人以外はみんな都内だから、ちょい飛ばして帰るよ」
「全員集合……何かある、って考えるのが普通よね」
「みんな頑張ってるから、褒めてもらえるんじゃないかしら~」
詳細の見えない指示に何らかの意図を感じ取る稔に対し、千里は楽観的な予想を立てる。それがどういった意図の指示であるにせよ、今の彼女たちが取るべき行動は一つだ。
上条と後藤は手早い動きで荷物をまとめ、蘭子は指差し確認で自分以外が何か忘れていないかを確認する。
そうして撤収の準備を済ませると、五人は楽屋を後にした。
「挨拶だけパッと済ますよー」
「了解です!」
「は~い」
☆
東京都内、レッスンスタジオ。暖色の照明の下、一面が鏡張りになった部屋で二人の少女がダンスレッスンを行っていた。一人は鋭い目つきとスマートなボディラインが冷たい印象を与える少女、もう一人は快活ながらどこか大人びても見える顔つきをしている。
二人の動きはまるで正反対であり、方や滑らかな動きで扇情的に魅せる振りと、方や緩急のはっきりした動きで激しく主張する振り。まったく違う振りを、当然ながら合わせるわけもなく、己と向き合うように鏡の中の自分と対峙している。
やがて、振りがクライマックスに差し掛かり、最後の決めポーズを取る―――というタイミングで、少し離れた位置に置かれたスマホからアラームの音が響いた。二人は動きを止め、糸が切れたように姿勢を崩す。
「タイムアップ。お疲れ~月乃」
「お疲れ様、恭香。珍しいわね、あなたが振り付けの練習するなんて」
アラームを止めスポーツドリンクを飲む恭香と呼ばれた少女に、月乃と呼ばれた少女は言葉を返しながら同じようにスポーツドリンクを口にする。恭香はボトルを口から離すと、大きく息を吐いて伸びをした。
「ん~~っ! まーね、ギター演奏だけじゃファンのみんなも物足りないだろうし、何よりアイドルは踊らないとだし!」
「そういうものかしら」
「そういうもんだよ。あとは私が体動かすの好きだから」
レッスンで体に走る痛みすら気持ちいいとでも言うように、恭香はストレッチを始め、追ってストレッチを始めた月乃と会話を続ける。
「そういや、最近誰かとオフで遊んだりしたー?」
「いいえ、特にないわ。稔が映画に誘ってくれたけど、休みが合わなかったし」
「なー、るほど、ね。私こないだ、彩乃とましろとショッピング行ってきたよ」
リズムよく前屈しながら発された言葉に、月乃は口角を下げ少し怪訝な顔つきになる。それに気づいてか気づかずか、恭香はそのまま話を続けた。
「途中ましろがガチャガチャ見つけて吸い寄せられちゃってさー、なんとなーくみんなで回してたら千五百円くらい使っちゃったんだよねー。いやー魔力魔力」
「……そう」
「んで、結局ましろがコンプするまで回して三千円もかけちゃったもんだから、途中から彩乃が必死で止めてさ。聞いてはいたけど……」
話しながらふと月乃の顔を見て、恭香は言葉と動きを止める。そして、何事もなかったかのようにストレッチを再開すると共に、少し穏やかな口調で話題を変えた。
「っていうか、レッスンの話しなくちゃ駄目か。月乃、さっきの振り見てて気になるとこあった?」
「急ね。私もちゃんと見てたわけじゃないけど、そうね。手持ち無沙汰みたいに腕がぶらついてるように見えるところがあったから、一度自分で撮ったのを見返して、意識する場所を変えてみたらどうかしら」
唐突に振られた話にも驚くことなく、月乃は顎に手を当てて数分前の恭香を思い出し、印象に残った場所から順に言葉を返す。その顔つきが変わったのを確認して、恭香は密かに微笑んだ。
やがて、ストレッチを終わらせた二人は汗を拭いながら、部屋を出るため荷物に向かって歩き出す。その途中で、恭香が思い出したように問いかけた。
「そうだ、月乃この後ヒマ?」
「ええ、今日はもう何もないけど」
その返答を聞いて、恭香は笑顔で月乃の顔を覗き込む。
「んじゃさ、二人でどっか食べに」
「お、二人共。レッスンお疲れ様」
そこへ扉が開き、スーツ姿の男性が姿を現した。歳は三十路前後といったところだろうか、脱いだジャケットを被せた鞄を小脇に抱えている。
予定になかった来訪者に、二人は不思議そうな表情で顔を見合わせてから挨拶を返した。
「左枝さん、お疲れ様です。何かあったんですか?」
「ん、ああ。社長直々に連絡があってね。悪いけど二人共、これから事務所に来てほしい」
「仕事の話ですか」
プロデューサーの左枝は、月乃の言葉に頷き返す。
「これから全員が事務所に集まるように、とのことだ。稔たちが地方公演に行ってるから、あんまり急ぐ必要はないけど、今から戻ってもらってもいいかな」
「わかりました。ちゃちゃっと着替えちゃいますね」
「ありがとう。ロビーで待ってるから、ゆっくり着替えてきてくれ」
短い会話で連絡を済ませると、左枝は荷物を持ってスタジオを出る二人を見送り、中に何もないことを確認してから扉を閉めた。
更衣室へ向かいながら、恭香は隣を歩く月乃に問いかける。
「社長直々に全員集合だって、なんだろね」
「さあ。何か大きな仕事でもあるんじゃないかしら」
「それだったら嬉しいなぁ、みんなで挑む仕事なんて絶対楽しいもんね!」
顔をほころばせる恭香に対し、月乃はどこか浮かない顔で少し間を開けてからそうね、と一言返した。
そのまま少し歩く速度を早め、先を行く彼女を見ながら、恭香は口角を下げて悩ましげに呟く。
「……やっぱましろかぁ。これは難儀だぞ」
キャラクタープロフィール②
悠姫 ましろ
誕生日:四月十五日 イメージカラー:ピンク
好きなもの:甘いもの、マスコット、笑顔、ダンス
十六歳の高校一年生。中学三年間を通して将来の夢を探す「なりたいもの探し」の果てにアイドルになりたいと思い、オーディションを受けた。
どこか掴みどころのない天然だが、運動が得意な天才肌タイプ。