表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
I do all!  作者: 天音 ユウ
1st Season - Brand New Duo
16/50

第六話 コーリング!#A

 弦音(つるね)深冬(みふゆ)のユニット、えれくと☆ろっくが結成された翌週の朝。事務所のロビーには、宿泊用の荷物を持ったましろ、恭香(きょうか)彩乃(あやの)千里(ちさと)、後藤が並んでいた。恭香と千里は、それぞれギターとヴァイオリンの入ったケースも背負っている。


「後藤さんも一緒なんですね」

「たりめーよ、こちとらジャーマネよ? せっかくじゃんけん勝ったんだから、楽しまんといけんでしょ」


 後藤に関しては楽しむ気満々のようだが。

 と、そこへ明らかに他とは毛色の違う、黒い車がやってきて事務所ビルの前で停まる。車体はやや長く見るからに送迎用、加えて言えば左ハンドルだ。

 運転席の窓が開くと共に、千里が駆け寄っていく。


「柴崎~! 久しぶりじゃな~い!」

「お久しぶりですお嬢。元気そうで何よりです」


 車を停車させ降りてきたのは、スーツに身を包んだ女性。年齢は三十代半ばほどだろうか、華美でないショートカットに薄いフレームの眼鏡をかけ、整った身だしなみをしている。

 女性は丁寧な所作で一礼しながら、車の後部座席ドアを開けた。


「皆様、お嬢がお世話になっております。私、お嬢の世話係をしております、柴崎と申します。以後お見知りおきを。どうぞ、ご乗車ください。話は―――高速をトばしながらでも」


 諭すような声色での挨拶……に、何か付け加えられたのにましろと千里以外が反応を示すも、言われた通り車に乗る。座席数は八席ほどだが中は広く、荷物を持って入ってもかなりの余裕があった。最後部に恭香と後藤、その前に彩乃とましろが座る。千里は助手席につき、柴崎が再びハンドルを握った。


「では捕まらないギリギリの速度で突っ走ります。ライドは約二時間、ゴールド免許を失いたくないので皆様シートベルトはしっかりとお締めくださいませ。それでは今から、楽しい首都高の旅が始まります、いってらっしゃ~い」


 エンジンをかける瞬間、柴崎は手馴れた様子で遊園地のアトラクションじみたアナウンスをしながら無表情でバックミラーに向けて手を振り、それから車を発進させた。

 安全運転で走り出す車の中で彩乃はぽかんと口を開け、ましろは手を振り返し、恭香は手を振りながら声を出さないよう笑いを堪え、後藤はできるな、と目を光らせた。千里は慣れた様子でお~、と手を挙げている。

 走り出してしばらく、首都高速道路に差し掛かったあたりでましろが口を開く。


「柴崎さんって、千里さんと付き合い長いんですか?」

「ええ、それはもう長い長い付き合いになります。なにせお嬢が生まれてこの方十九年間、世話係を務めておりますので」


 柴崎の返答に、彩乃が首をかしげる。恭香や後藤も違和感を示すが、探るのも野暮だろうとブレーキをかけて口を開かなかった。

 だが、そんな中でましろだけが思考のまま


「え、何歳なんですか?」


 と言い放った。彩乃は思わず後ろに座る二人の方を振り向くが、恭香と後藤は少し悩んだあと、今のは気になるからスルーで、と手振りで答えた。

 直球な質問であったが、特に気に留めることもない様子で柴崎が口を開こうとした時、先に千里が大きな声で返す。


「そうそう、結構若く見えるでしょ~? これでも私が産まれた時に二十七だから~、今……いくつだったかしら?」

「今年で四十七になります」

「うそぉ!?」


 想像だにしない回答に思わず彩乃が声を上げ、直後にしまった、と顔を青くしてまたも後ろを振り返る。二人はすぐさま今のはまずい、と身振り手振りで返した。

 しかし、当の柴崎はやはり全く気に留めていないようで、眼鏡の位置を正しながら冷静に答える。


「嘘のような本当の話、元気が若さの秘訣です」

「へー、綺麗でいいですね!」


 意外な答えにもまったく驚くことなく、ましろは屈託のない笑みで言う。彩乃はその様に、一種の尊敬に近い念を覚えた。

 その後も、千里の話を中心に会話は続く。友人を家に呼ぶと緊張させてしまい、二度以上来た者はいないこと、邸宅の使用人全員を巻き込んで演劇をやろうと言い出したこと、中学に上がって以降は夕飯の支度を自分から手伝っていたこと。花咲く思い出話に耳を傾けているうちに、気付けば車は高速道路を降りて緑豊かな別荘地に近づいていた。


「お嬢と言えば行動派なところがありますが、一見すると無謀なことでも目を輝かせて挑戦するのは昔からなのです。五歳の頃に一度、屋敷を抜けて街へ繰り出された時はもう大事件でしたね。全員首が飛ぶかと」

「退屈だったんだもの~」


 淡々と話し続ける柴崎と、笑顔でそれに相槌を打つ千里。その様子からは、付き合いの長さも相まって母娘のようなテンポの良さを生みだしていた。

 普段はそのマイペースさが目に付く千里も、今日は子供のように朗らかな笑みで車に揺られている。その様子に少しの新鮮さを覚え、彩乃と恭香も自然と笑顔になっていた。

 やがて車は停まり、それを合図に会話もぴたりと停止する。見れば、小さな湖のほとりに立つ大きな建物がそこにはあった。


「到着致しました。当園のトークライドはお楽しみいただけたでしょうか」

「はい、とっても!」

「なんだか恥ずかしいわね~、私のお話ばっかりしちゃって~」


 荷物を手に車から降りると、都会とは全く違った空気と静寂が一行を出迎える。別荘地であるためだろうか、他の建物が見えないよう林に囲まれた空間には、まさに切り出された特別な場所といった趣がある。

 これでは事務所での合宿というより、場所だけ見れば何か長期の企画ロケでもするのかと思ってしまうような雰囲気さえあった。

 しばらくその憧憬に立ち尽くす一行に、千里が声をかける。


「さ、楽しい合宿の始まりよ~。中に荷物、置いちゃいましょ~」

「清掃や設備のメンテナンスは済ませてあります。どうぞご自由に、倒壊しない程度でお楽しみください」


 促されるまま別荘の中に入る。中は六人が並んでもまだ余裕ある玄関を皮切りに、テレビとソファの設置された広いリビング、そこから見える厨房のようなシステムキッチン、見上げれば吹き抜けから見える二階の廊下と、合宿をするにはおあつらえ向きの場所だった。


「広っ……」

「豪華~!」

「こりゃいい、まえのん今頃悔しがってんだろーなー。写真送ったろ」


 ひとしきり写真を撮ってから、リビングの端に荷物を置く。千里はスマホのメモを確認してから、手を叩いて視線を集めた。


「それじゃあ、午前中はいつもと同じようにレッスンしましょ~。お昼まであんまり長くないから、軽いものにはなっちゃうけど~」

「はい!」

「はーい」


 レッスン着に着替え出す四人を横目に、後藤は部屋の隅に三脚を立てる柴崎に近づいていった。


「おや……私的利用ですが、事務所NGでしょうか?」

「んや、問題ないですよ。こっちも私的利用したいから、後で頂ければ嬉しいなと」


 後藤の答えになるほど、と微笑んで柴崎はカメラを設置する。その手馴れた様子を見て、缶コーヒーを開けながら後藤は話を続けた。


「昔から撮ってるんですか?」

「ええ。奥様……お嬢の母上に送るために。数ヶ月に一度しか会えないとなりますと、お互いに心配事も多いのでしょう」


 合わせたピントの向く先、準備運動を始める四人を見つめて、感慨深そうに柴崎は呟く。


「昔から、ああしてお友達との楽しげな様子を見られると、奥様は大変喜ばれるのです」


 一方、レッスンに打ち込む四人。せっかく広いスペースがあるのだからと、基礎体力トレーニングと発声練習に加えてダンスレッスンも行うことにしたようだ。

 幸いにも、ダンスパフォーマンスの少ない恭香と千里に対して、事務所内でもダンスの腕を売りにしているましろと彩乃という構成となったため、この場を利用して教えを請うこともできる。

 当人たちもユニットを組むうえでそこが気になっていたようで、まずは今のダンスを見てもらう形に決めたようだ。

 まずは恭香が、壁に背を預けて座る三人の前に立ち、踊り始める。自ら弾いたギターの音が光るロック調の音楽に合わせるように、時に激しく、時に静かな緩急のある振りは、大人びたお姉さんでありながら楽しさに目がない音路(おとみち)恭香という人物そのものを表現するかのような大胆なものだった。

 曲が終わり、締めのポーズから力を抜く恭香に、三人の拍手が飛ぶ。


「おー」

「凄いです恭香さん! ギターも弾けるのに、ここまで踊れるなんて」

「本当に凄いわ~、どうやってるのか全然わからなかったもの~」


 口々に褒め言葉を送る三人だが、今の目的はそれではない。


「ありがと。でも、今のままじゃ月乃たちには敵わない。だから、ちょっとでも気になるとこがあったら聞かせて欲しいな」


 その言葉を聞き、少し悩んだあとにましろがあ、と声を上げて立ち上がる。そして恭香とは別の方向に歩いて距離を取ると、


「ここなんだけど」


 と言って―――恭香の振りをほぼ完璧に再現して見せた。あまりのことに恭香と彩乃は呆然とし、千里はまぁ、と声を上げる。

 一節を丸々踊ったあと、ましろは事も無げに話を続ける。


「ここ、たぶん腕の振りとかが複雑になるからかな、脚の動きがちょっと固まり気味かなーって思、いました。次の動きを意識するなら、この動きに合わせる感じでこうやって足運びすると綺麗に見えるんじゃないかなって」


 途中、話す内容に夢中だったのか敬語を付け加える形になったものの、指摘を終えたましろはどうですか、と目を向けてくる。


「なるほど、うん。ありがとう、そこ意識してやってみる」

「いや、っていうか、ましろ……今の見ただけでそこ覚えたの?」


 彩乃が思わず尋ねると、ましろは笑顔で手を振る。


「一回じゃ無理だよー。レッスンの時に何回か見てたから」


 笑って否定したものの、それでもしっかりと教わった訳ではなく、何度か見ただけであることに変わりはない。そのことに彩乃が驚いているうちに、ましろは恭香へ視線を移し、嬉しそうな笑みを見せる。


「つい見ちゃうんだー。さっきもそうだけど、恭香さんって踊ってる時、すっごく楽しそうだから!」


 その笑顔を見て、恭香も思わず笑い返す。そんな二人を見ながら彩乃は呆気にとられ、千里はあらあら、と嬉しそうに手を合わせた。

 続いて、千里。ヴァイオリンに加えピアノとチェロも弾けることと、そもそもダンスそのものが苦手なことが相まって、恭香以上にダンスパフォーマンスを披露する機会は少ない。そのため、レッスンにおいても周囲とは水をあけられていた。

 そういう売り方、と言ってしまえばそれまでかも知れないが、ユニットで活動するとなると話は大きく変わってくる。今回の仕事で、最も自分のやり方を変えなければいけないのが千里であることは間違いなかった。

 深呼吸をして、バラード調の曲に乗せゆっくりと手を上げていく。クラシック寄りのゆったりとしたメロディに何気ない日々を綴った曲を、優雅かつ繊細な動きで表現する。アイドルと言うには情緒的すぎるとも言えるその穏やかな振りを、三人は固唾を飲んで見守った。


「……どうかしら~?」


 振りを終えた千里は、両手を重ねて尋ねる。ましろと恭香は悩んだ。クオリティの高低で言えば間違いなく何かを言うべきところだ。しかし、具体的にどこを指摘すれば良いのかを考えると難しい。自分たちとは表現が違い、今まで見てきた回数も少ないために簡単に口を出せなかった。

 そこへ、今度は彩乃が手を挙げる。


「あの。千里さん、重心がちょっとブレてるんじゃないかなって。一つ一つの動きはすごい綺麗なんですけど、流れで見た時に違和感があるんです」


 そう言うと、彩乃は千里の背後に回り抱きしめるような姿勢で腹に手を添える。そのまま、先の振りをもう一度やって欲しいとのことだ。

 言われるがまま千里は同じ動きをとる。しばらくして、彩乃が声を上げた。


「あ、ここですここ! 今、あたしの腕にちょっと寄りかかるくらい前に重心を置いてるんですけど、そんなに前のめりになると次の動きに移りにくくなるんですよ」


 彩乃の言う通り、声と同時に動きを止めた千里は、前方に重心を置いていたためによろけた。ましろもその様子を見て違和感の正体に気付いたらしく、あー、と手を叩く。


「一つ一つの動きはちゃんとしてるんで、それを繋げるための体幹とか、重心に集中してレッスンしてみたらどうでしょうか」

「なるほどね~、さすが彩乃ちゃんだわ~」


 千里は顔をほころばせ、彩乃の頭をよしよしと撫でる。最初こそ驚いた彩乃だったが、千里の気持ちを汲み取ってか恥ずかしそうな顔こそしたものの、抵抗はしなかった。

 その後も二人の振りに対する意見交換がしばらく行われ、気付かないうちに時刻は十三時に差し掛かろうとしていた。時計を見ることも忘れていた四人だったが、突如ましろが思い出したかのように


「あ、お腹すいた」


 と言ったことで初めて正午を過ぎていたことに気が付き、昼休憩をとる。


「お昼はどうするんですか?」

「みんなで作ろうと思って~、色々用意してもらったの~」


 そう言いながら千里が大型の冷蔵庫を開けると、中にはみっちりと様々な食材や調味料が用意されていた。明らかに六人では使い切れない量に彩乃と恭香が思わず冷や汗を流す中、背後から柴崎が手を挙げて言う。


「お嬢、本日は笹塚と井之頭も動員しております故」

「それじゃあ、え~っと……五、六、で……八人分ってことね~。何を作ろうかしら~」

「皆様方もご自由に、必要とあらばお持ち帰りにも対応しております。材料不足のスマイルは非売品ですが」


 千里を中心にしばらく悩んでいた四人だったが、恭香のできれば肉を使った料理がいい、との提案でビーフストロガノフに決定。役割を分担してキッチンに立ち、彩乃と恭香のどちらかが千里に逐一目を向けつつ調理を開始した。


「こうやって、みんなでお料理するの、楽しいわよね~」

「合宿って感じ、しますね!」

「千里さん手元ちゃんと見てくださいね!」


 和気あいあいとした雰囲気の中、徐々に料理の香りが立ち込め始める。夏も半ばになる頃、まだ陽は高く昇っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ